剣の乙女より手渡された地下水道の地図。その末端を更に先へ進むと、雰囲気は一変する。
排泄物と廃棄物とで悪臭を放つ汚水は、透き通るほどの清水へ。
壁に生えるカビや苔は、戦士と思わしき者たちを描いた壁画へ。
直角であった曲がり角も、蛇のようにしなやかに曲がり、木々の枝のように方々へ伸びている。
「恐らくは、神代の頃に起こった戦争にて斃れた戦士たちを葬るための場所でありましょう」
蜥蜴僧侶が言う通り、ここは
万が一にも化け物共が、この地に眠る戦士たちを脅かさぬよう、中の構造は非常に入り組んだものとなっている。
しかし、鉱人道士たちには調べる当てがあるようで、
「今日の探索は、ここからじゃて」
そう言ってやって来たのは、とある玄室。
入り戸であろう重厚で純黒なる扉は無残に打ち破られ、室内には激しい戦闘の形跡がある。
その一隅に、更に下へと続く階段があり、これを一同は下っていった。
かくして、この地下墓地の最奥へと一同が辿り着いたのは、地上に夕焼けが広がる頃であろうか。
その間、奇跡的にも敵襲は無かった。それが却って不気味でもあるが……。
「ふぅ」
「安心する間もなさそうだわい」
鉱人道士が、前方へと顎をしゃくってみせた。
石造りの長椅子が並んだ、こじんまりとした一室。その奥には祭壇があり、壁には、まるで大盾の如き鏡がはめ込まれていた。
恐らく、その鏡こそが《
目に見える距離に目的のものがあるというのに、貴族令嬢たちの表情は浮かなかった。
その原因は、一室の中央にある。
目玉だ。
巨大な目玉が、少しばかり床より浮遊して、部屋の中央に居座っているのである。
瞼と思わしき部位からは無数の触手が伸びて、その先端からは別の小さな目玉が生えている。
純粋とは言い難いぎらついた眼の輝き。口元より生えた鋭い牙。どうも、目玉は
「うへぇ。わたし、ああいうウネウネしたやつ苦手……」
圃人野伏がげんなりとした顔つきで言うのへ、
「拙僧の知り得る仲にも、ウネウネとした者はおりますが」
蜥蜴僧侶が、舌を出し入れしながら呟いた後で、
「ああした未知の類には、矢鱈と戦を仕掛けるべきではないと思うが……」
ちらり。横目にオールラウンダーを見やった。
彼は、腕をぐるぐると車輪の如く振り回した後で、
「そう言うわけにもいかねぇよ」
言うや、ぴょんと一室に飛び出した。
目玉の視線が、一気に少年へ向けられる。
と……。
目玉から伸びた触手の先端……そこにある小さな目玉から、赤き閃光が放たれた。
閃光は瞬時にオールラウンダーの額を捉え、
「あちっ!?」
悲鳴を上げたオールラウンダーは、堪らず左側へ飛び退いた。
しかし、相手は無数の小さな瞳。一つの攻撃から逃れれば、また一つの攻撃が迫る。
「うわっ! わわっ!」
次々と迫る目玉の赤き閃光を、オールラウンダーはなんとか避けて掻い潜り、やっとのことで貴族令嬢たちの元へ戻って来た。
一室から冒険者が姿を消したことで、目玉は攻撃を止めたようだ。もっとも、その視線はこちらを向いたままであるが。
「さしもの小僧も、手詰まりかえ」
鉱人道士が、にやりとして見やるのへ、
「うぅん」
オールラウンダーは、じっと目玉を見据えつつ、
「そうでもねぇとおもう」
言うや、
「よっ、ほっ」
と屈伸の運動をした後で、
「ちょっとどいてて」
一行を通路の両脇へ寄るように言った。
果たして、皆がこれに従ったのを見るや、
「よぉい……」
の掛声で身を屈め、両手の指を床につけ、右足を前、左足を半歩後ろへ置いたオールラウンダーは、
「どん‼」
という合図とともに、まるで弦から放れた矢の如き速度で一室へ飛び込んだ。
目玉が、再びオールラウンダーへ赤き熱線を放つ。
が、それは半透明となった彼の体を通り過ぎるだけだった。
「あっ」
叫ぶと同時に、妖精弓手はいつかの牧場攻防戦を思い出した。
戦場に投入された三匹の小鬼英雄。その一体を相手にした時に放った、オールラウンダーの技。
無数の分身を生み出し、相手を翻弄するそれを、彼は
瞬く間に、一室をオールラウンダーの残像が埋め尽くす。
目玉の熱線が、ご丁寧にこれを一つ一つ撃ち落とそうとするが、悉くにすり抜けてしまう。
目玉が、苛立ったように顔(?)をしかめた時であった。
突如、目前に現れたオールラウンダーが、
「ていっ!」
鋭い正拳突きを一つ。
だが、これで一斉に無数の小さな目玉が彼の方を向いた。
向いたと思いきや、赤き熱線が集中する。
……と。
やはりこれも、残像であった。
半透明のオールラウンダーをすり抜け、熱線が向かう先には……。
「LEDEEERRRRRRRRRRR!」
自身の集中砲火を受けた目玉が、奇怪なる悲鳴と共に火だるまとなり、やがて息絶えた。
因みにオールラウンダーはと言うと、その間に貴族令嬢たちの元へと戻っている。
「これでいいだろ?」
オールラウンダーが言うのへ、誰もが反応に困った。
と、その直後である。
「あっ!」
叫んだのは、只人僧侶。
彼女は一室の奥を指さし、
「鏡が……!」
と小さく叫んだ。
果たして、祭壇へ祀られるようにして壁へ埋め込まれていた鏡……その表面がゆらゆらと揺らぎ始め、そこから一匹の小鬼が顔を出した。
隻眼の、小鬼英雄。
奴の表情は、恐怖によって満たされている。まるで、何かから逃げて来たかのようだ。
しかし、英雄が鏡から出てくることは叶わなかった。
奴の体が……そして鏡までもが、何やら紫の光を帯びた粒子へと変換され、やがて弾け飛んでしまったからである。
暫しの静寂。
「……鏡、無くなっちゃったわね……」
妖精弓手が、流石に気の毒そうにオールラウンダーへ声を掛けた。
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