悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の二

「では皆さま、お気をつけて」

 

 翌朝、そう言って神殿前まで冒険者たちを見送りに出た剣の乙女は、どこか晴れ晴れとした表情であった。

 更に不思議な事には、ゴブリンスレイヤーの方を見やる度に、彼女の顔は瞬く間に上気してしまうのである。まるで、初恋を経験したうら若き少女のように。

 これを察したのは、色恋沙汰に敏感な圃人野伏と、冷静で人生経験豊富な森人魔術師くらいであった。

 かくして、一同が広場にある馬車の停留所へ足を向け始めた時、

 

「お待ちになって」

 

 剣の乙女が、オールラウンダーを呼び止めた。

 次いで彼女は、彼の一党の頭である貴族令嬢へ、何やら目配せで訴え、これを受けた令嬢も、こっくりと頷いた後で、

 

「ソンさん。先に広場の停留所へ行ってますからね」

 

 言い残し、その場を去ってしまった。

 留まったオールラウンダーは、

 

「なんだ?」

 

 きょとんとした表情で、剣の乙女に問いかける。

 そんな少年へ、乙女は小鬼殺しへ向けたのとはまた別の……まるで親しき友へ向けるかのような柔和な笑みを浮かべ、

 

「ねぇ。これからも、あなたは私のお友達でいてくれる?」

 

 しゃがみ込み、視線を合わせて、ゆっくりと尋ねた。

 少年の返答は、実に迅速。

 

「おう」

 

 力強く頷いた彼は、ずいと乙女へ手を差し伸べてきた。

 柔らかだった笑みが、弾けんばかりのものへと変わり、少年の小さな掌を握り返した乙女は、これを打ち振りながら、

 

「ありがとう!」

 

 それまでの、美麗で奥ゆかしく、神々しさすら感じられる雰囲気はどこへやら。

 いよいよ子供に退行したかのような乙女の、目元を隠すその黒い帯から、一筋の熱いものが伝っていく。

 これが気にならないほど、オールラウンダーも鈍感ではない。

 

「なんだ、おめえ。泣いてんのか」

 

 少年の言葉に、乙女は恥じることなく頷き、

 

「だって、嬉しいんだもの」

 

 と言って、涙を拭う。

 

「誰かを慕うことも素敵なことだけれども……お友達を作るって、こんなにも嬉しいことだったって……久しぶりに思い出せたもの」

 

 やがて涙を拭いきった乙女は、また笑みを優しいものへと戻し、

 

「ね。内緒よ。私が、ゴブリンを怖がってるってこと」

「大丈夫だって。オラ、口はかたいんだ」

 

 その言葉を後に、暫しの沈黙が訪れる。

 これを受け、もう話すこともないと看たオールラウンダーが、

 

「じゃ、またな」

 

 と引き返そうとするのへ、まだ『友達』と話したりない剣の乙女が、

 

「ねぇ、またこの街に来てくれる?」

 

 言うのへ、

 

「うぅん。どうだろうな」

 

 オールラウンダーは、悩むようにして呟き、

 

「オラ、探し物してるからなぁ」

「探し物?」

「うん。『げーと』ってやつの巻物」

「《転移(ゲート)》? それなら、鏡が……」

「あの鏡、消えちまった」

「え?」

「よくわからんけど、消えちまった」

 

 暫くは、ぽかんと口を開けていた剣の乙女であったが、

 

「だったら……!」

 

 両手を「ぱん」と叩いてみせるや、

 

「《転移(ゲート)》に纏わる魔道具の情報が手に入ったら、一番にあなたへ教えてあげる」

 

 と、提案を持ち掛けた。

 

「ほんと?」

「ええ。本当に」

「サンキュー!」

 

 今度は、オールラウンダーが顔を綻ばせて乙女の掌を握る番。

 こうして、互いに充分笑い合った後で、今度こそ訪れる別れの時。

 

「あのワニにも、よろしく言っといてよ」

「ワニ……?」

「ほら。あの白い奴」

「……ああ、沼竜(アリゲイタ)のことまで……」

「へへっ。目隠しのねえちゃんと、おんなしニオイがしたからな」

 

 その言葉を受け、僅かに剣の乙女が顔を赤くする。

 一応、オールラウンダーのためにを言っておくと、彼には()()()()()趣味とは無縁の人物である。

 犬のような嗅覚を持つオールラウンダーは、単に沼竜と剣の乙女から『同じ匂い』を感じ取り、彼らの間にある関係を、朧気ながらに気付いただけのことであった。

 すなわち沼竜は、乙女にとっての使徒(ファミリア)

 醜い小鬼を蹴散らし、その凶悪な見た目を以て、冒険者を地下水道から『避難』させるための見張り役。

 このことに気が付いたのは、オールラウンダーの他にもう一人。

 見すぼらしい革鎧と鉄兜に身を包んだ、並々ならぬ執念を持つ小鬼殺しだけだ。

 ……さて。

 どんどん遠くなっていく小さな冒険者の後姿。

 これへ、剣の乙女はいつまでもいつまでも、大きく手を振って見送りをしたものである。

 

「またね」

 

 豆粒ほどになったオールラウンダーが、広場へ続く曲がり角へ差し掛かり、いよいよその姿が見えなくなってしまった後で、乙女がぽつりと呟いた。

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