「なんだか……怪しい感じもしますが……」
夜。ギルドに設けられた酒場の一席。円卓を囲み、仲間たちと夕餉を共にしつつ、貴族令嬢はまじまじと羊皮紙を見つめながら呟いた。
「この書き出しもねぇ。『オールラウンダー様一党』って……この子がリーダーみたい」
貴族令嬢の隣に座った圃人斥候が、不満げな顔をして紙の文字を撫でる。
「オラも、べつにそんなんじゃねぇしな」
二人の対面に座ったオールラウンダーは、いつもの如く食べ物で両の頬を膨らませながら喋り、
「口のものを呑み込んでから喋れ」
森人魔術師がそれを諫める。
かくして最後の一人。只人僧侶は、席を立って貴族令嬢の後ろに立ち、羊皮紙に書いてある内容を覗き込みながら、
「でも……この『地下水道に出た怪物』っていうのが気になりますね。どういう怪物なのでしょうか」
依頼の中で最もあいまいな部分を指摘し、首を傾げた。
この依頼書を送りつけてきた主は、よほどにオールラウンダーとその周辺の事を知っているらしい。
でなければ、わざわざ「オールラウンダー様一党」などと貴族令嬢たちの存在を言及することは書かないはずだ。
ならば当然、彼・彼女たちの冒険者等級のことも知っていよう。
オールラウンダーは黒曜級。貴族令嬢たちは、揃って鋼鉄級。上級者どころか中堅とも言えぬレベルなのだ。
そんな彼らへ討伐を要請する「怪物」とは、どういうものなのか。まさかに魔神王とやらに繋がる者とも思えぬし、ゴブリンならゴブリンで、そう明記すればいい話だ。
「それに……」
貴族令嬢は、最大の疑問点を口にする。
「どうして、オールラウンダーさんや私たちが指名されたのでしょうか。地下水道の清掃だけなら、まだわかりますけど……怪物の討伐なら、私たちよりも等級が上の冒険者はたくさんいます。それに……」
一旦、言葉を区切った彼女は、この依頼書が送られてきた先の地名を見て、続ける。
「水の街には、剣の乙女もいる。それなのに、どうして……」
この言葉を聞いたオールラウンダーは、
「なぁ。それってだれだ?」
と森人に尋ねる。
これへ代わりに答えたのは、僧侶であった。
「剣の乙女。今から十年も前に、復活した魔神王に挑み、そして打ち勝った冒険者一党……その一人。等級は第二位の金。偉大なる至高神に仕える大司教様ですよ!」
「……それって、すげぇのか」
「凄い、なんてものじゃありません!白金……つまりは勇者も現れぬ中で奮闘し、世界を救ったほどのお人なんです!」
「へぇ……やっぱり世の中って広いんだな。亀仙人のじいちゃんがいってたけど……つええやつがいっぱいいるや」
オールラウンダーはそう言うや、ぶるりと体を震わせた。武者震いというやつだ。
「お前……まさか闘いたい、なんて言わないだろうな」
一党を組んでより今まで。それなりにオールラウンダーの人となりを理解し始めた森人が尋ねると、
「へへっ」
彼は純粋な笑みを以て、これを肯定する。
その姿を見た僧侶は、ぶんぶんと力強く首を振り、
「闘いたいだなんて、とんでもない! 至高神の
熱を含んで迫る僧侶を見て、さすがのオールラウンダーも、
「お、おう……」
少し引いた様子で、渋々と頷いた。
貴族令嬢は微笑まし気に、
「彼女。役職柄、剣の乙女に並々ならない尊敬の念を持ってまして……」
その言葉へ被り気味に、
「憧れです! あぁ……一目でいいから、その神々しいお姿を……」
僧侶はいつになく、目を輝かせて遠くを見つめるように、うっとりとした顔つきとなっている。
半ば呆れてこの様子を見ていた圃人は、
「……だったら、行くだけ行ってみる? 水の街へ」
と呟き、続けて、
「依頼主から話を聞いてさ。もっと『怪物』についてを詳しく知って……それでもヤバそうなら、悪いけど断ればいいよ」
「……そうだな。私たちより位が上の冒険者なら、たくさんいる。それに……」
圃人の言葉に頷いた森人は、ちらとオールラウンダーを見て、
「こっちには、勇者のような力を持った、黒曜級がいるからな」
にこりと笑いかけると、
「ん?」
再び食べることに集中しだしたオールラウンダーが、不思議そうに森人を見つめ返す。
「まっ。よしんば怪物がわたしたちの倒せる奴だとして……街に蔓延る怪物をやっつけたんだから、剣の乙女様も顔くらい見せてくれるかもよ」
圃人の言葉に、僧侶がぴくりと耳を動かす。
「剣の乙女様へ……拝謁できるチャンス……」
淡い期待に身を震わせる僧侶を見やって、暫し考え込んでいた貴族令嬢は、
「では、明日一番に水の街へ向かいましょう。でも、くれぐれも無理はしないように」
その言葉で、話し合いは締めくくられた。
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