悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の一

 辺境の街から、広野を東へ二日ほど。

 鬱蒼とした森を抜け、あちらこちらに伸びる枝川を従えた湖の中州に、その街は栄えていた。

 人呼んで、水の街。

 がたりごとりと幌を揺らし、一台の馬車が、街へ続く城門へと姿を消していく。

 ……いや、馬車だけではなかった。

 その真後ろでは、逆立ち歩きをした一人の少年が、

 

「よっ。ほっ」

 

 と、どこか楽しそうに続いているのだ。

 かくして、石畳に舗装された道を行く馬車は、広場の停留所へと停まり、幌から冒険者たちが次々と出てくる。

 件の逆立ち歩きの少年は、やがて女四人の冒険者たちの姿を見出すと、

 

「じゃ、いこうぜ」

 

 飛び跳ね、宙でくるりと身を反転させて二足の歩行となった。

 これを冒険者……貴族令嬢一党は、呆れた様子で見ている。

 少年ことオールラウンダーは、辺境の街から水の街へと移るこの二日間、絶えず逆立ち歩きでの移動に拘り続けていたのだ。

 当人曰く、

 

「修行だ」

 

 ということらしい。

 

「依頼人って、どこにいるんだっけ?」

 

 多種多様な者たちが集客のために声を張り上げている様子を物珍し気に見つつ、圃人野伏が呟いたのへ、

 

「えっと……」

 

 腰のベルトから吊るしたポーチより羊皮紙の依頼書を取り出した貴族令嬢は、

 

「ドルク……という酒場ですね。大通りから外れた裏路地に、そのお店があるみたいです」

 

 これへ、

 

「少々、怪しい気もするが……」

 

 森人魔術師は警戒の色を見せたが、

 

「ここに……ここに剣の乙女様が……」

「うひゃぁ! あっちこっちからうまそうなニオイがする!」

 

 只人僧侶とオールラウンダーは、そんなことお構いなしに、それぞれの興味あることへと気持ちを移している。

 これを見た森人は、仕方もなしといった風に笑い、

 

「……じゃあ、行きましょうか」

 

 と促した貴族令嬢が先頭を行き、その次に圃人と森人。そしてオールラウンダーが、

 

「おい。おいてかれちゃうぞ」

 

 未だ目を輝かせている僧侶の腕を引っ張って、最後に続いた。

 こうして一党が辿り着いたのは、まだ日が真上にあるというのに、その光が届かぬ裏路地。

 それまでの異国情緒あふれる雑踏が嘘のように失せ、しんと静まり返った空間であった。

 その一郭に、目指す酒場があった。

 

「準備中」

 

 と提げられた看板を無視して扉を開け、店の中へと入ってみると、

 

「……お客さん。表の看板はしっかり見てもらわなくちゃ困りますね」

 

 初老の只人の男が、カウンター越しに声をかけてきた。恐らくは酒場の店主であろう。

 貴族令嬢は出て行く代わりに、

 

「下水道掃除の依頼を請けたものです」

 

 言いつつ、突き出すようにして羊皮紙を見せた。

 店主の男の眉が、ぴくりと動いた。

 次いで男は、

 

「どうぞ」

 

 五人の冒険者を、カウンター席へと誘った。

 これへ素直に従った貴族令嬢たち。

 果たして最初に話を切り出したのは、圃人野伏であった。

 

「んで、単刀直入にお聞きしちゃうけど。下水道にいる化け物ってなんのことなのよ」

 

 この言葉に、店主は少しばかり困ったような顔をした。

 

「実はね、お客さん。俺もよく分からないのさ」

「よく分からない?」

「ああ。俺は、な」

 

 意味深な言葉の次に、店主はちらと店の入り口を見やる。

 すると、まるでタイミングを計ったようにして、一人の男が、

 

「マスタぁ。やってるかぁい」

 

 

 ふらついた足取りで店の中へと入って来た。

 昼間から酒気を帯びたその男は、赤ら顔のままに貴族令嬢たちを見て、

 

