悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

「しっかし……神聖なる剣の乙女様がいらっしゃる水の街の地下に……選りによってゴブリンが住み着いてるなんてねぇ……」

 

 小鬼の群れの最期の一匹を、容赦なく汚水へ蹴り飛ばした後で、圃人野伏が皮肉交じりに呟いた。

 その傍らでは森人魔術師が、顎へ手をかけつつ、

 

「もしや……あの依頼者が言っていた、『娘を殺し、化け物に喰われた影』というのは……ゴブリンのことではないか?」

 

 と推察する。

 それへ、

 

「ですが……妙じゃありませんか? あの男性が言うことが本当で、その犯人がゴブリンというのは……」

 

 飽くまでも慎重に、貴族令嬢が異を唱える。

 

「なにが妙なの?」

 

 圃人が問うと、令嬢は少しばかり表情を暗くした後で、

 

「……嫌なことだけど、思い出してください。ゴブリンが娘を殺すのは、自分たちの巣へ引きずり込んで蹂躙し、それにも飽きた時です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、オールラウンダー以外の戦士たちが、一様に苦い顔つきとなった。

 思い起こされるは、山砦での一件。

 無数のゴブリンどもに寄ってたかられ、砦の広間へと連れていかれ、裸に剥かれ……。

 横手を見れば、無残な最期を遂げた村娘たちが、小鬼どもの餌となるべく山を築いている。

 思い出すだけでも身の毛がよだつ、苦い記憶。

 しかし、だからこそ妙なのだ。

 ゴブリンとて、捉えた雌を自分たちの巣へ連れ去り、そこで凌辱するだけの知恵はあるのだ。

 水の街という、いわば敵の本拠地とも呼べる場所で、堂々と娘を殺すだけの度胸を、奴らが持ち合わせているだろうか。

 そこまで考えが至ったところで、

 

「女性を殺したのは……また別の存在、ということですか……?」

 

 不安げな表情のまま、僧侶が新たな可能性を口にする。

 貴族令嬢は難しい顔つきのまま、

 

「可能性が無いとは言えません」

 

 と、頷くでもなく、さりとて首を振るでもなく。

 

「この依頼、思った以上に根が深そうです……」

 

 貴族令嬢のその言葉に、一党は固唾を飲んだ。

 ……ただ一人を除いて。

 

「よくわかんねぇけど……どうすんだ? このまま、おっちゃんのいってたバケモノを退治しにいくのか?」

 

 地下いっぱいに反響するような明朗な声で、オールラウンダーがこれからの指示を仰ぐ。

 この様子を見た森人は頭を抱え、

 

「お前……今の声が他のオルクに伝わっていたらどうするんだ……」

「へ? あの緑の奴ら、ほかにもいるんか」

「こんな薄暗くて汚らしい空間があるんだ。まさかに、さっき斃した十匹程度が群れの全てというわけではないだろう」

「そっか……」

 

 オールラウンダーは暫し腕を組んで考えているようだったが、やがて頭を上げ、

 

「ま、それだったらぜんぶ、ぶっとばしゃいいだろ」

 

 なんとも単純明快な解決策。

 意気込むように、腕をぐるぐると回した彼を見た貴族令嬢たちは、いつもならば、その明るさに笑みを漏らしたところだが、今回ばかりはそうもいかない。

 例え、地下水道に住み着いた『化け物』を斃し、ゴブリンどもを駆逐したとして……果たしてそれが事件の解明につながるか。そこが不安であったのだ。

 しかし、迷ってもいられない。

 かくして、頭目である貴族令嬢が下した決断は、

 

「……ここは、一旦地上へ戻りましょう。怪物だけでなく、ゴブリンたちとの戦闘も避けられませんし……長期戦への備えを整えないと……」

 

 これであった。

 だが……。

 

「……ねぇ、あれって……」

 

 来た道を引き返し、梯子のかかる壁を見上げてみると、先までぽっかりと地表に続いていた穴が、黒く塗りつぶされている。

 何者かが、石井戸に蓋をしたのだ。

 

「ゴクウ。あれ壊せる?」

「まかせとけ」

 

 圃人に言われて、オールラウンダーが両手を重ねる構えを見せた。「かめはめ波」だ。

 しかし、

 

「待ってください」

 

 と、貴族令嬢の制止を求める声。

 彼女は、頬を伝う一筋をの汗を拭った後で、

 

「別の出口を探しましょう」

 

 そう提案した。

 

「なんでさ?」

 

 圃人の問いに答えたのは、森人魔術師。

 

「考えても見ろ。打ち捨てられた廃屋にある石井戸へ、わざわざ蓋をするような律義者がいると思うか?」

「……どういうことさ?」

「蓋をした者は、私たちが地下水道へ潜ったのを確かめた上で、それを実行したということさ」

「それって……」

 

 圃人は、自身の頭に浮かんだ考えを確認するかのように貴族令嬢を見やる。

 その視線に気づいた令嬢は、こくりと頷いた後で、

 

「私たちが廃屋の井戸を伝って地下水道へ潜入したことを知るのは……あの酒場の店主と、その利用客である浮浪者以外にいません。彼らが私たちを地下水道へ閉じ込めたと考えるのが自然でしょう」

 

 この言葉を聞いた圃人は、

 

「だったら、なおさら地上へ戻って、あいつらにぎゃふんと言わせなきゃ!」

 

 と憤るが、飽くまでも貴族令嬢は首を振り、

 

「ここは、まんまと罠にかかったと見せかけましょう。飽くまで状況証拠しか揃ってない今、彼らを糾弾するのは難しいことです。別の出口を探し、そこから何食わぬ顔で彼らの下を訪れれば、必ず彼らはボロを出します」

 

 塞がれた地表への出口を、強く睨む。

 

「彼らが何を企てていようが……決して好きにはさせません」

 

 強い、貴族令嬢の言葉であった。

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