一
辺境の街において、
名前だけは大物に聞こえるが、その等級は白磁。すなわち、最下級。
では、何故にそのような通称が用いられているのかと言えば、
「ドブさらいから、
ということらしい。
それらの仕事は、新米冒険者が経験を積むには持ってこいなのだが、彼らはもっと派手で刺激にあふれた冒険を期待しているため、好んで引き受けようとする者は皆無に等しい。
そこを行くと、オールラウンダーは二つ返事で了承してくれるというのだから、周囲の村の者たちなどは大歓迎。
朝や夕は冒険者たちでごった返すギルドの受付は、昼下がりになると依頼者たちによって長蛇の列が出来るというわけだ。
牛飼娘も、その中の一人であった。
街の近くの牧場で伯父の仕事を手伝っている彼女は、定期的にギルドへ食材を搬入している。そのついでに、彼女はオールラウンダーへ依頼を託そうと考えていた。
依頼の内容は、牛乳配達である。
ギルド以外にも、牛飼娘のいる牧場を贔屓にしてくれる人は多い。そう言った人たちへ、牧場でとれた新鮮な牛乳を届けてもらうのだ。
もっとも、彼女の真の目的は別の所にある。
伯父が抱えている、
巷では「ゴブリンスレイヤー」などと呼ばれ、冒険者等級は第三位の銀だというのに、雑魚だ初心者向けだと揶揄されるゴブリンばかりを相手にしている変わり者。
そんな彼を、伯父は恐れている。少なくとも、牛飼娘はそう感じている。しかし、恐怖を感じている理由までは分からない。
三日三晩考え抜いて、遂に彼女は、伯父が冒険者そのものへ偏見を持っているのだ、と解釈した。
所詮冒険者は、ギルドの後ろ盾がなければ無頼漢も同じ。そんな彼らへ、叔父は偏見を持っているのだ、と。
(だったら、同じ冒険者に会わせてあげれば……)
牛飼娘は、そう結論づけた。
(他の人がやらないような依頼を自分からやってくれるんだもん。いい人に決まってる)
そんな冒険者を伯父に引き合わせれば、印象が変わるのではないか、と。
「あの……オールラウンダーさんへ、牛乳配達を頼みたいんですけど……」
初めての依頼。緊張のためか小声となってしまう牛飼娘を、受付嬢は意外そうな顔で迎えた。
「あなたは……牧場の……」
「あっ、はい。今日は、食材を仕入れに来たついでで……」
そう言って、牛飼娘は後ろ手にしていた革袋をカウンターへ乗せた。報酬である。
受付嬢は、それを規定の天秤へ乗せて額を測り、
「はい。結構です」
にこやかな笑みとともに、依頼の了承を告げた。
牛飼娘はほっと胸を撫でおろす。だが、
「最近、オールラウンダーさんを指名する依頼が増えてるんですよね」
と、世間話程度に切り出した受付嬢の言葉を聞き、その表情がにわかに強張った。
「もしかして、結構先になっちゃいます……?」
恐る恐る尋ねる牛飼娘へ、受付嬢はやはり柔らかな笑みのまま、
「流石に今日は無理ですけど……明日の早朝には、そちらへ向かってくれると思いますよ」
その言葉を聞き、今度こそ牛飼娘は安堵の溜息をもらした。
これで、計画の第一段階はクリア。
依頼の手続きを終えた牛飼娘は、冒険者ギルドを後にする。
その時、
「ねえちゃん! 依頼おわったぞ!」
と、威勢のいい声と共にギルドへ駆け込んでいく少年とすれ違った。
紫色の、東洋風の衣装に身を包んだ少年だ。背には、赤くて細長い棒を負っている。
(駆け出しの子かな?)
なんて思いつつ、彼女はギルドの裏口に置いていた空の荷車を引いて、牧場へと戻った。
彼が戻って来たのは、その日の夜。
無事に還って来た彼を、隠しきれぬ喜びを以って迎え、その日は伯父を含めて三人での夕餉。
それが終われば、藁のベッドに身を投げ出して、床に就く。
彼が、夜が明けるよりも早くに目を覚ましているから。
彼とゆっくり話が出来るのは、それからギルドへ向かうまでの短い間だけ。
冒険者である彼は、いつ命を落とすかも知れたものではない。
だからこそ。短いながらも平穏な時間の中では、出来るだけ彼と触れ合っていきたいと、牛飼娘は考えていた。
二
地平線の彼方より日が昇り始め、鶏が朝を告げた頃。
「おっす! ……じゃなかった。おはようございます」
牧場に、元気のよい声が響いた。
牛飼娘が応対に出てみると、外にいたのは一人の少年。昨日、冒険者ギルドへ駆け込んでいった、東洋服の少年だ。
その少年が、
「牛乳配達にきたんだけど」
と簡潔に用件を伝えた時、
(この子が、オールラウンダーさんだったんだ……)
牛飼娘は、少しばかり目を丸くした。
あまりに大袈裟な名前なものだから、まさかこんな少年がそのような通り名で呼ばれているとは思わなかったのである。
(どうしよう。結構な量をお願いするつもりだったんだけど……)
牛飼娘は、この少年一人で大丈夫かと不安を抱く。そこへ、
「昨日、珍しく金を持って街に出かけたのを見ておかしいとは思っていたが……こういうことか」
家の奥から、伯父が姿を現した。
伯父は一瞬、少年を珍しげに見やったが、
「うちは冒険者に頼るほど切迫してはいないよ。悪いが帰ってくれ。報酬なら、そのまま受け取ってくれて構わないから」
そう言って、踵を返そうとする。
「待って、伯父さん!」
しかしその腕を、牛飼娘が掴んだ。
「この子、せっかく早起きして来てくれたんだよ!? 伯父さんに黙って依頼しちゃったのは確かに悪いことだと思うけど……今日だけ! 今日だけ、この子に頼んでみてもいいでしょ?」
必死に懇願する牛飼娘を、伯父は困ったように見つめ、やがて、
「はぁ……」
降参の溜息を吐いた彼は、
「……今日だけだ」
そう言うや、今度こそ家の奥へと引っ込んでしまった。
「配達してもいいの?」
「えっ、ああ、うん! お願いできるかな」
牛飼娘に案内されて、少年は家の裏手にある荷車の前まで来た。荷車には、山のように木箱が積まれ、その中にはぎっしりと牛乳瓶が詰め込まれている。
「これを運べばいいんだな」
「うん。あっ、これがお客さんの一覧ね」
牛飼娘が渡した紙片へ目を通した少年は、
「わかった」
頷くと、なんと軽々と荷車を持ち上げてしまったではないか。
これに、驚愕を通り越して少しばかり恐怖を覚えた牛飼娘は、
「に、荷車は曳いていけばいいんじゃないかな……」
と言ってみるが、
「いいんだ。こっちのが修業になるから」
少年はにこやかな笑みを浮かべると、のっしのっしと、荷車を持ち上げたまま歩き始める。
「あたしも付いて行こうか?」
「大丈夫だよ」
「でも、あのメモだけでお客さんの住んでる場所とか分かる?」
「うん。みんな、オラに依頼をくれたおっちゃんやおばちゃんだったから」
じゃ、行ってくる。少年はそう言って再び歩き出したが、牧場の柵を越えようとしたところで、
「あっ」
またしても足を止めた。知っている男の姿を捉えたからだ。
「ゴッチャン!」
今しも、紐結いの緩んでいた柵の修繕作業に取り掛かろうとしていた男へと、少年は歩み寄った。
革鎧に鉄兜。左手に括り付けた盾と、腰に差した半端な長さの剣。
男……ゴブリンスレイヤーは、少年をじっと見据えていたが、やがて何でもないという風に作業へ戻る。
「おい。あいさつされたら返さなきゃいけねぇんだぞ。亀仙人のじいちゃんが言ってた」
少年が言うのへ、
「……誰だ、それは」
ぶっきらぼうにゴブリンスレイヤーが尋ねる。
「オラに武道をおしえてくれたじいちゃんだ」
