悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

「なんだか……怪しい感じもしますが……」

 

 夜。ギルドに設けられた酒場の一席。円卓を囲み、仲間たちと夕餉を共にしつつ、貴族令嬢はまじまじと羊皮紙を見つめながら呟いた。

 

「この書き出しもねぇ。『オールラウンダー様一党』って……この子がリーダーみたい」

 

 貴族令嬢の隣に座った圃人斥候が、不満げな顔をして紙の文字を撫でる。

 

「オラも、べつにそんなんじゃねぇしな」

 

 二人の対面に座ったオールラウンダーは、いつもの如く食べ物で両の頬を膨らませながら喋り、

 

「口のものを呑み込んでから喋れ」

 

 森人魔術師がそれを諫める。

 かくして最後の一人。只人僧侶は、席を立って貴族令嬢の後ろに立ち、羊皮紙に書いてある内容を覗き込みながら、

 

「でも……この『地下水道に出た怪物』っていうのが気になりますね。どういう怪物なのでしょうか」

 

 依頼の中で最もあいまいな部分を指摘し、首を傾げた。

 この依頼書を送りつけてきた主は、よほどにオールラウンダーとその周辺の事を知っているらしい。

 でなければ、わざわざ「オールラウンダー様一党」などと貴族令嬢たちの存在を言及することは書かないはずだ。

 ならば当然、彼・彼女たちの冒険者等級のことも知っていよう。

 オールラウンダーは黒曜級。貴族令嬢たちは、揃って鋼鉄級。上級者どころか中堅とも言えぬレベルなのだ。

 そんな彼らへ討伐を要請する「怪物」とは、どういうものなのか。まさかに魔神王とやらに繋がる者とも思えぬし、ゴブリンならゴブリンで、そう明記すればいい話だ。

 

「それに……」

 

 貴族令嬢は、最大の疑問点を口にする。

 

「どうして、オールラウンダーさんや私たちが指名されたのでしょうか。地下水道の清掃だけなら、まだわかりますけど……怪物の討伐なら、私たちよりも等級が上の冒険者はたくさんいます。それに……」

 

 一旦、言葉を区切った彼女は、この依頼書が送られてきた先の地名を見て、続ける。

 

「水の街には、剣の乙女もいる。それなのに、どうして……」

 

 この言葉を聞いたオールラウンダーは、

 

「なぁ。それってだれだ?」

 

 と森人に尋ねる。

 これへ代わりに答えたのは、僧侶であった。

 

「剣の乙女。今から十年も前に、復活した魔神王に挑み、そして打ち勝った冒険者一党……その一人。等級は第二位の金。偉大なる至高神に仕える大司教様ですよ!」

「……それって、すげぇのか」

「凄い、なんてものじゃありません!白金……つまりは勇者も現れぬ中で奮闘し、世界を救ったほどのお人なんです!」

「へぇ……やっぱり世の中って広いんだな。亀仙人のじいちゃんがいってたけど……つええやつがいっぱいいるや」

 

 オールラウンダーはそう言うや、ぶるりと体を震わせた。武者震いというやつだ。

 

「お前……まさか闘いたい、なんて言わないだろうな」

 

 一党を組んでより今まで。それなりにオールラウンダーの人となりを理解し始めた森人が尋ねると、

 

「へへっ」

 

 彼は純粋な笑みを以て、これを肯定する。

 その姿を見た僧侶は、ぶんぶんと力強く首を振り、

 

「闘いたいだなんて、とんでもない! 至高神の大司教(アークビショップ)は、無益な戦いを好まないのです! たとえ組手程度の軽いものとはいえ!」

 

 熱を含んで迫る僧侶を見て、さすがのオールラウンダーも、

 

「お、おう……」

 

 少し引いた様子で、渋々と頷いた。

 貴族令嬢は微笑まし気に、

 

「彼女。役職柄、剣の乙女に並々ならない尊敬の念を持ってまして……」

 

 その言葉へ被り気味に、

 

「憧れです! あぁ……一目でいいから、その神々しいお姿を……」

 

 僧侶はいつになく、目を輝かせて遠くを見つめるように、うっとりとした顔つきとなっている。

 半ば呆れてこの様子を見ていた圃人は、

 

「……だったら、行くだけ行ってみる? 水の街へ」

 

 と呟き、続けて、

 

「依頼主から話を聞いてさ。もっと『怪物』についてを詳しく知って……それでもヤバそうなら、悪いけど断ればいいよ」

「……そうだな。私たちより位が上の冒険者なら、たくさんいる。それに……」

 

 圃人の言葉に頷いた森人は、ちらとオールラウンダーを見て、

 

「こっちには、勇者のような力を持った、黒曜級がいるからな」

 

 にこりと笑いかけると、

 

「ん?」

 

 再び食べることに集中しだしたオールラウンダーが、不思議そうに森人を見つめ返す。

 

「まっ。よしんば怪物がわたしたちの倒せる奴だとして……街に蔓延る怪物をやっつけたんだから、剣の乙女様も顔くらい見せてくれるかもよ」

 

 圃人の言葉に、僧侶がぴくりと耳を動かす。

 

「剣の乙女様へ……拝謁できるチャンス……」

 

 淡い期待に身を震わせる僧侶を見やって、暫し考え込んでいた貴族令嬢は、

 

「では、明日一番に水の街へ向かいましょう。でも、くれぐれも無理はしないように」

 

 その言葉で、話し合いは締めくくられた。

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