白石の舞台上で対峙する相手を、
(はて、妙な……?)
蜥蜴僧侶が、訝しんだ目で見据えていた。
試合となっても外套を外さぬというのは、まぁいい。
世の中には自身の外見を気にし、それによって並々ならぬ迫害を受ける者もいると聞く。恐らくは対戦相手も、その類の者なのだろう。
問題は、試合に向ける姿勢。
構えを全くしないというのは、先の貴族令嬢のように、敢えて相手を油断させて攻撃を誘い、それによる反撃を狙うつもりなのだろうか。それにしては、闘志というものを全く感じない。
生粋の強戦士であり、戦いの中に高揚を見出す蜥蜴僧侶にとって、相手の態度は、
(舐めている……)
としか思えぬのである。
そんな思いを見透かしたものか、
「さぁ。ご遠慮なく」
相手が、大手を拡げてみせた。
「うぬ!」
その態度に対する返答か。はたまた怒声か。気合声を上げた蜥蜴僧侶が、のっしのっしと相手へ迫る。
外套は、依然として動こうとせぬ。
身を捻った蜥蜴僧侶は、ぶるんと尾を振った。
横薙ぎに払われたそれを、外套がひょろりと躱した。空へ、跳んだのである。
そのまま外套は、二回ほど空で回り、猫のような足取りで着地した。
蜥蜴僧侶にとっては、想定内のことである。でなくば、どうして相手へ殺意を込めた一撃を送ることが出来ようか。殺すことが禁じられた、この闘いで。
先の一撃は、相手の出方を伺うための『脅し』に過ぎぬ。
その『脅し』に、相手は軽い身のこなしを以て応えた。
(なるほど。あのような態度をとるだけのことはある……)
そして、分かったことが一つ。
「お手前は、
問うてみると、頭まで包んだ外套のてっぺん辺りが、ぴくりと揺れた。それこそが、蜥蜴僧侶の投げた問いに対する答え。
「よくお分かりで」
肯定しつつも、相手は外套を脱ぐことはしない。余程に、己の外見に複雑な思いを抱いているのだろう。
蜥蜴僧侶には、その気持ちが分からない。現に自分は、大きな蜥蜴が二足で歩いているという己の外見に、いささかの疑問も感じたことはないし、好奇の目で見られることは幾ばくかあったとはいえ、それに対して後ろめたさを感じたことはない。
しかし、それが相手の気持ちをないがしろにする言い訳とはならない。
だから、
「その外套を脱げ」
とは言わなかった。
言わないが、そろそろ試合に対するやる気を見せて欲しいところ。
「そうやって、いつまでも逃げ回っている気かね?」
決して苛立ちを込めて言ったわけではないが、相手は蜥蜴僧侶が怒っていると思ったらしい。
「失礼」
外套は浅く頭を下げるや、
「この舞台、半ばお祭り騒ぎで参加を申し出たものですから、まさかにあんな本気の洗礼を受けるとは思いませんでしたので……」
「お手前は、先の試合を見ていなかったのかね」
「見ていましたとも」
「ならば、この試合がどういうものかわかるはずだ。祭りの一環として開催されてはいるが、闘い自体は祭りではない」
「なるほど」
「お分かりいただけたか?」
「ええ。もちろん」
これで、ようやっと相手の真価が分かる。
蜥蜴僧侶がそう思った時だった。
外套が、くるりと踵を返した。
(……?)
警戒しつつ、その場を動くことなく蜥蜴僧侶は、相手の出方を伺う。
やがて、舞台端まで来た外套は、
「よっ」
ぴょこんと跳ね、なんと自ら場外に落ちたのである。
「なんと……」
流石に驚愕に目を見張る蜥蜴僧侶へ、こちらを振り向いた外套が、
「この闘いに参加される皆様の心意気というものを、しっかりと理解いたしました。私は、どうやら舞台に立つ資格の無い者らしい」
そう放つ言葉の中に、どうやら嫌味は含まれていないらしい。
こうして、第二回戦は呆気ない幕切れの元、蜥蜴僧侶の勝利に終わった。
これに納得できる蜥蜴僧侶ではないが、まさかに闘志の失せた相手へ詰め寄るわけにもいくまい。
そうしたところで、何も変わらないということを、蜥蜴僧侶本人が良く知っているからだ。
しかし、納まりつかぬ者がいた。
客席にいる、妖精弓手である。
「なによ、あれ! 闘う気が無いなら、最初っから出てくるな、っての!」
知人が次の戦いへ駒を進めたというのに、胸から込み上げてくるのは喜びではなく、憤り。
彼女が期待したのは、蜥蜴僧侶が相手の力全てを凌駕した上での勝利であった。
まるで、勝ちを譲ってもらったような先の試合内容では、どうもすっきりとしないのである。
「まぁ、まぁ。いいじゃねぇか。次の闘いは、あの槍使い。まさかにあいつが自分から舞台へ落ちることはしないだろうさ」
「そう言う問題じゃなぁい!」
あわや中指をおったてようとする妖精弓手を、観客席に加わった貴族令嬢を含め、女性陣がなんとか取り押さえようと必死であった。
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