悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の一

『これより、辺境の街における第一回天下一武道会を開催します!』

 

 日が昇る空へ、色とりどりの花火と共に上がった、監督官の大音声。

 これは、蜥蜴僧侶の竜吼(ドラゴンズロアー)による奇跡の賜物。

 本来、この奇跡は彼の咆哮を響わたらせ、相手を竦ませるための奇跡なのだが、少し応用すれば、このように他者の声を拡げることも出来るのだ。

 ここは、ギルドの裏手。訓練場。

 普段、土を均しただけの広場には、板石を敷き詰めて出来た正方の舞台が設置され、その東側には《幻想》の神を、西側には《真実》の神を模った彫刻が装飾されている。なかなかに洒落た造りだ。

 果たして舞台の四方には、階段状の長椅子が設けられ、そこには早くも街の住民や、特に逢引や店巡りの予定が無い冒険者どもが観客として座り込み、やんややんやと勝手に盛り上がっていた。

 彼らが好奇の目で見るは、舞台の上に立つ八人の冒険者。

 他方から来たという、外套姿の冒険者二人。

 いつもの民族的衣装を身に纏い、シュルシュルと舌を出し入れしている蜥蜴僧侶。

 剣士から借りた赤い鉢巻を締め、気合十分の女武闘家。

 両手に、鶏を串焼きにしたのを持って、これにかぶりついているオールラウンダー。

 武器、防具の類は装備禁止というので、組合から支給された袖なしの黒いシャツに、通気性の良い長ズボンという出で立ちとなった、槍遣い・貴族令嬢・銅等級冒険者の三人。

 この八名の中から、己の体と技を競っての『天下一』が決まるわけだ。

 沸き立つ観客の声を抑え、審判兼司会である監督官は、ルールの説明へと移る。

 

『試合の組み合わせと順番は、くじ引きで決定いたします』

 

 そう言うと、彼女は足元にあった木箱を持ち上げ、観客に見せる。

 箱の中には、一から八までの番号が記載された紙が入っており、これを選手たちが一人一枚引いていくわけだ。

 早速、一人一人が名前を呼ばれ、木箱の中へ腕を伸ばしていく。

 これを観客席から眺め、

 

「ゴクウと頭。しょっぱなから当たらなければいいね」

 

 圃人野伏が、バケツのような器に入った、白く泡のような粒上の菓子を掴み、口に運びながら呟いた。

 この菓子、乾燥させたコーンの粒を煎って、塩で味を調えたものである。

 

「その前に、うちのトカゲに負けちゃったりして」

 

 そういった妖精弓手が、横から手を伸ばし、コーンの菓子を掴んだ。

 これを気にせず圃人野伏は、

 

「そんなことないよ」

 

 と唇を尖らせる。

 それを、

 

「まぁ、まぁ」

 

 野伏の後方。客席二段目に座った僧侶が宥めた。

 そうこうしているうちに、どうやら試合順は決まったようだ。

 木版に乗せた羊皮紙へ目を落としながら、監督官が声を張る。

 

「お待たせしました! では、対戦順をお知らせします!」

 

 かくして、彼女が発表した対戦順は、以下のようなものであった。

 第一試合。貴族令嬢対槍使い。

 第二試合。蜥蜴僧侶対外套冒険者の一人で、背の高い方。

 第三試合。女武闘家対その指導役である銅等級冒険者。

 第四試合。オールラウンダー対外套姿の冒険者で、小さい方。

 

「あちゃあ」

 

 圃人野伏が、掌で目元を覆った。

 

「頭。最初から辺境最強が相手じゃんか」

 

 なのである。

 すると、

 

「なぁに。望み薄というわけでもないさ」

 

 と近寄ってくる声。

 盆の上に、レモネードの注がれた八つの杯を乗せた、森人魔術師である。

 その背後には、脂の滴り落ちる骨付き肉を持った鉱人道士の姿もあった。

 森人は、知人たちへとレモネードを配っていく。

 この中には、槍遣いの連れである魔女や、女武闘家の応援に来た剣士と魔術師の姿もあった。

 して、全員に飲み物が生き渡ったことを確認した森人は、

 

「これが武器を使用した真剣勝負ならいざ知らず。徒手空拳で戦うのは皆同じ条件なんだ。ソンとの組手を通して、そちらの方の心得もある令嬢殿なら、引けを取ることもあるまい」

 

 しかし横から、

 

「いや、それは分からん」

 

 鉱人道士が言葉をかける。

 白い顎鬚を撫しつつ彼は、

 

「あの長槍のだとて、辺境最強と謳われるに至った銀等級の冒険者。槍が無ければ闘えません、というわけにもいくまい。油断は禁物じゃろうて」

 

 厳しい目つきで、舞台上を見やった。

 すでに他の選手は舞台袖に引き払い、早速に第一試合の対戦カードである貴族令嬢と槍使いとが対峙している。

 この間に立った監督官は、

 

『時間無制限! 参った、と宣言する。舞台から落ちる。倒れてから十のカウントを取られる。これらが敗北条件です。では、始めてくださいっ!』

 

 宣言すると同時に、舞台を離れた。

 瞬間、二人の選手は「ぱっ」と距離を取り、それぞれの構えをとる。

 貴族令嬢は両腕を直角に曲げ、顔面を守るようにした構え。対して槍使いは、得物こそ手にしていないが、まるで槍の矛先を相手に向けたような構えであった。

 

「悪いな、お嬢さん。この辺境最強の槍使い。一回戦であっさり負けるわけにはいかねぇのさ」

 

 言うや否や、弦を放れた矢の如く、槍使いが地を蹴った。

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