「では皆さま、お気をつけて」
翌朝、そう言って神殿前まで冒険者たちを見送りに出た剣の乙女は、どこか晴れ晴れとした表情であった。
更に不思議な事には、ゴブリンスレイヤーの方を見やる度に、彼女の顔は瞬く間に上気してしまうのである。まるで、初恋を経験したうら若き少女のように。
これを察したのは、色恋沙汰に敏感な圃人野伏と、冷静で人生経験豊富な森人魔術師くらいであった。
かくして、一同が広場にある馬車の停留所へ足を向け始めた時、
「お待ちになって」
剣の乙女が、オールラウンダーを呼び止めた。
次いで彼女は、彼の一党の頭である貴族令嬢へ、何やら目配せで訴え、これを受けた令嬢も、こっくりと頷いた後で、
「ソンさん。先に広場の停留所へ行ってますからね」
言い残し、その場を去ってしまった。
留まったオールラウンダーは、
「なんだ?」
きょとんとした表情で、剣の乙女に問いかける。
そんな少年へ、乙女は小鬼殺しへ向けたのとはまた別の……まるで親しき友へ向けるかのような柔和な笑みを浮かべ、
「ねぇ。これからも、あなたは私のお友達でいてくれる?」
しゃがみ込み、視線を合わせて、ゆっくりと尋ねた。
少年の返答は、実に迅速。
「おう」
力強く頷いた彼は、ずいと乙女へ手を差し伸べてきた。
柔らかだった笑みが、弾けんばかりのものへと変わり、少年の小さな掌を握り返した乙女は、これを打ち振りながら、
「ありがとう!」
それまでの、美麗で奥ゆかしく、神々しさすら感じられる雰囲気はどこへやら。
いよいよ子供に退行したかのような乙女の、目元を隠すその黒い帯から、一筋の熱いものが伝っていく。
これが気にならないほど、オールラウンダーも鈍感ではない。
「なんだ、おめえ。泣いてんのか」
少年の言葉に、乙女は恥じることなく頷き、
「だって、嬉しいんだもの」
と言って、涙を拭う。
「誰かを慕うことも素敵なことだけれども……お友達を作るって、こんなにも嬉しいことだったって……久しぶりに思い出せたもの」
やがて涙を拭いきった乙女は、また笑みを優しいものへと戻し、
「ね。内緒よ。私が、ゴブリンを怖がってるってこと」
「大丈夫だって。オラ、口はかたいんだ」
その言葉を後に、暫しの沈黙が訪れる。
これを受け、もう話すこともないと看たオールラウンダーが、
「じゃ、またな」
と引き返そうとするのへ、まだ『友達』と話したりない剣の乙女が、
「ねぇ、またこの街に来てくれる?」
言うのへ、
「うぅん。どうだろうな」
オールラウンダーは、悩むようにして呟き、
「オラ、探し物してるからなぁ」
「探し物?」
「うん。『げーと』ってやつの巻物」
「《
「あの鏡、消えちまった」
「え?」
「よくわからんけど、消えちまった」
暫くは、ぽかんと口を開けていた剣の乙女であったが、
「だったら……!」
両手を「ぱん」と叩いてみせるや、
「《
と、提案を持ち掛けた。
「ほんと?」
「ええ。本当に」
「サンキュー!」
今度は、オールラウンダーが顔を綻ばせて乙女の掌を握る番。
こうして、互いに充分笑い合った後で、今度こそ訪れる別れの時。
「あのワニにも、よろしく言っといてよ」
「ワニ……?」
「ほら。あの白い奴」
「……ああ、
「へへっ。目隠しのねえちゃんと、おんなしニオイがしたからな」
その言葉を受け、僅かに剣の乙女が顔を赤くする。
一応、オールラウンダーのためにを言っておくと、彼には
犬のような嗅覚を持つオールラウンダーは、単に沼竜と剣の乙女から『同じ匂い』を感じ取り、彼らの間にある関係を、朧気ながらに気付いただけのことであった。
すなわち沼竜は、乙女にとっての
醜い小鬼を蹴散らし、その凶悪な見た目を以て、冒険者を地下水道から『避難』させるための見張り役。
このことに気が付いたのは、オールラウンダーの他にもう一人。
見すぼらしい革鎧と鉄兜に身を包んだ、並々ならぬ執念を持つ小鬼殺しだけだ。
……さて。
どんどん遠くなっていく小さな冒険者の後姿。
これへ、剣の乙女はいつまでもいつまでも、大きく手を振って見送りをしたものである。
「またね」
豆粒ほどになったオールラウンダーが、広場へ続く曲がり角へ差し掛かり、いよいよその姿が見えなくなってしまった後で、乙女がぽつりと呟いた。
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