「へぇ。この店も()()()()()()を始めたのかい」

 

 などと宣う。

 それが何を意味するのか。分からぬほど世間を知らぬわけではない女性陣は、一気に不快の色を露わにした。

 察した店主は、

 

「おい、お前さん。この人たちは、冒険者様さ。ちょうどいい。あの事を話してやりなよ」

 

 これを聞いた酔いどれ男は、

 

「ああん?」

 

 貴族令嬢たちの首から下がった鋼鉄の小板……その近くにある『もの』へいやらしい目線を向けた後で、

 

「なんでぇ。鋼鉄かよ」

 

 とは言いつつ、床にどかっと座ると、数日前に体験した奇妙な出来事を、貴族令嬢たちへ聞かせてやった。

 

「その日は、この酒屋で飲んだ後で、ふらっこふらっこしてたんだけどよ……」

 

 酔いどれ男は、浮浪者であった。

 酒場で思うままに酔いしれた彼は、さりとて帰る家もなく、ぶらぶらと深夜の街を歩いていた。

 すると、

 

「きゃあっ……」

 

 という女の悲鳴がするではないか。

 不気味に思いつつ、その声がした方へと行ってみると、そこはまた別の路地裏。

 果たして石畳の道の上に、娘の骸が転がっており、それに覆いかぶさっていた影が、

 

「なんだぁ、てめぇは!」

 

 浮浪者の大声にびくりと震え、逃げ出した。

 男は足元にあった小石を掴んでこれを追いかけたが、その影は逃げに逃げた末、街の至る所に流れる用水路……その一つへ飛び降り、びちゃびちゃと音を立てて彼方へ消え去ろうとしたのだが……。

 

「そしたらよ。地下水道に繋がる穴ぼこから、ずいと大きな何かが出てきたと思ったらよ。娘殺した奴をよ……ばりばりとかみ砕いちまったのさ」

 

 娘を殺した影は、妙に甲高い悲鳴を上げ、骨の砕かれる音を立てながら、遂に『大きな何か』に喰われてしまったらしい。

 月明かり照らす中、浮浪者はその『大きな何か』を見た。

 短い四足で、腹ばいになって這う巨大な……蜥蜴のようなもの。

 沼竜(アリゲイタ)と呼ばれるその化け物は、血に塗れた牙を不敵に浮浪者へ見せると、のそりのそりと地下水道へと引き返してしまったらしい。

 話を聞き終えた貴族令嬢たちは、流石に顔色を青くして額に汗をにじませた。

 街の地下に、そのような怪物が住み暮らしているとは。

 沼竜は、確かに伝説に語られるようなものではないが……。

 

「沼竜は顎の力が非常に強く、水を素早く泳ぎます。恐らく……まともに地下へ潜って戦っても、こちらに勝ち目はないでしょうね……」

 

 貴族令嬢が歯噛みして言うのへ、

 

「かといって、そんなに頻繁に向こうさんが地上に出て来てくれるとは思えないしねぇ……」

 

 圃人野伏が、消極的な声を被せる。

 すると、

 

「だから、オールラウンダーさんへ依頼を寄こしたのさ」

 

 一党を順々に見やった店主は、

 

「吟遊詩人が歌っていたのを聞いてね。かの辺境の地において、駆け出しの目標となっている一人の冒険者。拳を繰り出せば岩が砕け、魔術を放てば山一つ吹き飛ぶ。そんな人喰い鬼(オーガ)みたいな力を持っていながら、仕事の大小は選ばない……ってね」

 

 そう言って期待に目を輝かせ、

 

「で、そのオールラウンダーさんはどなたかね? あんたかい?」

 

 一党の頭目である貴族令嬢へ問うたが、彼女は引きつった笑みで首を振り、

 

「多分、この子ですね……」

 

 隣に座った、山吹色の道着を着込んだ少年を指した。

 

「……へ?」

 

 力ない、店主の声である。

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