悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の四

 戦況は、冒険者側へと大きく傾いていた。

 元々、冒険者とゴブリンとが正面から戦えば、よほどに不幸ではない限り、冒険者が負ける要素などない。

 加えて、冒険者側には奇襲のアドバンテージもあった。ゴブリンとて奇襲を好むが、自分たちが奇襲されるなどとは露ほどにも思っていない。

 果たして、このまま勝負は優勢に続くかと思われたが……。

 

「む……?」

 

 後方支援に徹していた森人魔術師が、月の灯りを背負って、戦場の奥側から伸びた三つの影を認めた。

 

「あいつは……」

 

 彼女は、そ奴らに見覚えがあった。

 いつか、オールラウンダーを黒曜級の冒険者へと昇級させるために対峙した、大柄のゴブリン。

 田舎者(ホブ)などとは、全く比べ物にならないほどの戦闘力を誇る強大な敵。小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)だ。

 一匹だけでも戦の勝敗を左右しかねないという強敵へ、臆することなく迫る四人の冒険者。

 不敵な笑みを浮かべ、大剣を背負った重戦士。そのすぐ後ろには、面倒くさそうに盾を掲げる女騎士の姿もある。

 それから少し距離を置いた所では、青鎧の槍遣いが、単身で英雄へと斬り込もうとしている。

 そして、最後の一人。

 四人の中では最も等級が低い、黒曜の冒険者……オールラウンダーは、すでに英雄の一匹へと勝負を仕掛けており、

 

「ほら! こっちだ!」

 

 目まぐるしく英雄の周囲を跳んで、駆ける。

 小鬼英雄の周囲には、いくつものオールラウンダーが出現していた。

 草原を駆け、あちらこちらから小鬼どもへ矢を射っていた妖精弓手は、

 

「何……? あいつの術……」

 

 驚愕の余り手を止める。

 人間のレベルを遥かに凌駕した身体能力。それから繰り出される技は、奇々怪々な魔術のようにも見える。

 しかし、仕組みは簡単。

 オールラウンダーは、超高速で英雄の周りを動き回り、残像を生み出しているだけなのだ。

 ……尤も、簡単なのは字面で表現することに限るが。

 かくして、無数の残像へ戸惑っている小鬼英雄の顎元へ、

 

「こっちでした!」

 

 突然に実体を見せたオールラウンダーが、渾身の蹴り上げを入れる。

 骨が砕かれ、白目を剥いて倒れた英雄の足を持ったオールラウンダーは、

 

「そりゃっ!」

 

 自身の何倍もある巨体を軽々と持ち上げ、これを投げ飛ばした。

 その先には、槍遣いと交戦している別の個体。

 

「うおっ!」

 

 突如飛来した英雄の骸を、しかし槍遣いは直前で飛び退いて躱す。

 同胞の骸に圧された英雄は、怒り狂ってこれを跳ね除け、槍遣いを睨む。

 舌を打った槍遣いは、

 

「野郎! ややこしくしやがって!」

 

 今まさにこちらへ駆け寄って来るオールラウンダーを、恨めし気に見やった。

 

「手をかそうか?」

 

 駆けつけるなり、そんなことを口にするオールラウンダーへ、

 

「必要ねぇよ!」

 

 ぶるんと槍を一振りし、彼は叫ぶ。

 獰猛な小鬼英雄が、棍棒を叩き下ろしてくるのへ、

 

「ちっ!」

 

 むしろ前方……つまりは英雄の懐へと飛び込んだ槍遣いは、武器を構えて屈みこみ、足の発条を利用して一気に飛び上がった。

 放たれた矢の如き速度で、槍遣いは英雄の喉元へと迫り、得物で突き刺す。

 ぐらり。白目を剥いて後方へと斃れる英雄。

 槍遣いは、既のところで英雄の首から槍を引き抜き、華麗に地面へと着地する。

 

「てめぇ! 今、俺ごとこの化け物をやろうとしたろ!」

 

 激昂し、二匹の英雄の骸を指す槍遣いへ、

 

「わざとじゃねぇよ」

 

 オールラウンダーが弁解する。

 一方、その頃。

 戦場に投入されたのは、小鬼英雄だけではなかった。

 奴らよりは戦闘技術が劣るとはいえ、それでも大柄な体つきを誇る個体。田舎者(ホブ)

 これを相手にするのは、貴族令嬢を先頭に、若き剣士と女の武闘家。

 自分より遥かに小さい獲物を見た田舎者は、にたにたといやらしい笑みを浮かべている。

 片や貴族令嬢たちは、自分たちの倍ほどの巨体を誇る田舎者を、しかし鋭く睨み据えていた。

 

「よ、よしっ! いくぞ!」

 

 最初に攻撃を仕掛けたのは、若き剣士。

 赤い鉢巻を強く締めなおした彼は、長剣を引き抜き田舎者へと猛進する。

 これを、余裕の笑みで迎えた田舎者は、徐にその巨腕を剣士へと伸ばした。

 その五指が掴みかかってくる寸前、

 

「今ですっ!」

 

 貴族令嬢の合図に合わせ、剣士は後方へと飛び退る。

 田舎者の手は空を掴み、次いで剣士の背後から飛び現れた貴族令嬢が、

 

「それっ!」

 

 一党である圃人斥候から借り受けた短刀を、正確に田舎者の目玉へと投げ打った。

 右目を潰された田舎者は、残った左目を血走らせ、貴族令嬢へと向ける。

 しかし、それがいけなかった。

 ただでさえ視野が狭まった今、複数人を相手にする中で、一人だけに注意を向けるのは賢い事ではない。

 事実、隙だらけとなった田舎者の股座へと女武闘家は飛び込んでおり、そこを容赦なく蹴り上げた。

 ただの蹴りではない。亡き父より授かった格闘技の真髄。それを、日々の依頼……時にはゴブリンどもを相手にし、磨きをかけてきたものなのだ。

 それこそ、女神官やオールラウンダーとともに初めての依頼を請けた時とは、技のキレも威力も比べ物にならない。

 ゴブリンに雌は存在せず、故に共通して股間への攻撃は致命傷に繋がりかねない。

 やがて田舎者は、股間を庇うようにしてみっともなく蹲り、それによって露わになった延髄へと、貴族令嬢が長剣を突き刺す。

 

「か、勝った……のか……」

 

 ピクリともしない田舎者を見て、剣士が呟く。

 女武闘家は、額の汗を拭いつつ、確かに頷いた。

 貴族令嬢は、田舎者から引き抜いた剣へ拭いをかけつつ、

 

「まだまだ……これからですよ……」

 

 乱れた息を整えつつ、草原の彼方を見やる。

 黒く盛り上がる、無数の影。

 ゴブリンの増援だ。

 それへ、無謀にも一人で迫っていく一人の冒険者を、貴族令嬢は見た。

 どういうわけか、彼女の胸の中には絶対的な安堵が広がっていた。

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