其の一
「つまりは……あれか。亀甲の盾を作れ、ってことか」
老爺の言葉に、オールラウンダーは「うぅん」とどこか躊躇いながらも頷いた。
彼は今、ギルドの武器屋を訪れ、店主兼鍛冶職人の老爺へ注文をしていたところなのである。
求めるは、どっしりとした重量のある亀甲の盾。
これはなにも、防御を整えるためではない。
成人男性一人分の重さをした亀の甲羅を常日頃から背負い、それによる負荷を以て体を鍛えようというのだ。
「つくれるか?」
オールラウンダーが尋ねるのへ、
「今までそんな注文受けたことがねぇんだ。分かるわけねぇだろうよ」
「そっか。じゃ、できたらおしえてくれよ。ほら。カネならここにおくから」
老爺の厳めしい態度にも物怖じせず、オールラウンダーは腰から吊るした革袋を工房の長机に置くと、
「よろしくな」
言いおいて、武器屋を後にしてしまった。
「……ったく」
その姿を見送った老爺は、太った革袋の中身を検める。
銀と銅の硬貨が混じり、合わせて金貨二十枚に相当する額。日頃から請けている依頼の報酬に加え、最近では遺跡の探索に精を出しているオールラウンダーは、実のところ結構な貯えがあるのだ。
彼一人ならば、その貯えは食費で潰えていただろう。それを阻止してきたのは、仲間である貴族令嬢一党による厳しい金銭管理だった。
して、その努力の結晶ともいえる金を手にした老爺は、一つ舌打ちをするや、
「これじゃ安上がりだ」
文句を言いつつ、槌を振るって鉄を打った。
視点は、オールラウンダーへと戻る。
武器屋を後にした彼は、とある冒険者一党に声をかけられた。
「やぁ」
「あっ、おめえたちは……」
額に赤い鉢巻を締めた彼は、いつかの若い剣士。
あれから装備をまともに買いそろえたらしい剣士は、胸当ての上に革鎧を纏い、籠手や具足なども揃えていた。
その後ろでは、髪を束ねた女武闘家と、相も変わらず眼鏡の奥から冷たい視線を向ける女魔術師の姿もある。
彼らの首元から、一様に黒曜の認識票が下げられている。
先にあった、牧場を守るためのゴブリン軍との戦いにおいて、彼らもそれぞれに活躍を見せ、それが認められて昇級が叶ったのだ。
「どうしたんだ?」
オールラウンダーが尋ねるのへ、返答を向けたのは女武闘家。
「今日は、ちょっと動きを見てほしくてさ」
彼女の言葉を補うように、
「組手の相手をしてほしいんだ」
剣士が続く。
これを、
「わかった」
二つ返事で了承したオールラウンダーは、次いで女魔術師を見て、
「おめえはどうする?」
「模擬戦で魔術を消費するわけにはいかないわ。見物してる」
「そっか」
かくして、ギルド裏手の広場へ移った彼らは、対峙と同時に構えをとる。
オールラウンダーと女武闘家は、勿論徒手空拳。剣士は、その名に恥じぬ長剣が得物だ。
「それじゃ……はじめっ」
少し離れた場所にある柵にもたれ、女魔術師が合図をしたのと同時に、女武闘家が距離を詰める。
「ていっ!」
横払いの蹴りを、屈んで躱したオールラウンダーは、
「それっ!」
そのまま足の発条を使って飛び上がった。
放たれた矢の如き速度で顔面に迫る彼を、
「うわっ」
冷や汗掻きつつ、後方へ倒れるようにして避けた女武闘家。
突進を回避され、宙へ体の浮いたオールラウンダーはまさに隙だらけ。
そこへ、
「それっ」
剣士が飛びかからんとする。
「やべっ」
さすがに慌てたオールラウンダーが、何かを閃いた。
「そうだ。ジャッキーのじいちゃんがやってた……」
と、何やら呟いた後で、彼はくるりと剣士に背を向けると、
「かめはめ波!」
加減を加えた得意技を放つ。
青白い生命の脈動が尾を引いて流れ、その反動によって、オールラウンダーの体は、向かい来る剣士へと一直線に飛んだ。
「えっ!?」
慌てふためいた剣士は、回避もままならず、もろにオールラウンダーの突進を喰らってダウン。
一人になった女武闘家は、舌打ちを一つするや、それでも感心なことに自棄にならず、じりじりとオールラウンダーとの距離を狭め、隙を見極めようとする。
だが、
「こっちだよ」
前方にいるはずのオールラウンダーの声が、背後から聞こえる。
驚いた女武闘家が、つい振り返ってしまったのへ、
「ほいっ」
オールラウンダーは足払いをかけ、彼女のバランスを崩した。
どさり。女武闘家が尻餅をついたところで、
「そこまで」
組手の終わりを告げる女魔術師の掛声。
「いててて……」
尻を擦りながら立ち上がった女武闘家は、目を丸くしてオールラウンダーを見やり、
「び、びっくりしたぁ。前に姿があると思ったら、後ろにいるんだもん」
「へへ。残像拳(ざんぞうけん)ってんだ。あとでやりかた教えてやるよ」
「……私にあんなの、出来るかなぁ……」
女武闘家は、どこか自信なさそうに呟いた。
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