「……お前にとっての、先生か」
「うぅん……そんなもんかな」
曖昧な少年の返答。
ゴブリンスレイヤーは溜息を一つするや、少年の持ち上げている荷車を見上げ、
「……配達するのか」
と訊いた。
「あっ、いけね。そうだ。配達たのまれてたんだ」
少年は、持ち上げている荷車のことなどすっかり忘れていたらしい。
「はやくしねぇと、牛乳がくさっちまうもんな」
そう言うと、少年は街へと続く道へ歩を進めていく。
途中、
「またな、ゴッチャン!」
そう大声で少年が叫んできたが、ゴブリンスレイヤーはやはり押し黙って作業を進めた。
それから少年が戻って来たのは、柵の修繕作業が終わった頃。それほど時間は経っていない。
住所の分からない家でもあったのか。
まだ朝食の準備に取り掛かっていた牛飼娘が、
「どうしたの?」
と迎えるや、
「配達おわったぞ」
少年は持ち上げていた荷車を下ろし、そう言うではないか。
確かめてみると、木箱の中身はすべて空の瓶に換わっている。これこそ、牛乳配達が終わった証拠だ。
「これでいいんだろ?」
「……お、お疲れ様……」
牛飼娘の労いの言葉。それに呼応するかのように鳴ったのは、少年の腹の虫。
「いっけね。ハラへっちまった」
これを見てくすりと笑った牛飼娘は、
「もうすぐ朝ごはん出来るから、食べてく?」
少年にそう提案し、すぐに自分の選択を後悔した。
三
「少しは遠慮したらどうだ」
彼がそう言わなかったら、少年は間違いなく牧場にある食料を食べつくしていただろう。
「あっ、そっか」
鉄鍋にたんまりと残ったスープを飲み干した少年は、かじりかけのパンとチーズを口の中へ放り込むや、
「ごちそうさま!」
元気よく挨拶をする。
牛飼娘とその伯父は、秘かに胸を撫でおろした。
果たして食事が済むと、ゴブリンスレイヤーが徐に席を立った。
それを見た伯父は、
「今日も、ギルドへ行くのかね」
苦い顔つきで問う。
「はい」
淡々と頷いた彼は、食器を片付けて外に出た。
「じゃ、オラも一緒に行こうっと。おっちゃん、ねえちゃん! ごちそうさま!」
少年もまた、元気よく家を飛び出し、
「あっ、じゃあ見送りを……」
続けて席を立とうとする牛飼娘を、
「待ちなさい」
と伯父が呼び止めた。見れば、少しばかり眉を顰めている。
牛飼娘は、黙って席に戻り、伯父に向き合った。
「……どういうつもりだ」
最初に口を開いたのは、伯父。
「あの少年に依頼を頼んだのは、どういうつもりだと聞いているんだ」
静かであるが、厳かな声。しかし、牛飼娘は物怖じせず、
「だって、伯父さん……彼を怖がってるから。同じ冒険者を見れば、きっと……」
「違う。違うんだ」
牛飼娘の言葉を遮るように、伯父は首を二度三度と横に振りながら、
「冒険者が怖いんじゃない。
絞り出すような声を出す。
「ちっとも怖くないよ」
牛飼娘は、にこやかな笑顔を伯父へ向けてそう言った後、食器を片付けて家を出た。
柵を越え、街へ続く道を駆けていくと、やっと彼らに追いつく。
「あれ。ねえちゃんも街へいくのか」
全力疾走の末に息を切らせる牛飼娘へ、少年が声をかけた。
彼もまた、歩を止めて彼女を見つめている。
「……行くぞ」
やがて、彼がそう呟いて歩を進める。牛飼娘の息が、しっかりと整ったことを確認して。
(やっぱり、怖くなんかないよ)
彼の不器用な思いやりをしっかりと受け止めた牛飼娘は、にんまりと笑ってその後に続く。
この日の道中は、いつもより賑やかなものだった。
彼と二人きりならば、一方的に牛飼娘が話しかけるだけなのだが、今日は少年がいる。
少年は、これまで自身が体験してきた、摩訶不思議な冒険の話を牛飼娘へ聞かせてやった。
曰く、ドラゴンボールなる宝石を求めて旅に出たこと。
曰く、亀仙人と呼ばれる人物に師事し、拳法の修業をしたこと。
曰く、天下一武道会なる大会に参加し、惜しくも優勝を逃したこと。
