翌日の昼間過ぎになって……。
オールラウンダーは漸くに目を覚まし、純白の寝台より跳ね起きた。
無理もないことである。
昨日対峙した邪教の使徒……それが使役するゴーレムを跡形もなく吹き飛ばすために、彼は力の殆ど全てを出しきってしまったのだ。
その膨大なる生命力を完全に養うためには、むしろもう半日眠っていた方が良いようにも思えるが、やはりそこがオールラウンダーの不思議なところ。
「よっ。ほっ」
飛んだり跳ねたり、虚空へ向けて鋭い正拳突きや蹴りを放ったりした後で、
「うん。
満足気に言ったものである。
そうしてから一室を見回した彼は、ここにきて他の仲間の不在に気が付き、
「なぁ。ねえちゃんたちは?」
魔術師へ問うた。
彼女は依然として本に目を通したまま、
「明日の探索に備えて、買い物をしているよ」
と言いかけたものだが、
「おっ、起きたね」
扉を勢いよく開け広げ、どしどしと入って来た圃人野伏の溌溂とした声によって、それは遮られた。
果たして彼女は、一室にいるオールラウンダーと魔術師とを交互に見ながら、
「二人とも、ちょっとおいでよ!」
言うが早いか、二人の腕を強引に掴み、ぐいぐいと歩き始めたものである。
「読書の最中なのだが」
それまで読んでいた本を小脇に抱え、じとりとした視線を送る魔術師だが、野伏は全く意に介さず。
法の神殿を出て、人であふれる街並みを歩くこと暫く。
「あっ、来ました」
と彼方より聞き慣れた声がしたのへ視線を向ければ、そこにいたのは貴族令嬢と只人僧侶。
二人は、小さな屋台の前に立っており、
「『あいすくりん』を五つ」
オールラウンダーたちの姿を見た令嬢は、店主へなにやら注文したようであった。
「へぇい」
注文を受けた店主は愛想よく頷くや、大きな
焼き菓子の上に乗せられたのは、牛の乳を冷やして固めた……氷菓子の類であった。
「うわぁ……」
野伏と僧侶が目を輝かせる横で、
「そっか。『あいすくりん』って、アイスのことだったのか」
オールラウンダーが、どこか懐かしそうに呟いた。
これへ、
「前にも食べたことがあるんです?」
貴族令嬢が尋ねる。
「うん。亀仙人のじいちゃんのところで修行してたときなんだけどさ。修行がおわって、晩メシ食ったあとで、じいちゃんがよく食わせてくれたんだ」
「へぇ……」
「うん! やっぱりうめぇ!」
そう言った時には、すでにオールラウンダーの手に『あいすくりん』はなく、皿の役割をした焼き菓子の欠片が残されているのみだった。
「もっと味わって食べなよ」
圃人野伏が勿体なさそうに言う横で、只人僧侶は『あいすくりん』の冷たくて甘い感覚を楽しんでいる。
これを貴族令嬢と森人魔術師が、まるで年下の妹と弟たちを見守る姉のように、実に優しい目で見守っていたものだったが、
「それにしても……昨日あんなことがあったってのに、この街の人たちは変わらないんだね」
圃人野伏が、周囲の喧騒をぐるりと眺めた後でそう呟いた。
石畳の道の両脇では、様々な屋台を出した様々な種族の者たちが、これも様々な地方からやって来た様々な種族の冒険者たちへ、あれ買えこれ買えと、怒号にも似た客引きの声を上げている。
潜伏していた邪教の使徒が捕縛され、このことが瞬く間に街中へ広まったことが、嘘のように思えた。
彼らはまだ、
(剣の乙女がなんとかしてくれる)
と思っているのだろうか。
それを考えた時、『あいすくりん』を食べていた貴族令嬢の手が止まった。
昨晩知ってしまった、金等級英雄の秘密。
それを思うと、何やら街の人々のこうした様子が薄情に思えてならなかった。
同時に、
(私たちも、同じなのでは……)
この思いも、脳裏を
ちらと、貴族令嬢は横目にオールラウンダーを見た。
彼らにとっての精神的支えが剣の乙女のように、今の彼女たちにとっての精神的支柱はこの少年なのだ。
だが、いずれは彼と別れる時が来る。
彼は、この地の住人ではないのだから。
そして別れの時は、すぐそこにまで近づいている。
この水の街の地下深くに、彼を元の世界に戻す道具があるのだから。
(他人事では……ありませんね……)
『あいすくりん』をぺろりと舐めながら、貴族令嬢はそんなことを思った。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい