悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の五

「絶対にやると思った……」

 

 諦めと呆れの混じった表情で額を押さえる貴族令嬢の横で、

 

「も、申し訳ありません! 申し訳ありません! このような失礼を!」

 

 僧侶がそう叫び、剣の乙女へ何度も頭を下げる。

 して、剣の乙女は柔和な笑みを浮かべるや、オールラウンダーと目線を合わせるように……といっても、彼女は目隠しをしているので合わせようがないが。兎も角、腰を屈めた彼女は、

 

「もしかして…大司教(アークビショップ)のことかしら?」

 

 そう言うと、

 

「そう! それだ!」

 

 明るく笑ったオールラウンダーが、ぽんと手を打つ。

 その様子が可笑しかったと見え、更に笑みを深めた剣の乙女は、すっくと立ちあがり、

 

「井戸からひょっこり現れた、賑やかで面白おかしい同胞の方々。歓迎しますわ」

 

 我が子を迎え入れるかのような、抱擁の身振りを以て貴族令嬢一党を迎えた。

 令嬢と僧侶はこれに深々と頭を下げて応え、オールラウンダーは、

 

「よろしくな」

 

 などと、親し気に握手を求める。

 その傍らで冴えぬ顔をしていたのは圃人と森人であり、胸にわだかまった疑問を先に口にしたのは、圃人であった。

 

「なんで、わたしたちが井戸から来たなんてわかったのさ」

 

 この問いかけに、剣の乙女は僅かに肩を震わせたように見えたが、しかし物腰柔らかな態度は変わらず、

 

「ふふっ。泥と汚水の臭いを纏ったあなた方と、その背後にある石井戸を見れば、分かりますわ」

 

 そう言って、すらりと細い人差し指を、一党の背にある石井戸へと向けた。

 

「すげぇな。目隠ししてても、そういうのがわかるのか」

 

 と、これは純粋なオールラウンダーの感心。

 

「凄いでしょう」

 

 剣の乙女は、まるで自慢げな子供のような態度で応え、その後でふわりと身を翻すや、

 

「お話の続きは、聖域にて伺いましょう。どうか、奥の礼拝堂へとおいでください」

 

 そう言って、まるで夢幻のようにふわふわとした足取りで、建物の中へと入っていった。

 これへ、貴族令嬢と僧侶、オールラウンダーが続いていくが、圃人と森人はどこか躊躇うように、じりじりとした足取りだ。

 

「……どうしました?」

 

 頭目ということもあり、一党の機微をいち早く察した貴族令嬢は、背中越しに圃人と森人へ問うた。

 森人は、

 

「いや……」

 

 と言葉を濁したが、圃人は思いつめた末に覚悟を決めたようで、

 

「あの女の人……何かを隠してるような気がするんだ。それが何かは分からないけど……」

 

 そう言ったものだが、これに反論するは僧侶。

 

「剣の乙女様に限って、そんな……第一、初対面の私たちに何を隠しているというのです?」

「だから……それが分からないんだってば……」

 

 剣の乙女に対する、信と疑。今にもこの二つがぶつかりそうになったところで、一党は神殿の最奥……先に剣の乙女が言っていた、礼拝堂へと足を踏み入れた。

 天窓から入る月の光が、奥にある祭壇を照らす。

 その手前では、ちょこなんと床に座った剣の乙女が、

 

「さぁ、どうぞ」

 

 自身の傍に座するよう、促す。

 これに一同が従うと、

 

「さて」

 

 剣の乙女が切り出しの一言の後に、

 

「皆様は、どうして神殿の裏庭にいらっしゃったのですか? それも、かような夜更けに」

 

 問うのへ、貴族令嬢は今までの経緯を語った。

 水の街の裏路地にある酒場。そこの常連客から、『怪物』を斃してほしいと依頼されたこと。

 実際に依頼を請けに地下水道へ潜ってみると、入り口が人為的に塞がれてしまったこと。

 仕方もなしに水道を探索する中、ゴブリンの群れに遭遇したこと。

 件の『怪物』とやらは、思った以上に害のない存在であったこと。

 話を聞き終えた剣の乙女は、僅かに唇を噛み、またしても肩を震わせた後で、

 

「そう、ですか……」

 

 絞り出すような声と共に、ゆっくりと立ち上がると、

 

「実は、私。辺境の街のゴブリンスレイヤーという方へ、ある依頼を託しておりますの」

 

 すると、『ゴブリンスレイヤー』という単語に反応したオールラウンダーが、

 

「スッチャンも、こっちにくるのか」

 

 その反応に驚いたらしい剣の乙女は、

 

「え、えぇ……」

 

 と頷く。

 

「ゴブリンスレイヤーへの依頼と言うと……やはり、ゴブリン退治?」

 

 確認するかのように貴族令嬢が問うと、

 

「ええ」

 

 肯定を表す、剣の乙女の沈痛な声音が返ってくる。

 続けて乙女は、

 

「予定通りならば、明日にはゴブリンスレイヤー様がこの水の街を……いえ、法の神殿を訪れますわ。その時に依頼の詳細をお聞かせするのですが……」

 

 言葉を区切り、上目遣いに一党を見た後で、

 

「どうかその際、あなた方も同席し、願わくば彼と協力して依頼を請けてほしいのです」

 

 そう言うではないか。

 一党は、顔を見合わせた。

 察するに、「ゴブリン退治」の依頼を請けてほしい、ということらしいが……。

 

(まさか、かつての英雄からそのような依頼を請けるとは……)

 

 このことである。

 雲の上のような存在である、金等級から頼りとされるのは悪くない気分であるが、こうなるとどうも腑に落ちない点も出てくる。

 例えば、

 

「剣の乙女様が、ゴブリン退治へ乗り出すわけにはいかないんですか?」

 

 というもの。

 しかし、

 

「どうか、お願いいたします。街の平穏と命運をかけた依頼なのです」

 

 剣の乙女にそう強く言われると、無下に断るわけにもいかなくなってしまった。

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