店主の男は、
「冗談だろ?」
と言わんばかりにオールラウンダーを見やった。
無理もない話である。
カウンター席に座る少年は、とても岩を砕く拳も、山を吹き飛ばす魔術も持ち合わせているようには見えないのだ。
すると、店主の気持ちを代弁するように、
「そんなら、是非ともオールラウンダー様のお力を拝見したいもんだねぇ」
などと、酔い潰れの浮浪者がせせら笑う。
「ゴクウ。やっちゃいなよ」
言ったのは、圃人野伏。浮浪者のいやらしい視線に最も不快感を表していたのだ。
名を呼ばれたオールラウンダーは、
「いいのか?」
少しばかり躊躇うように、圃人野伏を見やる。
「いいって、いいって。そちらさんは力を見たいようだし?」
圃人は、挑発するように店主と浮浪者とを見た。
「お、俺は別に、そんな……」
不安げに言葉を濁す店主に対して、
「おうおう。やれやれ!」
浮浪者の男は、すっかり嘘っぱちだと思っているらしく、はやし立てるばかり。
やがて、オールラウンダーは店内を見回した後で、
「なぁ、おっちゃん。あれつかってもいいか?」
そう指さしたのは、店内の隅っこに置かれていた酒樽。
といっても、中身はすでに空けており、いつか処分しようと思って、遂に今まで放置されていたものだ。
「別に、構わんが……」
承諾を受けたオールラウンダーは、さっと腰元に両手を引き寄せて重ねると、
「波っ!」
勢いよく腕を樽へ向けて突き出した。
瞬間。ぼうっと火が灯るような音とともに、彼の両手から青白い光弾が飛び出し、これが樽へとぶち当たり、木っ端みじんと相成った。
店主は勿論、それまで馬鹿のように笑っていた浮浪者も、二日酔いが瞬時に引くほどに、驚愕のあまり目を見張った。
これを見た圃人野伏は得意げに、
「これでもゴクウは手加減してる方だけどね。信じられないなら、この店吹っ飛ばすくらいの力でやってみようか?」
彼女のその言葉に、
「い、いえ……結構です……」
店主は、冷や汗掻きつつ首を振ったものである。
かくして一党は、借りてきた猫のような浮浪者の案内を受けて、街の郊外にぽつりとある、寂れた石造り(この街の建物は例外なく石造りだが)の建物へとやってきた。
曰く、この建物は混沌勢力との戦によって親を亡くした子供……すなわち戦争孤児を引き取るための施設であったらしいが、どうしたわけか子供の失踪事件が相次いで発生し、これを不気味がった周辺住民の要望もあって、閉鎖になったらしい。
「そんな曰く付きなら、さっさと取り壊しちゃえばいいのに」
圃人の言葉に、
「簡単に言うが、建物一つを壊すのにも金がかかるからな。この施設を動かしてた奴らはいつの間にか夜逃げしちまって、そうなると街が金を払うことになる。しかし、まさかこんな小汚ぇ小屋のために、大事な大事な金を使うのも憚られる。そうしているうちにどんどんとほったらかしにされ、今となってはろくでもねぇ奴の温床みたいになっちまってるよ」
俺みたいにな、と締めくくった浮浪者は自嘲の笑みを浮かべつつ、一党を施設中庭にある井戸の前へと誘った。
「用水路からも行けることは行けるが……街の管理者たちが目を光らせてるからな。まさかに、こんな薄汚ぇ親仁の依頼を請けて下水道を探索に来た、なんてのが通じるわけもねぇ。するってぇと、こういう人んちの井戸やらが、地下水道への侵入経路となるわけさ」
その言葉を最後に、案内を終えた浮浪者は去っていく。
これを見送った一党は、
「さて……」
と、井戸の中を覗き込んだ。
貴族令嬢が、足元にあった小石を拾い上げて、これを落としてみると、
「こつん」
という音が返ってくる。やはり、水は枯れているようだ。
井戸内側の側面には、底へと続く梯子が設けられている。
これを最初に下ったのは、オールラウンダーであった。
「うわっ。くせぇ」
降りるにつれて、彼の声は徐々に共鳴していく。
暫くすると、
「おぉい。おりてこいよ! 大丈夫みてぇだ」
反響するオールラウンダーの声。
頷き合った一党は、一人また一人と地下水道へ下っていった。
彼女たちをまず襲ったのは、臭気。ゴミやら排泄物が集結する地下水道は、鼻が曲がるほどに臭う。
一番に苦しがっていたのはオールラウンダーで、
「まえに、すごいクサいやつが天下一武道会にいたけど……そいつとおなじくらいくせぇ」
今までで一番に苦しそうな表情を見せたものである。
だが、平穏なる街の下へ胡坐をかく化け物を前に、臭気ごときで退散するわけにもいかない。
僧侶の《
「GYA!!」
右手の脇道から、突然に飛び出してきた小さな影。それも十。
醜悪な面をした緑肌のそ奴らを、一党は飽きるほどに見ていた。
「ゴブリン……!」
よもやこんなところで遭遇するとは。
圃人は矢の代わりに短剣を、貴族令嬢が長剣を引き抜き、森人が杖を構えるその僅かな隙を、
「だりゃっ!」
徒手空拳で飛び出したオールラウンダーが補い、瞬く間に二匹の小鬼どもを、脇にある汚水流れる水路へと落としていく。
「光源は絶やさず! 挟み撃ちも考えられますので、後ろにも十分な警戒を!」
手早く命じた貴族令嬢は、オールラウンダーに続いてゴブリンの群れへと勇躍した。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい