『あいすくりん』を食べ終え、明日に向けての物品を買い揃えた時、すでに空には月明かりが広がっている頃となっていたのだが、折悪く大雨が降ってきてしまったので、貴族令嬢一党は近くにある宿屋でその晩を明かすことになった。
「明日の今頃は、もうゴクウとお別れしてるころかなぁ」
宿屋の一室。
夕餉を終え、あとは寝台で寝るのみとなった時に、ふと圃人斥候が呟いた。
それへ、
「いよいよとなると、寂しいものがあるな」
森人魔術師が、ちらと隣の寝台を見やりながら言った。
話題の当人であるオールラウンダーは、すでに腹を膨らませて眠っている。
「そうなると、今後は彼抜きでの冒険になりますね」
僧侶の言葉に、ぴくりと貴族令嬢が揺れ、
「そう、ですね……」
力なく呟いた。
これが、他の面々から見ても、
(おかしい……)
と感じられて、
「頭。もしかして寂しいとか?」
圃人が、わざとからかうように問うたものだが、
「そうかもしれません」
貴族令嬢はあっさりとこれを肯定してしまった。
いよいよもって、
(おかしい……)
であった。
てっきり、
「そっ、そんなことありませんよ!」
と、純情な乙女の反応を期待していただけに、である。
果たして貴族令嬢もまた、ちらりとオールラウンダーを見るや、
「彼に山砦で助けられて……冒険を共にするようになってから半年……色々な戦いを経験して、私たちも力をつけてきましたが……やはり戦いのどこかでは、彼の常識を超えた力に頼り切っているところがあるのでは……と、ふと思ったのです」
その言葉を受けた森人が、
「つまるところ、ソンがいなくなった後が不安なのか」
ずばりと言い当てたものだが、
「……その通りです」
彼女はこれをも肯定してしまった。
「今日の街の様子を見て……私も彼らと何ら変わりがないんだなぁ、と思ったんです」
「どういう風に同じなのさ?」
「邪教の使徒が地下で暗躍していたというのに、街の人々は剣の乙女がいるから……と安心している。私もまた、命がけの冒険に身を置いているのに、ここのところは恐怖を感じるようなことがなく、それが彼の力あってのことだと……改めて思ったのです」
「なるほどねぇ」
言うや、圃人は寝台に倒れ込み、
「確かに。今まではゴクウがいたから別に危険もなかったって感じかもねぇ」
でもさ、と付け加え、
「なにもここまで生き残れたのは、ゴクウだけのおかげじゃないと思うけどね」
そう言って、貴族令嬢を見やって、にんまりと笑った。
僧侶の奇跡。
森人の魔術。
貴族令嬢の剣術と指揮力。
「んで、わたしの弓と斥候としての腕。これだけ揃えば、向かうところ敵なしだよ」
その細腕に力こぶを作った圃人が、これをぺしりと叩いてみせたのへ、
「半年前は、あわや殺されかけたがな」
森人が悪戯っぽく囁く。
それへ、
「あの時からずっと強くなってるからいいんだよ!」
圃人が頬を膨らませたのを見て、ようやくに貴族令嬢へ笑顔が戻ったようだった。
して、夜も更けてから。
宿屋一室の寝台に仰向けとなり、天窓から覗く月を見ながら、貴族令嬢はまんじりとも出来なかったが、
「大丈夫」
隣の寝台から、森人がそう声をかけてきた。
彼女は続けて、
「確かに、私たちもソンに頼っているところはあったが……それだけではない。各々が各々の力量に、油断や慢心ではない自信を持っている。それに……その実力を最大限に引き出してくれる、あなたの閃きがある」
だから、私たちは安心して戦えるのだ、と。
「大丈夫。あなたは自分が思っている以上に、強くて賢い方だ。決して、ソンに依存しているわけではない。大丈夫、大丈夫」
その声が、まるで母親が子供を寝かしつける呪文のように貴族令嬢の頭の中に響き、やがて彼女は深い眠りの中へと落ちていった。
次に彼女が目を覚ましたのは、天窓から朝日が差し込む時であった。
すでに他の仲間はみんな起床しており、
「はやく朝メシ食いにいこうぜ」
オールラウンダーは、いつもの調子で腹を空かせている。
これを見て柔和な笑みを浮かべた貴族令嬢は、
「そうですね」
言うや、一党と共に食堂へと向かった。
その日の朝食も、いつも通りであった。
談笑や今日の冒険についての打ち合わせ。これを交えているうちに皿に盛られた食べ物はすっかり消え、
「じゃ、行きましょうか」
会計を済ませ、宿を後にする。
法の神殿へ向かう道中、誰も、
「今日でお別れだね」
などとは口にしなかった。
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