悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の二

 それまで喚き立っていた観客たちの声が、一斉に止んだ。

 《静寂(サイレンス)》の奇跡を受けた……というわけではない。ただただ、声を発することさえ忘れて、舞台上で繰り広げられている闘いに夢中となっているのだ。

 

「くっ……」

 

 槍使いの鋭い手突きを、貴族令嬢は左に身を反らせて躱す。

 ……が。

 

「そらっ!」

 

 躱されることも想定内だったのだろう。槍使いは身を捻り、右足を大きく振り回す。

 連続での回避が難しいと判断した令嬢は、両腕を構えて防御の姿勢に入った。

 しかし。

 

「フェイント!」

 

 瞬時に足をひっこめた槍使いが、下から掬い上げるように腕を突き上げてくる。

 

(しまった……!)

 

 焦燥に駆られつつ、貴族令嬢はむしろ後方へ倒れるようにして、槍使いのアッパーカットを避けた。

 一回、二回と後転し、身を起こして息を整える令嬢へ、

 

「へぇ。流石に、あの化け物小僧と一緒に冒険してるだけのことはあるな」

 

 攻撃を二度も躱されたというのに、槍使いは余裕の表情。

 

「化け物なんかじゃありません! 只人です!」

 

 一方で、二度も攻撃を回避した貴族令嬢は、額よりじんわりと汗を浮かべていた。

 白石の舞台上で対峙する二人を見て、観客はただ固唾を飲んだ。

 初めは、ただのお祭り行事の一環だと思っていた。

 だからこそ、皆手に手に食べ物や飲み物を持ち、談笑し、誰が優勝するのか賭ける者さえいた。

 だが、どうだ。

 舞台で展開された、僅かなやり取り。

 それは、お遊びの範疇を越えている。しかし、殺し合いとまでは殺伐としていないが。

 冒険者同士が、日々の冒険と依頼とで培ってきた経験と技量、そして体の動き。これを余すところなく、ぶつけ合っている。

 これを見ての飲食や賭博が、何やら後ろめたいものであると、観客は思い始めていたのだ。

 それは、袖に控えた他の選手とて同じ。

 

「あの野郎、槍なしでもあんな動きできたのかよ……」

 

 驚愕に目を見張る銅等級冒険者の横で、

 

「ふむ。令嬢殿の身のこなしも、なかなかどうして……」

 

 蜥蜴僧侶が、目を鋭く細め、友の動作を真似して顎を擦っている。

 外套姿の二人は、何事か囁き合い、それと距離を置いた所では女武闘家が黙然と試合の様子を見守っている。

 

「やるなぁ。二人とも」

 

 オールラウンダーもまた、楽し気に舞台上へ視線を向けている。

 どうも今日は、尻がむず痒い気がする。

 ……さて。

 舞台上では、呼吸を整え終えた貴族令嬢が、

 

「よ、余裕のつもりですか!」

 

 槍使いへ怒鳴っていた。

 

「まさか」

 

 辺境最強は、例の槍の矛先を向けるような構えを以て、答える。

 

「これは殺し合いじゃねぇ。互いの技と流儀とをぶつけた闘いなんだ。あっぷあっぷの奴の尻を叩いて勝負を決めるのは、俺の流儀じゃないんでね」

 

 言った途端、またしても槍使いが床を蹴った。

 貴族令嬢、今度は構えもなしに、これを見据えている。

 

「か、頭!」

「ちょっと! 防御くらいしときなさいよ!」

 

 それぞれの一党で斥候を務める圃人と妖精弓手が、思わず立ち上がって叫んだ。

 

「諦めたか!」

 

 槍使いが、令嬢の肩元へ狙いを定め、腕を伸ばす。

 瞬間。

 前に倒れるように身を屈めた貴族令嬢が、槍使いの腰元へ抱き着いた。

 抱き着くや否や、

 

「ふんぬ!」

 

 どこか可愛らしい気合声と共に、ずるずると槍使いの体を後方へ押しやる。場外へ押し出すつもりなのだ。

 

「くっ! このっ!」

 

 槍使いは貴族令嬢を振りほどこうとするのだが、これがどうしても離れない。

 遂に、二人は舞台の端まで来た。

 

「いけっ! そのまま落とせ!」

 

 森人魔術師が、珍しく興奮気味に叫んだ。

 ……と。

 

「残念だったな」

 

 槍使いが、笑った。

 その言葉の意味を訝しみ、貴族令嬢の力が少しばかり緩む。

 ふと、槍使いが後方に倒れた。

 つられ、貴族令嬢が彼の体の上に来る。

 いつのまにやら、彼女の腹部に槍使いの足裏がかけられていた。

 

「いかんっ!」

 

 鉱人道士が目を見開く間に、

 

「そうらっ!」

 

 場を揺るがすほどの大音声の後、槍使いが倒れ様に令嬢の体を投げ飛ばした。

 ふわりと宙に舞った体をどうにか出来る芸当を、彼女は持ち合わせていない。

 どさり。

 彼女の小さな尻が、平らな土についた。

 

『場外!』

 

 審判が下す、無慈悲な判定。

 己の力を利用されていたことを、貴族令嬢はここに知った。

 悔しさが、途端に胸の内に溢れる。

 大会に出場したのは、これまでの冒険を通して自分がどれだけ成長したかを見極めるため。

 オールラウンダーに頼らずとも冒険できるだけの力量が、自分についたのかを確かめるため。

 だのに、その機会はあっさりと終わってしまった。

 あまりに、呆気なく。

 だが。

 

「ねぇちゃん! すごかったぞ」

 

 真っ先に駆け寄って来る、小さな影。

 オールラウンダーが、にんまりと笑っている。

 彼の「すごかった」が、お世辞ではないことくらい分かっている。分かっているが、しかし。

 

「負けては、意味ないですけどね」

 

 自嘲気味に、令嬢は笑みを浮かべる。

 そこへ、

 

「最初の一発で、決めたと思ったんだがな」

 

 舞台から降りた槍使いが、背後から声を掛けてきた。

 

「やっぱ、その化け物小僧と一緒に冒険してると、動きの凄さも伝染するのかね」

 

 ぶすりともせず言う槍使いへ、

 

「……化け物じゃありません。只人です」

 

 貴族令嬢もまた、槍使いを睨み返した。

 ……と。

 同時に、二人が吹き出す。

 

「負けました。完敗です」

 

 令嬢が差し伸べた手を、

 

「あいつの言葉を借りるわけじゃないけどよ」

 

 槍使いはそう言って握り、言葉を続ける。

 

「如何なる時でも、常にあらゆる状況を想定して戦う。それが大事、らしいぜ」

 

 打ち振るった手をやがて解き、槍使いは選手の控えの席へと戻る。

 

「ふぅ」

 

 一息ついた令嬢は、

 

「ソンさん。頑張ってくださいね!」

 

 これにオールラウンダーは、

 

「おう!」

 

 拳を突き出して答えた。

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