その他にも、めちゃんこ強い女の子と出会ったことや、世界一の殺し屋と闘ったこと。ケイサツとやらが手を焼く軍隊を相手に一人で奮闘したこと。
そして、
「こないださ。死んだじいちゃんにあったんだ。これが形見のドラゴンボールなんだけどさ」
話の途中、少年は腰に吊るした小袋から一つの石を取り出し、これを牛飼娘へ見せた。
「綺麗な真ん丸だね」
「今はただの石っころだけどさ。一年すると元にもどるんだ」
「へぇ」
そうこうしているうちに、一行は街へと辿り着いた。
「もう見送りはしなくていいんだぞ」
彼はそう言ったが、
「ううん。今日は、もうちょっといる」
牛飼娘は、そう言って壁際にある小椅子へ腰かけた。
その近くへ、彼もどかっと座り込み、
「オラも、ここでまってようっと」
少年が続いた。
両名ともに、冒険者の間では人気のない依頼を引き受けている。故に、仕事が逃げることはない。じっくりと受付が空くのを待っていればいいのだ。
果たして、依頼所が掲示板に張り出され、それに冒険者たちが殺到し始めた時。こちらへ近づいてくる一人の少女を、牛飼娘は見た。
華奢な体を神官衣で包み、手に持つは地母神の聖印が下がった錫杖。
「おっす!」
少年が、威勢よく挨拶をかけると、
「あっ、おっ、おっす……?」
少しばかり戸惑った様子で、女神官もまた挨拶を返した。
次に彼女は、牛飼娘を不思議そうに見つめ、それでも、
「おはようございます」
と礼儀正しく一礼。
最後に彼を見ると、
「……どうも」
どこか不服そうに一礼し、
「ほら。ここに座れよ」
少年が促した席へ、すごすごと腰かけた。
そう言えばと、牛飼娘は思い出す。
一か月ほど前に、彼がとある冒険者の一党を助け出したこと。その中の一人が、彼と共に冒険し始めたことを。
(パーティを組むって言うより、面倒見てあげてるんだなぁ)
この時、初めて女神官を見た牛飼娘はそう思わざるを得なかった。
尤も、彼がそんなことを言うわけもないが。
しかし、まさか同行者が女であったとは、牛飼娘も予想がつかなかった。
「そっか。おめえ、こいつと一緒にいきたいっていってたもんな」
少年が、女神官と彼とを交互に見ながら言う。
「え、ええ。なんとか、同行を許してもらえました」
「許したも何もない。お前が勝手に付いてきただけだ」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
「事実だろう」
そう言われ、女神官は「むぅ」と唸る。どうやら図星らしい。
何気ない会話のやり取り。だが、牛飼娘はそこに居心地の悪さを感じていた。
幼馴染である自分との会話にはない、別の雰囲気。それが、どうにも胸の中へもやもやとしたものを生み出していく。
この時、掲示板に依頼書が張り出され、それへ冒険者たちが殺到し始めた。
暫くすると、受付を済ませた冒険者たちが各々の仕事へと散っていく。
「よし」
彼はこの時になって、ようやく腰を上げた。
女神官と少年が、それに続く。
やがて依頼を請けた彼は、
「気を付けて帰れ」
それだけ言って、女神官と共にギルドを出て行った。
四
牛飼娘は、とぼとぼと帰路についた。
その横には、例の少年がついている。
彼はこれから牧場近くの農家を訪れ、雑草の駆除や
夏を控えた今、農家ではそうした管理作業が主なのだとか。
少年はもはや、冒険者というより農業従事者である。
「君は、ゴブリン退治とかはやらないの?」
道中、牛飼娘がなんとなしに少年へ聞いてみた。
すると少年は、
「受付のねえちゃんがさ。はじめはドブさらいとかからにしとけ、っていうから」
と答えた。
律儀に言いつけを守っている当たり、少年は底なしの素直さを秘めているようだ。
少年は続けて、
「んで気がついたら、いろんなとこから依頼がくるようになってた」
あっけらかんとして言う。
「でも、退屈じゃない? 畑仕事とか下水道掃除とかって。冒険者になったら、もっとこう……悪い怪物を退治したりさ」
「そうでもないよ。亀仙人のじいちゃんのとこで修業してた時みたいだし」
