ゴブリンスレイヤー一党と合流した翌日。
朝も早いうちから、貴族令嬢一党は件の酒場を訪れた。
店主や、常連である浮浪者の驚愕の表情が見られるものかと思ったが、店内はすでにもぬけの殻。
「くそっ! 先手を取られたか!」
森人魔術師が珍しく感情をあらわにする隣で、オールラウンダーは鼻をひくつかせ、
「こっちだ」
と、カウンターへ入り、更にその奥へと続く扉を開けて進んでいく。
その先にあったのは、食料庫。
一同、
(こんな時に……)
などと呆れたものだが、それも一瞬のこと。
空間奥に、まるでガラクタを寄せ集めたような偶像が祭壇に祀られているのを見て、彼女たちは息を呑んだ。
祭壇には他に、天秤と剣とを組み合わせた装飾品を、真っ二つに折ったものもある。
「これって……もしかして邪教の……?」
只人僧侶が、固唾を飲んだ後で呟くのへ、
「そう考えるのが……自然でしょうね」
貴族令嬢が、折れた装飾品を手にしながら答える。
「ジャキョウ、ってなんだ?」
オールラウンダーが問いかけると、圃人野伏が簡潔に教えてやる。
「魔神王を蘇らせようとしてる、碌でもない奴らのこと」
「わるいやつってことか」
「そゆこと」
二人のやり取りの間にも、貴族令嬢は足元を見やって、祭壇が左右に引きずられた形跡があることに気が付いた。
これには従わず、乱暴に祭壇を蹴り倒してみると、そこに地下へと続く穴が出現したではないか。
いよいよ、怪しくなってきた。
禍々しい神を崇めるような祭壇に、小鬼どもが巣食う地下へと繋がる入り口。
その目的は定かではないが、酒場の関係者が「
「あのおっちゃんたちのニオイ、この下からしてくるぞ」
オールラウンダーはそう言って地下への入り口を指したが、貴族令嬢たちは渋った。
このまま地下へと潜ったとして、それ自体が彼らの目算だという可能性もある。事は慎重に運ばなければなるまい。
逡巡の後、貴族令嬢は顔を上げるや、
「私とソンさんで、地下へ潜って彼らを追跡します。みなさんは、剣の乙女様へこのことを知らせてください」
三人の仲間へ言ったものだが、
「
僧侶は勇み、貴族令嬢たちと同行することになった。
かくして、
「すぐに後を追いかけるからね!」
そう言って店を後にした圃人と森人を見送った後で、
「……では、行きましょう!」
気合の入った貴族令嬢の号令の下、三人は地下へと降り立った。
二日ぶりの地下水道は、相も変わらず廃棄物と排泄物とが混じり合い、鼻の曲がるような臭いで満たされている。
「えっと……法の神殿の井戸から降りた地点がここだから……」
貴族令嬢は、降りるなり腰元の雑嚢から一枚の羊皮紙を取り出し、広げてみせた。
これは、剣の乙女から託された地下水道の地図……その写しである。
「私たちは今……この辺りにいるわけですね」
貴族令嬢がそういって指したのは、法の神殿からの侵入口から南東へ少しばかり離れた地点。
途中、五つほどの横道が存在するが、いずれも行き止まりへと繋がっており、このまま真っ直ぐ行くと、どうやら開けた場所に出るらしい。
僧侶は、その開けた場所を指して、
「彼らが私たちをおびき寄せるとして……ここが最も適した場所でしょうか」
「……その道中の脇道で待ち伏せて、私たちを気絶させてから、この広間へ運び込む……とも考えられます。いずれにしても、用心していきましょう」
貴族令嬢はそう答え、僧侶に《
先頭を行くは、最高戦力のオールラウンダー。
その後ろを僧侶が行き、最後に貴族令嬢という、戦士二人で僧侶を囲み、守る形となっている。
ところが道中における敵襲はなく、三人は呆気なく、最奥にある広間への入り口手前まで辿り着くことができた。
これがまた、却って不気味である。
「中には……誰もいないみたいですね……」
入口の扉へ耳を張り付けた貴族令嬢は、しんと静まり返った室内の様子を告げる。
それを聞いた僧侶は首を傾げ、
「……では、あの男たちはどこへ……?」
疑問を口にする。
それに対する明確な答えも出ないままに、
「とにかく、中を見てみましょう」
貴族令嬢は鉄扉へ手をかけ、これを開けてみた。
重々しい扉を開けた先には、左右それぞれにきちんと並んだ石棺が六つと、
「あれは……」
広間の中央に、一つの影がある。
裸に剥かれ、赤茶色の長い髪を垂らした……人だ。
膨らんだ胸から察するに、恐らく小鬼どもの慰みとなった街の娘か、冒険者か。
彼女は、部屋の両側の壁から伸びた鎖によって、両の手を縛りつけられていた。
ぐったりと頭を垂れた彼女へ、
「大丈夫ですか……!」
と近寄ろうとする僧侶を、貴族令嬢が制した。
「砦での一件を、思い出してください」
その言葉に、僧侶は「はっ」と何やら気付く。
そう。オールラウンダーと初めて出会った山砦での出来事。
先に砦へ潜入していた貴族令嬢一党は、村娘の骸を利用するという、悪辣極まりない小鬼どもの罠にかかり、危うく命を落としかけたのだ。
「では、あれも……?」
「罠である可能性が高いです」
次いで貴族令嬢はちらとオールラウンダーを横目に見やり、
「ここから、彼女を繋ぐ鎖を壊すことは出来ますか?」
と問うた。
彼は、
「どうだろうなぁ。かめはめ波だと、あのねえちゃんごとやっちゃいそうだけど……」
困ったように腕を組んで考えたが、少しすると、
「あっ!」
何かを閃いた表情となり、
「イヤな奴の技だけど……いっか!」
言うや、人差し指を伸ばし、女を縛る鎖へ向けた。
直後、彼の指先にぼんやりとした光が集中する。
それが最高潮に達した時、
「どどん!!」
掛声と同時に、彼の指先から細長い光の線が突出し、これが鎖を千切り破った。
だらり。女の腕が下がったと同時に、垂れていた首も落ちた。
やはり、女は囮として利用された骸だったのだ。
途端、両開きとなった鉄扉とはまた別の扉が、上から落ちてきて、広間を塞ぐ。
「やはり、罠でしたか」
呟く貴族令嬢の横で、
「このニオイ……ゴミとかクソとかとはちがうニオイだ」
オールラウンダーが、やはり鼻をひくつかせ、そう告げた。
扉の向こうからは、何か気体が噴出している音が聞こえる。
「毒気……ですね……」
杖を胸に手繰り寄せ、これを固く握りしめた僧侶が、額に汗を浮かべて呟いた。
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