「しっかし……神聖なる剣の乙女様がいらっしゃる水の街の地下に……選りによってゴブリンが住み着いてるなんてねぇ……」
小鬼の群れの最期の一匹を、容赦なく汚水へ蹴り飛ばした後で、圃人野伏が皮肉交じりに呟いた。
その傍らでは森人魔術師が、顎へ手をかけつつ、
「もしや……あの依頼者が言っていた、『娘を殺し、化け物に喰われた影』というのは……ゴブリンのことではないか?」
と推察する。
それへ、
「ですが……妙じゃありませんか? あの男性が言うことが本当で、その犯人がゴブリンというのは……」
飽くまでも慎重に、貴族令嬢が異を唱える。
「なにが妙なの?」
圃人が問うと、令嬢は少しばかり表情を暗くした後で、
「……嫌なことだけど、思い出してください。ゴブリンが娘を殺すのは、自分たちの巣へ引きずり込んで蹂躙し、それにも飽きた時です」
その言葉を聞いた瞬間、オールラウンダー以外の戦士たちが、一様に苦い顔つきとなった。
思い起こされるは、山砦での一件。
無数のゴブリンどもに寄ってたかられ、砦の広間へと連れていかれ、裸に剥かれ……。
横手を見れば、無残な最期を遂げた村娘たちが、小鬼どもの餌となるべく山を築いている。
思い出すだけでも身の毛がよだつ、苦い記憶。
しかし、だからこそ妙なのだ。
ゴブリンとて、捉えた雌を自分たちの巣へ連れ去り、そこで凌辱するだけの知恵はあるのだ。
水の街という、いわば敵の本拠地とも呼べる場所で、堂々と娘を殺すだけの度胸を、奴らが持ち合わせているだろうか。
そこまで考えが至ったところで、
「女性を殺したのは……また別の存在、ということですか……?」
不安げな表情のまま、僧侶が新たな可能性を口にする。
貴族令嬢は難しい顔つきのまま、
「可能性が無いとは言えません」
と、頷くでもなく、さりとて首を振るでもなく。
「この依頼、思った以上に根が深そうです……」
貴族令嬢のその言葉に、一党は固唾を飲んだ。
……ただ一人を除いて。
「よくわかんねぇけど……どうすんだ? このまま、おっちゃんのいってたバケモノを退治しにいくのか?」
地下いっぱいに反響するような明朗な声で、オールラウンダーがこれからの指示を仰ぐ。
この様子を見た森人は頭を抱え、
「お前……今の声が他のオルクに伝わっていたらどうするんだ……」
「へ? あの緑の奴ら、ほかにもいるんか」
「こんな薄暗くて汚らしい空間があるんだ。まさかに、さっき斃した十匹程度が群れの全てというわけではないだろう」
「そっか……」
オールラウンダーは暫し腕を組んで考えているようだったが、やがて頭を上げ、
「ま、それだったらぜんぶ、ぶっとばしゃいいだろ」
なんとも単純明快な解決策。
意気込むように、腕をぐるぐると回した彼を見た貴族令嬢たちは、いつもならば、その明るさに笑みを漏らしたところだが、今回ばかりはそうもいかない。
例え、地下水道に住み着いた『化け物』を斃し、ゴブリンどもを駆逐したとして……果たしてそれが事件の解明につながるか。そこが不安であったのだ。
しかし、迷ってもいられない。
かくして、頭目である貴族令嬢が下した決断は、
「……ここは、一旦地上へ戻りましょう。怪物だけでなく、ゴブリンたちとの戦闘も避けられませんし……長期戦への備えを整えないと……」
これであった。
だが……。
「……ねぇ、あれって……」
来た道を引き返し、梯子のかかる壁を見上げてみると、先までぽっかりと地表に続いていた穴が、黒く塗りつぶされている。
何者かが、石井戸に蓋をしたのだ。
「ゴクウ。あれ壊せる?」
「まかせとけ」
圃人に言われて、オールラウンダーが両手を重ねる構えを見せた。「かめはめ波」だ。
しかし、
「待ってください」
と、貴族令嬢の制止を求める声。
彼女は、頬を伝う一筋をの汗を拭った後で、
「別の出口を探しましょう」
そう提案した。
「なんでさ?」
圃人の問いに答えたのは、森人魔術師。
「考えても見ろ。打ち捨てられた廃屋にある石井戸へ、わざわざ蓋をするような律義者がいると思うか?」
「……どういうことさ?」
「蓋をした者は、私たちが地下水道へ潜ったのを確かめた上で、それを実行したということさ」
「それって……」
圃人は、自身の頭に浮かんだ考えを確認するかのように貴族令嬢を見やる。
その視線に気づいた令嬢は、こくりと頷いた後で、
「私たちが廃屋の井戸を伝って地下水道へ潜入したことを知るのは……あの酒場の店主と、その利用客である浮浪者以外にいません。彼らが私たちを地下水道へ閉じ込めたと考えるのが自然でしょう」
この言葉を聞いた圃人は、
「だったら、なおさら地上へ戻って、あいつらにぎゃふんと言わせなきゃ!」
と憤るが、飽くまでも貴族令嬢は首を振り、
「ここは、まんまと罠にかかったと見せかけましょう。飽くまで状況証拠しか揃ってない今、彼らを糾弾するのは難しいことです。別の出口を探し、そこから何食わぬ顔で彼らの下を訪れれば、必ず彼らはボロを出します」
塞がれた地表への出口を、強く睨む。
「彼らが何を企てていようが……決して好きにはさせません」
強い、貴族令嬢の言葉であった。
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