悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

 広々とした草原の中を、ゴブリンの大軍が進んでいく。

 彼らの視線の先には、牧場の灯りが見える。更にその先には、街の煌きも。

 (ロード)の算段は、こうだ。

 まず、牧場を襲う。

 偵察によって、あそこに若い女がいることは判明している。

 それを孕み袋として利用し、数を増やすのだ。

 そうしてから、次に街を襲う。

 街には、冒険者どもがわんさかいる。

 王たる彼の住処を襲い、子供だからと荒野にその身を放り出した……あの時の憎き敵と同種の奴らが。

 奴らを殺し、女であれば犯し、更に数を増やすのだ。

 そうしてから、最後には人族の都を……。

 夢物語のような、しかし王にとっては現実的であるその計画を、下々のゴブリンどもは理解できない。ただ、冒険者を殺し、女を犯すという未来に舌なめずりをするばかり。

 準備は上々。

 戦闘を行くゴブリン十匹ほどに、それぞれ盾を持たせてある。

 捕らえた女子供を木板に張り付けた、肉盾と呼ばれるそれを掲げれば、冒険者共は攻撃を躊躇う。

 『お優しい』冒険者どもの間抜けな姿を想像し、王が卑下た笑いを浮かべた時であった。

 ふいに、先頭を行く盾の部隊を、甘ったるい霧が包み込んだのである。

 霧に包まれたゴブリンの盾部隊が、一匹、また一匹と倒れていく。

 

(魔術!)

 

 王が下々へ、警戒の強化を指示する。

 直後、

 

「やいやいやいやいやい!」

 

 牧場の柵の陰に潜んでいた『何か』が、勇ましい気合声とともに飛び出してきた。

 空に浮かぶ月が照らすそれは……冒険者だ!

 

「GYAGYAO!」

 

 これを見たゴブリンロードが、甲高く喚く。

 すると、ゴブリンシャーマンが何やら叫び、杖を振るった。

 途端に杖の先端から稲妻が放たれ、冒険者を打つ。

 

「ぎゃっ!」

 

 悲鳴を上げて倒れる冒険者を見て、ゴブリンどもはにやりと笑う。……が。

 

「いちちち……やっぱカミナリはよけられねぇか……」

 

 倒れたはずの冒険者は、何事もなかったように立ち上がり、再び大軍へと迫ってくるのだ。

 

「GYAO!?」

 

 驚愕に顔をゆがめたゴブリンロードが、それでもシャーマンたちへ呪文を命じたのと、突然に飛来してきた枝矢がシャーマンどもの首を貫いたのとが、殆ど同時であった。

 夜目の利くゴブリンどもは、すぐさま矢の飛んできた方へと目を向ける。

 牧場に生えた木の枝に乗り、こちらへと矢を向けている二人の射手。一人は森人。もう一人は圃人だ。

 慌てたゴブリンの弓手どもが、直ちに迎撃を開始しようとするところへ、

 

「だりゃっ!」

 

 今度は、先の稲妻に打たれた冒険者が迫り、殴り飛ばしていく。

 大軍がすっかり大混乱に陥ったところで、またしても牧場の柵の陰から、数多くの冒険者たちが飛び出してきた。

 彼らは、甘ったるい霧……《眠雲(スリープ)》によって眠らされたゴブリンどもから肉盾を奪い返すや、これを担いでそそくさと退散していく。

 これを黙って見過ごすゴブリンではないが、遠距離からの弓矢と、単身で大軍に突っ込んできた冒険者の化け物染みた力の前に、手も足も出ない。

 果たして、人質を無事に救い出した冒険者たちが柵を越えて牧場へと戻ると、入れ替わるようにして、武装した冒険者たちがこちらへ猛進してくる。

 

「くそっ、オールラウンダーめ! 抜け駆けしやがって!」

「奴にばっか手柄を立たせるな!」

 

 ゴブリンよりも、先に単身で軍へと突撃した冒険者……オールラウンダーに怒りの矛先を向けた武装集団が、八つ当たりとばかりに、一匹、また一匹とゴブリンどもを斃していく。

 槍遣いが槍を振り回せば、周囲の草と共にゴブリンどもの足が切断される。

 蜥蜴僧侶が、獣の牙を研いで作り上げた刀を振るえば、たちまち小鬼どもの首が切り裂かれ、鮮血が噴出する。

 それでもなんとか応戦しようとゴブリンたちが放った矢の軌道を、魔女の《矢避(ディフレクト・ミサイル)》が無慈悲にも逸らしていく。

 果たしてその横で、投石紐(スリング)を振り回していた鉱人が、何かに気付いて目を細めた。

 

「ライダーが来るぞ!」

 

 その声に呼応するかのように、月下の戦場に獣の咆哮が響いた。

 灰色の体毛に包まれた山犬に跨って、ゴブリンたちが剣を振り回して迫ってくるのだ。

 

「射かけるわ!」

「おうよ!」

 

 妖精弓手の言葉に、槍遣いが頷いたところへ、

 

「オラがやる!」

 

 山吹色の道着に身を纏い、その右手に朱色の細棒を掴んだオールラウンダーが飛び出してきた。

 

「あっ、てめぇ!」

 

 槍遣いが言い終える間に、オールラウンダーは山犬に跨ったゴブリン……ライダーたちへと突進する。

 

「あの馬鹿……!」

 

 舌を打った妖精弓手が、矢をつがえた。

 ……と。

 

「だあああっっっ!」

 

 鬼気迫る形相で迫るオールラウンダーを見た山犬どもが、徐々に減速し、やがてぴたりと動きを止めたではないか。

 小鬼に飼われていても、野生の勘は失われてはいない。

 山犬どもには、迫るオールラウンダーの姿が、何十倍にも巨大で獰猛な猿の化け物に見えたのだ。

 相手の力量をきちんと測ることが出来る分、山犬たちはゴブリンよりも賢い。だが、腹をすかせたまま尻尾を巻いて逃げるのも味気ない。

 やがて山犬たちは、自身の背に跨る小鬼どもを振るい落とし、その肉を噛み千切り始めた。

 不味いし臭いが、何も喰わぬよりはマシというもの。

 槍遣いや妖精弓手たちがこれを唖然として見つめている……その脇を通り抜け、

 

「私たちも行きますよ!」

 

 と先陣を切る貴族令嬢が、いつしかの若い剣士や女武闘家といった駆け出しの冒険者たちを導きつつ、小鬼の群れへと飛び込んでいった。

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