冒険者としての等級差が、必ずしも勝敗を決する要因とはならない。
天下一武道会第三試合が、まさにそういった内容だった。
片や、筋骨隆々の逞しい肉体を持った銅等級の男。片や、鍛え抜かれたとはいえ、しなやかな四肢を持つ黒曜級の女武闘家。
会場にいた殆どの者が、銅等級の勝利を確信した。
だが、どうだ。
実際に試合が始まってみると、双方ともに、力の拮抗した試合展開をしてみせるではないか。
「っていっ!」
女武闘家の放った鋭い突きを、
「くっ!」
舌打ち混じりに躱しつつ、銅等級もまた、拳を突き出す。
これを、女武闘家も拳を以て打ち返した。
打ち合う拳が弾けた瞬間、二人とも俊敏に後方へ跳んで距離を置く。
(ったく。とんでもねぇガキに育ちやがって……)
銅等級が、心の内で呟いた。
もう少し、あっさりと試合の片が付くと思っていた。
だのに、この有様はなんだ。
仮にも銅等級である自分が、小娘に……それも、黒曜級冒険者を相手に互角の戦いを演じているとは。
これはなにも、銅等級が位に反して弱いとか、そういうわけではなかった。
これが、戦場におけるなりふり構わない殺し合いであったなら、試合内容も違っていただろう。
だが、これは武道大会だ。
武器、防具禁止。頼りになるは、己の体だけ。
銅等級も、徒手空拳の腕がからっきしというわけではないのだが、何分にも相手の方が、技術が上回っている。
加えて銅等級は、借金返済の条件として、ここ暫くは白磁級冒険者が請けるような依頼ばかりをこなしてきた。
戦いらしい戦いと言えば、下水道にいる巨大鼠か、ゴブリン程度。
それらを半ば作業的に屠っていたものだから、彼の戦闘感覚が大幅に鈍ってしまっていたのだ。
対して女武道家は、
「日々、修業」
という亡父の言葉を絶えず胸に秘めて冒険に挑んでいた。
例え相手が鼠だろうと小鬼だろうと。決して気を緩めることなく、一撃一撃を渾身の力を込めて放つ。
依頼のない日は、剣士や女魔術師に手伝ってもらって、独自の鍛錬に明け暮れた。
水の街から帰って来たオールラウンダーが、何やら鋼鉄の亀の甲羅を背負って依頼をこなすようになったのを見た時は、
「私も……!」
なけなしの金を払って、ギルド一区画にある武具屋の店主である翁に頼み込み、同じ商品を作ってもらったりもした。
果たして彼女は、見てくれも気にせず、小鬼や鼠相手の依頼時以外は、常時亀の甲羅を背負っての生活を送っていたのである。
その成果が、今惜しみなく発揮されている。
鋭い手の突きが、銅等級の頬を掠めた。
しかし彼は、焦るでも苛立つでもなく、
(どうしたもんかな……)
思考を巡らせ、今一度女武闘家から距離をとった。
銅等級が息を切らせているのに対し、女武闘家はうっすらと汗をかいてはいるものの、呼吸は整っていた。
このまま徒に時を稼いだところで、待っているのは敗北。
銅等級として。彼女を率いている一党の頭として。負けるわけにはいかなかった。
そんな極限状態で、彼は奇策を思いつく。
にやり、と口角を上げた銅等級は、後ろ手に腰元を触れる仕草をした。
訝しむ女武闘家。
その様子を確認した銅等級が、何かを投げ打った。
いや、投げ打った
試合前には、ギルド職員によって厳重な身体調査が行われている。会場に武器を持ち込むことなど、土台無理な芸当であった。
だが……。
「!?」
やはり、そこは格闘家としての経験より、冒険者としての経験が勝った故であろうか。
何か得体の知れないものを投げられた。女武闘家はそう判断し、咄嗟に左手へ跳んだ。
これを見た銅等級は、
(今だ!)
床を蹴り、女武闘家へ肉薄する。
着地したばかりの女武闘家は、隙だらけ。一気に畳みかければ、場外へ……。
勝利を確信して突き出した銅等級の拳が……半透明となった女武闘家の体をすり抜け、空を切った。
「なっ……」
驚愕に目を見開いた銅等級が、背後から気配を感じて咄嗟に振り向いた。
そこへ、
「せいっ!」
身を屈めていた女武闘家が、飛び上がりざまに拳を突き上げた。
拳は見事に銅等級の顎下を捉え、彼の体を場外に吹き飛ばす。
暫しの静寂。
それを破ったのは、
『じょ、場外!』
司会である監督官の一声。
瞬間、わっと会場が盛り上がる。
当の女武闘家は、
「で、できた……」
何やら力の抜けた様子で、へなへなと舞台へ崩れ落ちてしまった。
そこへ、オールラウンダーが駆け付けてきて、
「おめえ、いまのって残像拳だろ?」
目を輝かせて問うてきた。
女武闘家は、にんまりと表情を綻ばせて、
「えへへ」
肯定を示す笑いを一つ。
「すげぇ! オラ、一回っきりしか教えてねぇのに!」
「い、いやぁ……それほどでも……」
照れを隠せず戸惑う女武闘家。これを離れた所で見ていた銅等級は、
「全く……」
ぼやきつつも、どこか嬉し気に頬を緩めた。
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