原作で「至高神に仕える」って書かれてたし……。
醜悪な偶像を祀った礼拝堂の中に、奇怪なる絶叫が木霊した。
首筋への剣閃を受けた悪魔が、祭壇にもたれかかるように倒れ、やがて力尽きる。
「ふぅ……」
果たして悪魔の最期を見届けた貴族令嬢は、邪な血に塗れた愛用の長剣へ拭いをかけ、これを納める。
その背後から、
「お疲れ様」
と声を掛けてきたのは、彼女の一党が一人の圃人野伏。
更にその後方では、同じく仲間の森人魔術師と只人僧侶が、礼拝堂内に並べられた木製の長椅子を、一つ一つ丁寧に検めている。
「ふぅむ」
やがて全ての椅子を調べ終えた森人魔術師が、表情を渋くして唸った。
傍らでは、只人僧侶が懸命に何やら祈りを捧げている。
「行方不明の人たちは……?」
貴族令嬢が問いかけて近寄るのへ、
「……」
森人魔術師は答える代わりに、長椅子を顎でしゃくってみせた。
椅子の座面下には荷を収納できる空間が設けられていたのだが、そこに入っていたのは、人であった。
尤も、すでに息は絶えている。
遺体は
『いずれも』と表記したのは、礼拝堂の中にある長椅子全てに、誰かしらの遺体が収納されていたからだ。
「奴らめ……ここで何を企んでいたのだ……」
不気味さよりも怒りが勝った森人魔術師が、拳をわなわなと震わせつつ、今は口もきけなくなった教団教祖……もとい悪魔の骸へ視線を向けた。
彼女の疑念に答えたのは、貴族令嬢。
「勿論、魔神の復活ですよ」
至高神に仕えし自由騎士もまた、邪教の非道で陰惨な魔の手に落ちた犠牲者のことを思うと、怒りで胸がいっぱいになっていた。
ここで、何故に彼女たちがこの場にいるのかを述べておこう。
それは、十日前のこと。
「娘が、妙な新興宗教にのめり込んだ挙句、帰って来ない。どうか連れ戻してほしい」
と、貴族令嬢たちへ指名依頼を寄こしてきたのは、然る小さな街に豪邸を構える商家の主。
水の街より帰還してより、こういった『宗教絡み』の依頼が貴族令嬢たちの元へ舞い込むのは、珍しいことではなくなってしまった。
それというのも、かの剣の乙女へ復讐を画策していた邪教団の残り火……その捕縛劇に彼女たちが大きく関わったのが要因である。
水の街における小鬼騒動の真相を暴き、剣の乙女の命を守った貴族令嬢たちの功績は、吟遊詩人の歌によって瞬く間に各地へ広がった。
これを聞きつけた街の人々は、
「それほどの冒険者ならば、きっと私たちの依頼を請けてくれる。そして、きっと解決に導いてくれる」
という結論に至った。
それからは、もう連日のように殺到する依頼、依頼、依頼。
「隣村で、夜な夜な怪しい儀式が行われている」
とか、
「どこどこの新興宗教が胡散臭いので調べて欲しい」
とか。
彼らにとって、『怪しげな宗教集団』というのは、すなわち『邪教』とイコールし、『邪教』とくれば、
「剣の乙女を邪教の魔の手から救った貴族令嬢一党に依頼を……」
なのである。
今回の依頼は、五件目であった。
かくして貴族令嬢たちが、商家主の言う『新興宗教』の調査に乗り出してみると、
「高額のお布施を払わされた」
とか、
「脱退を申し出ると、恐喝された」
とか、
「教団の信者に、性的暴行を加えられそうになった」
とか。街の人々から、あれよあれよと黒い噂が出てくる。
事実を確認に、教団本部へ乗り込んでみると、初めこそしらを切っていた教団の教祖や副教祖だったが、
「いやなニオイがする」
というオールラウンダーの一声。
彼の言う『いやなニオイ』とは、何も悪臭のことだけではない。
邪な者が放つ、陰湿な雰囲気をも、臭いとして敏感に察知できるのだ。
「そうか。貴様らが水の街で同胞を……そして魔神様の降臨を妨げた者たちであったか!」
激昂した教祖と副教祖が、自ら正体を現した。
そのうちの一人は、襲ってくると見せかけて、天井近くの硝子窓を突き破って逃亡を図り……。
「あっ、そうだ。ゴクウは?」
圃人野伏が声を上げた。
逃亡した悪魔を、
「のびろ、如意棒!」
朱色の細棒を天まで伸ばしたオールラウンダーが、追跡したままなのである。
……と。
激しい音を立てて、礼拝堂の天井から何かが落下してきた。
漆黒の外套に身を包んだ、只人の男。悪魔としての正体を現す前の、邪教副教祖である。
その後から、これはふわりと身軽に着地した者が。
四方八方に伸びた独特の黒髪。
やけに目立つ山吹色の道着。
背に負った、朱色の細棒。
オールラウンダーは、
「こいつ、いきなり飛ぶんだもんな」
物言わぬ邪教副教祖を見やって、そう呟いた。
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