「かめはめ波なら、あいつをぶっとばせるかもしれねぇ」
オールラウンダーの提案に、貴族令嬢は一瞬戸惑った。
かめはめ波。それは、オールラウンダーの最も得意とする技。
体内を流れる「気」という潜在エネルギーを、構えた両掌に集中させ、一気に放つ必殺の奥義だ。
その驚異的な破壊力を、貴族令嬢はこれまでに何度も目の当たりにしている。
(だけど……)
貴族令嬢は、絶望によって胸を見たしつつ、迫りくる岩石の巨兵を見上げた。
確かに、かめはめ波なら奴の手足だろうが胴体だろうが、吹き飛ばすことは可能だろう。
だが、どうやらゴーレムは、体の一部分でも健在であるならば、そこを起点として瞬く間に再生してしまうらしい。
となれば、あの山のような巨体を余すところなく一気に消滅させなければならない、ということになる。
詰る所、かめはめ波には破壊力があっても、あの巨体を丸々呑み込むだけの範囲が足りないのだ。
しかし、オールラウンダーは語る。
「オラの師匠の亀仙人のじいちゃんはさ。本気のかめはめ波で、燃えちまった山をまるごとふっとばしちまったことがあるんだ」
だからさ、とオールラウンダーは付け加え、
「オラも
と豪語するのだ。
ふと、貴族令嬢が笑った。
どうせもう逃げ場などない。
仲間によって、剣の乙女たちへ、邪教の使徒の暗躍も伝わっていることだろう。
やれるだけのことはやった。悔いが無いといえば、嘘になるが……。
最期に、やれるだけの抵抗はしておきたい。
やがて貴族令嬢はこくりと頷き、
「やりましょう!」
「おう!」
オールラウンダーは力強く応え、拳を突き出してきた。
貴族令嬢はこれへ、同じように拳を突き出し、こつりと打ち合わせる。
果たして最初に動いたのは、貴族令嬢であった。
「ほら! こっちですよ!」
僧侶を背負いつつ、それでも素早く広間を駆ける貴族令嬢へと視線を移したゴーレムが、その進路を彼女へと向けた。
これを見たオールラウンダーは、素早く腰元へ両手を重ねるように構えるや、
「か……」
呟くのと同時に、青白い光が生じる。
これを見た邪教の使徒が、
「ゴーレム! ガキを先に殺れ!」
腕を振り上げて命じる。
すぐさまゴーレムは、視線をオールラウンダーへと移そうとするが、
「えいっ!」
いつのまにやら僧侶を降ろしていた貴族令嬢が、素早く腰に差した長剣を引き抜くや、これをゴーレムの顔面へと投げ打った。
目の前を掠め跳んだ長剣。その投擲主を確かめるべく、ゴーレムは再び視線を貴族令嬢へと落とす。
……と。
「か……め……は……め……」
なんと貴族令嬢はオールラウンダーと同じように、腰を落とし、上下に重ねるようにして構えた両手の中に、眩い光を宿しているではないか。
邪教の使徒共は混乱した。
(まさか、あの小娘も……?)
である。
果たして、不敵な笑みを浮かべた貴族令嬢は、
「波っ!」
の掛声と共に両腕を突き出したものだが、掌が眩しく光っているだけで、何も放出する気配はない。
呆気に取られた邪教の使徒たちが、貴族令嬢の背後を見た。
よろよろと頼りなく、しかし確かに地を踏みしめながら、地母神へ聖なる光の恵みを嘆願する僧侶の姿が、そこにはあった。
(しまった!
ゴーレムは、すでに貴族令嬢目掛けて拳を振り上げている。
それより少し離れたところにいるオールラウンダーは、暴れ弾けんばかりの光を、その両掌に宿していた。
「いかん! ゴーレム!」
叫ぶが、巨兵の振り上げる拳を止める術は、もうない。
貴族令嬢は、ゴーレムへ背を向けるや、走り抜け様に僧侶を小脇に抱え、死に物狂いで駆けた。恐るべき火事場の馬鹿力である。
かくして、
「波ぁぁぁっ‼」
空間を揺るがすほどの気合声と共に、少年の両手から青白い光が放たれた。
巻き添えを喰らわぬよう走る中で、ちらと後方へ目を向けた貴族令嬢は、見た。
今までに見たのとは比べ物にならない、全てを呑み尽くす雪崩か津波のような、迫力と轟音と破壊力とを秘めた……まさに「必殺」の一撃。
頭頂からつま先まで、ゴーレムの巨体を丸々呑み込んだそれは、広間の床に深い抉りの跡を残し、やがて消滅した。
終わってみると、戦場に残ったのは貴族令嬢をはじめとする三人の冒険者と、浮浪者を装っていた邪教の使徒一人だけ。
彼は、仲間の使徒が、オールラウンダーの一撃による波に呑まれ、断末魔すら上げることなく、体の一部分を残すことなく「消滅」したことに衝撃を受けたあまり、ぱくぱくと口を開閉し、だらしなく失禁をしていた。
貴族令嬢は荒い息を整えつつ、
「ほ、ほんとにやった……」
改めて、オールラウンダーの化け物じみた実力を思い知った。
せっかくに意識を取り戻した僧侶は、かめはめ波の生じさせる轟音により、再び気を失ってしまっている。
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