悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の一

 翌日の昼間過ぎになって……。

 オールラウンダーは漸くに目を覚まし、純白の寝台より跳ね起きた。

 無理もないことである。

 昨日対峙した邪教の使徒……それが使役するゴーレムを跡形もなく吹き飛ばすために、彼は力の殆ど全てを出しきってしまったのだ。

 その膨大なる生命力を完全に養うためには、むしろもう半日眠っていた方が良いようにも思えるが、やはりそこがオールラウンダーの不思議なところ。

 

「よっ。ほっ」

 

 飛んだり跳ねたり、虚空へ向けて鋭い正拳突きや蹴りを放ったりした後で、

 

「うん。(りき)満々だ」

 

 満足気に言ったものである。

 そうしてから一室を見回した彼は、ここにきて他の仲間の不在に気が付き、

 

「なぁ。ねえちゃんたちは?」

 

 魔術師へ問うた。

 彼女は依然として本に目を通したまま、

 

「明日の探索に備えて、買い物をしているよ」

 

 と言いかけたものだが、

 

「おっ、起きたね」

 

 扉を勢いよく開け広げ、どしどしと入って来た圃人野伏の溌溂とした声によって、それは遮られた。

 果たして彼女は、一室にいるオールラウンダーと魔術師とを交互に見ながら、

 

「二人とも、ちょっとおいでよ!」

 

 言うが早いか、二人の腕を強引に掴み、ぐいぐいと歩き始めたものである。

 

「読書の最中なのだが」

 

 それまで読んでいた本を小脇に抱え、じとりとした視線を送る魔術師だが、野伏は全く意に介さず。

 法の神殿を出て、人であふれる街並みを歩くこと暫く。

 

「あっ、来ました」

 

 と彼方より聞き慣れた声がしたのへ視線を向ければ、そこにいたのは貴族令嬢と只人僧侶。

 二人は、小さな屋台の前に立っており、

 

「『あいすくりん』を五つ」

 

 オールラウンダーたちの姿を見た令嬢は、店主へなにやら注文したようであった。

 

「へぇい」

 

 注文を受けた店主は愛想よく頷くや、大きな(かね)の容器に満たされた物を匙で掬い、これを固い焼き菓子の上に乗せた。

 焼き菓子の上に乗せられたのは、牛の乳を冷やして固めた……氷菓子の類であった。

 

「うわぁ……」

 

 野伏と僧侶が目を輝かせる横で、

 

「そっか。『あいすくりん』って、アイスのことだったのか」

 

 オールラウンダーが、どこか懐かしそうに呟いた。

 これへ、

 

「前にも食べたことがあるんです?」

 

 貴族令嬢が尋ねる。

 

「うん。亀仙人のじいちゃんのところで修行してたときなんだけどさ。修行がおわって、晩メシ食ったあとで、じいちゃんがよく食わせてくれたんだ」

「へぇ……」

「うん! やっぱりうめぇ!」

 

 そう言った時には、すでにオールラウンダーの手に『あいすくりん』はなく、皿の役割をした焼き菓子の欠片が残されているのみだった。

 

「もっと味わって食べなよ」

 

 圃人野伏が勿体なさそうに言う横で、只人僧侶は『あいすくりん』の冷たくて甘い感覚を楽しんでいる。

 これを貴族令嬢と森人魔術師が、まるで年下の妹と弟たちを見守る姉のように、実に優しい目で見守っていたものだったが、

 

「それにしても……昨日あんなことがあったってのに、この街の人たちは変わらないんだね」

 

 圃人野伏が、周囲の喧騒をぐるりと眺めた後でそう呟いた。

 石畳の道の両脇では、様々な屋台を出した様々な種族の者たちが、これも様々な地方からやって来た様々な種族の冒険者たちへ、あれ買えこれ買えと、怒号にも似た客引きの声を上げている。

 潜伏していた邪教の使徒が捕縛され、このことが瞬く間に街中へ広まったことが、嘘のように思えた。

 彼らはまだ、

 

(剣の乙女がなんとかしてくれる)

 

 と思っているのだろうか。

 それを考えた時、『あいすくりん』を食べていた貴族令嬢の手が止まった。

 昨晩知ってしまった、金等級英雄の秘密。

 それを思うと、何やら街の人々のこうした様子が薄情に思えてならなかった。

 同時に、

 

(私たちも、同じなのでは……)

 

 この思いも、脳裏を(よぎ)るのだ。

 ちらと、貴族令嬢は横目にオールラウンダーを見た。

 彼らにとっての精神的支えが剣の乙女のように、今の彼女たちにとっての精神的支柱はこの少年なのだ。

 だが、いずれは彼と別れる時が来る。

 彼は、この地の住人ではないのだから。

 そして別れの時は、すぐそこにまで近づいている。

 この水の街の地下深くに、彼を元の世界に戻す道具があるのだから。

 

(他人事では……ありませんね……)

 

 『あいすくりん』をぺろりと舐めながら、貴族令嬢はそんなことを思った。

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