辺境の街と牧場とを結ぶ一本道を、一台の荷車が往く。
台には、中身のぎっちりと詰まった木箱の数々に、若き剣士と女魔術師が乗っていた。
果たして車を曳いていたのは、彼らと一党を組んでいる女武闘家であり、その顔を真っ赤にさせつつも、一歩一歩確実に踏みしめていた。
「なぁ。本当に街と牧場を十往復もするのかよ」
同郷で幼馴染の剣士が、荷台から心配そうな声を寄こす。
これへ、振り向いた女武闘家は、
「大丈夫」
と、顔いっぱいに汗を浮かべながら、明らかに無理の出ている笑みを浮かべて答えた。
本音を言えば、今すぐにでも止めて欲しい剣士なのだが、昔に、近所で大威張りをしていた年上の男の子を、泣いて謝らせるまで必死になって喰らいついた彼女の姿を思い出し、やがて無理を悟って黙ってしまった。
女魔術師も、良くも悪くも淡白な性格なので、
「あの子の気の済むまでやらせてあげればいいわ」
と、ついこの間、安い報酬を貯めに貯めた末に購入した最新の呪文書へ目を通しつつ、剣士へ言ってやったものである。
何故、このように女武闘家が燃えているのかと言えば、その要因はオールラウンダーにあった。
初めての依頼を請けるまで、女武闘家の中での最強は、「亡父から教わった格闘技」であった。
例え、相手が魔王であろうが人喰い鬼であろうが、父の教えが砕けぬはずはない、と。
しかし、攫われた娘を救うために潜った洞穴の中で、見たこともない大柄のゴブリンを見上げた時、彼女は本能的に、
(勝てない……)
と悟ってしまった。
倍ほどもある体格差の前には、父直伝の格闘技すら無意味なのだ、と。
だが、そんなのお構いなしと言わんばかりの力を見せつけた者がいた。それが、オールラウンダーであった。
途中、ゴブリンスレイヤーなる冒険者の助けがあったとはいえ、オールラウンダーは大柄ゴブリンの首を一撃で吹き飛ばすほどの蹴りをしてみせたのだ。
女武闘家にとっては、衝撃であった。
ついさっきまで、武道の限界を垣間見たような気がしたのに、それを楽々と突破していくオールラウンダーの姿は、どこか恐ろしくもあったが、それ以上に彼女にとっては「希望」であった。
(極めれば……こんなに強くなれる……)
このことである。
これ以来、胸の中に巣食っていた、己の力量への慢心と、それによって知らず知らずのうちに定めていた限界とを取り払った女武闘家は、ドブさらいや野良仕事といった依頼を率先して請けるようになった。
これは、辺境の街でオールラウンダーの噂が囁かれるようになる前からのことであり、
「常日頃から、体を動かし、勘を磨け。修行が絶えることはない」
という、父の言葉を思い出したからだ。
かくして女武闘家は経験を重ねた結果、格闘技術の向上は勿論のこと、例えばゴブリンの巣へ潜った際に、その悪辣な罠の設置を察知できるほどの鋭い勘働きを手に入れていた。
故に、今現在の彼女の役割は、攻撃手兼斥候を担うものとなっている。
更には、少し前に起こった、ゴブリンの大軍から街外れの牧場を守るために赴いた戦いにおいて。
剣士や貴族令嬢と共に戦ったとはいえ、あの大柄ゴブリン……
彼女の中での自信は、大きいものとなった。
(これで、あの子に近づけた)
と。
だが……。
戦場で見たオールラウンダーの動きは、女武闘家が培ってきた武道の常識をも大きく超えるものだった。
無数の残像が出現するほどの素早い動き。ゴブリンどもを塵も残さぬほどに消し去る、魔術めいた技。
少しばかりは埋まったかのように見えたオールラウンダーとの差は、全くと言っていいほど埋まってはいなかったのだ。
だが、これを受けて諦めるどころか、
(少しでも、近づいてやる!)
と、向上心を燃やすあたりに、女武闘家の武闘家たる光るものがあるといえよう。
かくして彼女は、自分なりに鍛錬方法を考え、依頼のない日などはこうして、自ら考案した修行を行っているのだ。
「やってやる! やってやるぞ!」
また一歩、女武闘家は前へと進んだ。
辺境の街は、まだ遥か彼方である。
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