「……そう言えば、牛乳配達の時も修業になる、とか言ってたよね」
「ああ。亀仙人のじいちゃんに、毎朝牛乳配達やらされたから」
「へ、へえ……」
亀仙人という人物が、少年へ拳法を教えているということは往きの道で教えてもらったことだ。だが、
(拳法の修業って、牛乳配達とかもするんだ……)
牛飼娘は、俄には信じられないといった様子で、目をぱちくりとさせた。
そんな彼女へ、
「それにしてもさ。なんでゴッチャンは、弱っちい化け物退治ばっかりしてるんだろうな」
今度は少年が訊いてくる。
「えっ?」
「他のやつらがいってたんだ。ゴッチャンはめちゃくちゃつええのに、ゴブなんとかばっかりしか相手にしないって」
ここにきて牛飼娘は、少年のいう「ゴッチャン」が「彼」のことなのだと知った。
「さぁ……なんでだろうね」
曖昧に答える牛飼娘。その脳裏に、先の彼の姿が思い浮かんだ。
少し前から冒険を共にしている女神官と、彼とのやりとり。それを思い起こすと、また胸のもやもやが湧いてくる。
そんな彼女の表情を見た少年は、
「ハラでもいたいのか」
などと尋ねたものだ。
これを受けた牛飼娘は、ぷっと吹き出す。
胸のもやもやが、どこかへ飛んで行ってしまったような気がした。
この少年を見ていると、悩むこと自体が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
牛飼娘の笑みを見て、少年もまた笑う。
「ははっ。ヘンなやつ」
やがて、二人は牧場まで戻って来た。
「今日は、ありがとね」
牛飼娘が頭を下げると、
「オラだって。朝メシごちそうになったし」
言うや、踵を返し、
「おじさんにもいっといてくれよ! メシうまかった、って!」
そう言いながら、はち切れんばかりに手を振って、彼方へと駆けて行った。
「そうだ。そうだよね」
少年の姿が消えるまで手を振り返していた牛飼娘は、独りでに呟いた。
冒険者ギルドで見せた、少女と彼のやり取り。それはどことなく、自分と話している時よりも饒舌に見えて。
「でも、関係ないよね」
自分に言い聞かせるような、牛飼娘の声。
誰と話していようが、普段よりも喋っていようが、関係ない。
そうだ。彼が帰ってきたら、また冒険の話を聞かせてもらおう。仕事に悪影響が出ない程度に、夜更かしをしながら。
きっとまた、ゴブリンの話ばっかりだけど。でも、その方が彼はいっぱい喋ってくれる。
「そしたら、ごめんなさいも、言えるかなぁ」
思い起こすは、十年前の事。
まだ、彼女の両親がいた頃の記憶。
故郷の村から、伯父のいる牧場へ、牛のお産の手伝いへ行くことになった。
彼女は幼馴染へ、そのことを自慢したものだ。
それがどういうわけか、喧嘩へと発展してしまった。
牧場へと向かう馬車の中で、彼女は村を振り返った。
見送りに出てきたのは、彼女の両親のみ。幼馴染の彼は、とうとう来なかった。
本当は、
「一緒に行こう」
と言いたかっただけだったのに。
だから彼女は、揺れる馬車の中で、
(帰ったら、謝ろう)
と思ったのだ。
しかし今もまだ、彼女は彼に謝れずにいる。
彼が帰って来たのは、翌日の夕暮れになってから。
そして次の日は、南の森に巣食っている別のゴブリンを討伐する……予定だったらしいが、
「必要なくなった」
彼は言った。
別の冒険者が、ゴブリンを退治したかららしい。
その冒険者は、彼が女神官を伴って西の山にいるゴブリンたちを相手にしている間、単身で南の森に乗り込み、先に向かっていた新米の冒険者三名を連れて戻って来たそうな。
ゴブリンを侮りきっていた新米たちは、今回のことを反省し、あるいは初心者向けの依頼に従事したり、あるいは田舎へ引っ込んでしまったらしい。
依頼から帰って来た彼が、ぽつりぽつりと語るのへ、牛飼娘はひたすらに耳を傾けていた。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい