悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の二

 鉄扉の隙間から漏れ出た白い瘴気が、すぐさま空気に溶けて消えていく。

 暫くすると気体の噴出音は途絶えたが、

 

「もうしばらく、様子を見ましょう」

 

 果たして貴族令嬢の指示通りに待っていると、()()()と何か重い物が動いたような音がして、

 

「あっ……」

「誰もいない……」

 

 男二人の、驚愕の声が部屋の向こうから聞こえた。

 この声、件の酒場の店主と常連の浮浪者のものである。

 貴族令嬢はこれを確かめるや、

 

「ソンさん! 扉を!」

 

 その言葉を受けたオールラウンダーは頼もしく頷くや、

 

「だりゃっ!」

 

 力強い気合声と共に、鉄の扉を蹴り倒した。

 瞬転、()()()として二人の男が貴族令嬢たちを見やる。

 

「あなたたちの正体は分かっています! 邪教の使徒よ!」

 

 只人僧侶が指さし叫ぶのへ、店主の男は舌打ちを一つするや、腰に吊るした革袋から小さな黒光りする石コロを取り出し、これを床へばら撒いた。

 すると、小石がむくむくと質量を増やしていくではないか。

 終わってみると、醜悪な面構えをした翼竜の如き石の化け物が、七匹ほど。

 

「さぁ、行け! 樋嘴(ガーゴイル)! 奴らは混沌に仇を成す憎き敵だ!」

 

 店主の男の号令に従い、石の翼竜……ガーゴイルはゆっくりと貴族令嬢たちを振り返り、

 

「GYAAAA!」

 

 けたたましい鳴き声を上げるや、翼を広げ、一斉に襲い掛かって来た。

 

「しまった……!」

 

 突如として現れた混沌の眷属に戸惑った貴族令嬢たちだが、

 

「のびろ、如意棒!」

 

 その叫びと共に身を長くしたオールラウンダーの細棒が、僧侶ともども貴族令嬢の体を左手へと突き飛ばしてくれたおかげで、なんとかガーゴイルの突進を回避することが出来た。

 二人が身を立て直す間に、ガーゴイルの群れへ勇躍したオールラウンダーが、一匹へ殴りかかって頭を吹っ飛ばし、

 

「それっ!」

 

 瞬く間に二匹目の背中へと飛び移るや、組んだ両腕を振り下ろし、その脳天を打った。

 頭頂に、鉄槌で叩かれたかのような衝撃を感じたガーゴイルは、用水路へと落下し、暫くもがいたものの、やがて沈んでしまった。

 翼があるとはいえ、石で構成された体の重みが、水の底へと彼を誘ったのである。

 これを目にした貴族令嬢は、何やら僧侶へ囁くと、

 

「こっちです!」

 

 叫び、ガーゴイルどもの注意を引いた。

 黄色く光る眼を貴族令嬢へと移した石の翼竜どもが、一斉に飛びかかる。

 これを不敵な笑みを以て迎えた貴族令嬢は、

 

「それっ!」

 

 何を思ったか、背後を流れる用水路へと跳んだのである。

 そのまま汚水の流れに呑まれるかと思ったが、なんと彼女は水面の上にぴたりと立っているではないか。

 果たして彼女は、飛来するガーゴイルどもをギリギリまで引き付けた後で、

 

「えいっ!」

 

 斜め前方……つまりは再び通路へと飛び移った。

 一方でガーゴイルどもは、その速度故に急な方向転換が出来ず、先ほど貴族令嬢が立っていた、水面の見えない足場へと突っ込んでいく。

 ……が、彼らの体は見えぬ足場にぶつかることなく、そのまま汚水の中へと呑み込まれていった。

 自身の身の重さによって、一匹、また一匹と水底へと沈んでいくガーゴイル。

 遂に一匹も浮かび上がらなくなったところで、

 

「上手くいきましたね……」

 

 隅に隠れていた僧侶が、額に汗を浮かべて貴族令嬢とオールラウンダーへ歩み寄った。

 

「すげぇな、おめえ。水の上に立てるのか」

 

 目を輝かせたオールラウンダーが言うのへ、苦笑を浮かべた貴族令嬢は、

 

「彼女の協力があったからですよ」

 

 と、僧侶の肩を叩いた。

 気恥ずかしそうに頬を掻いた僧侶は、

 

「あの時、私の奇跡……《聖壁(プロテクション)》を、水面の足場代わりにしたんです」

 

 先の手品の仕掛けを明かした。

 慈悲深き地母神は、聖なる壁を顕現させる奇跡を以て、貴族令嬢を()()()()()から守ったのだ。

 後は、貴族令嬢が通路側へ跳んだのを見計らって、神へと結んだ精神を解くだけ。

 奇跡による足場は瞬時に姿を消し、ガーゴイルどもは汚水へと真っ逆さま……というわけだ。

 かくして、ガーゴイルを相手にした戦場を後にした貴族令嬢たちは、先ほど白い瘴気……毒気が噴出していた広間へと足を踏み入れたが、店主と浮浪者はどこかへと姿を消してしまっていた。

 

(一体、どこへ……?)

 

 首を傾げた後で、貴族令嬢はふと思い出した。

 それは、この部屋に噴出した毒気が収まった時のこと。

 何か重くて固い物が動いた音の後に、店主と浮浪者の戸惑いの声がしたのだ。

 

(まさか……?)

 

 貴族令嬢は、広間に置かれた石棺の数々を見やった。

 酒場の食料庫にあった邪教の祭壇よろしく、この石棺のどれかも、秘密の入り口となっているのではないか。

 果たして、貴族令嬢の考えは的中した。

 

「ふんっ……!」

 

 一つの石棺の蓋を外してみると、中には更に下へと続く階段が用意されていたのだ。

 それへ踏み込む前に、

 

「奇跡は、あとどれくらい?」

 

 貴族令嬢が問うのへ、

 

「あと、四回ほどでしょうか」

 

 僧侶が指を折って答える。

 少しばかり迷った貴族令嬢であったが、ちらと横目にオールラウンダーを見るや、

 

(大丈夫……!)

 

 自分に言い聞かせるように、心の中で呟き、

 

「さぁ、後を追いましょう!」

 

 勇んで階段を下っていった。

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