悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の五

 午前の部の最終戦である第四試合は、少しばかり朗らかな雰囲気に包まれて開始された。

 なにしろ拳を交えるのは、子供ほどの背丈をした冒険者二人。

 何も知らない観光目的の冒険者や、『冒険』におけるオールラウンダーの一面を知らない街の住人からすれば、なんとも微笑ましい光景であることだろう。

 かくして、

 

『試合開始!』

 

 監督官によって切られた、闘いの火蓋。

 それと同時に動き出したのは、小柄な外套冒険者であった。

 彼は瞬時にオールラウンダーの懐へ飛び込むや、ばさりと布をはためかせ、擦り切れたブーツを以て蹴撃を繰り出してきた。

 元より、これで慌てるようなオールラウンダーではない。

 彼はむしろ、入れ込まれた蹴りを脇に挟むと

 

「それっ」

 

 二度、三度と円を描き、相手を振り回す。

 しかし感心なことに外套冒険者は、

 

「ちっ」

 

 舌打ち一つをするや、身を捻り、もう片方の足でオールラウンダーの顔面を蹴り込んだ。

 予期せぬ一撃だったのだろう。オールラウンダーの手から、足が離れる。

 拘束を解かれた外套は、俊敏な動きで後方へと回り跳んだ。

 跳んだはいいが、着地するや否や、呻き声をあげてしゃがみ込み、足を庇う。

 なんと硬いオールラウンダーの顔面か。まるで、鉄の塊を蹴ったような感覚。

 だが、闘いにおいてこれほどに大きな隙もあるまい。まして、オールラウンダーであればなおさら。

 気配に気づいて外套が顔を上げた時、すでにオールラウンダーは目前にいて、じっとこちらを見下ろしていた。

 その余裕綽々たる態度が、外套の神経を逆なでしたものらしい。

 物言わず、外套は拳を突き出してくる。

 が、しかし。

 拳は、虚空を突いたのみ。

 オールラウンダーの体が、半透明になっている。

 先の試合で女の武闘家が見せた、妙な術。確か「ザンゾウケン」とか言っていたが……。

 ならばと、外套は脇目も振らず前方へ駆けた。

 目くらましを以て背後からの奇襲。実に古典的。

 現に先ほどの闘いでも、あの女武闘家は相手の背後に回って、見事に勝利を決めた。

 同じ轍を踏んでなるものか。

 十分に走ったところで、外套は振り向いた。のだが……。

 

「……?」

 

 オールラウンダーの姿が、どこにもない。

 見渡す限り、舞台の上から彼の姿が消えてしまっている。

 

(どこにいった……?)

 

 きょろきょろと辺りを見回していると、

 

「ここだよ」

 

 空から、声が聞こえた。

 ふと見上げると、日に重なったオールラウンダーの姿。

 外套は驚きこそしたが、すぐに安堵した。

 むしろ好都合。どうせ、空中では自由に身動きも取れない。降りてくるタイミングを見計らって、場外への一撃を叩き込めば……。

 などと考えを巡らせている時であった。

 降下中のオールラウンダーが、何やら腰元へ手を当て、

 

「波っ!」

 

 叫ぶと同時に、両腕を前へ突き出した。

 途端、青白い光が尾を引いて、外套へ迫る。

 

「なっ……」

 

 驚愕しつつ、それでも跳び退って躱そうとする辺り、どうやらこやつも並みの冒険者とはいかないらしい。

 ……が。

 光が白石へ着弾すると、凄まじい爆風が舞台を駆けた。

 いくら俊敏な動きを得意とする外套も……いや、だからこそ。その爆風に抗う術もなく、ふわりと両足が宙に浮き、かと思えばあっさりと舞台外へ体を運ばれる。

 

『場外!』

 

 監督官が判定を下すと同時に、外套の頭巾が、はらりと下りた。

 見えたのは、鋭い耳と浅黒い肌。あどけない顔立ち。

 闇人(ダークエルフ)か。観客、選手問わず、その正体を巡ってざわめきが走る。

 一方で、きょとんと相手を見つめているオールラウンダー。

 ……と。

 

『あっ、あなたは……!』

 

 監督官が、目を見開き、外套冒険者を指した。

 

『あなた……いつかの昇級審査で不正を暴かれた圃人の……』

 

 その言葉に外套が……いや、圃人が忌々し気に舌を打った。

 それは、オールラウンダー一行が、かの邪教使徒による偽の依頼を請けて水の街へ向かった日のことであるが……。

 辺境の街の冒険者ギルドにおいて、とある一党の昇級審査がなされていた。

 武僧に重戦士、妖術使いと圃人の斥候。

 彼らはいずれも冒険者等級第八位の鋼鉄級で、七位の青玉級へ昇格の予定であった。……ただ一人を除いて。

 その一人というのが、圃人の斥候。今オールラウンダーと試合をして、場外負けをした者である。

 昇格できなかった理由は、ただ一つ。冒険において探索した遺跡で財を見つけたにもかかわらず、それをギルドへ報告することなく、全て自らのものにしてしまったからだ。

 無論の事に、圃人は仲間へも宝のことは告げていなかった。

 この裏切り行為は、冒険者としての信頼を欠く行為だ。

 信頼を欠いた冒険者は、ただの無頼漢に過ぎぬ。

 しかし、そんな彼へ組合が下した処分は、白磁等級への降格と、辺境の街における冒険活動の禁止。

 冒険者としての資格そのものを取り上げなかったのは、初犯ということと、有能さを秘めた冒険者であるという、組合の期待もあったからこそ。

 だが、彼はそんな組合の思いなど露知らず、まして自身の犯した違反を棚に上げ、これを言及したギルド職員と、審査に立ち会った上級冒険者へ並々ならぬ殺気を放っていた。

 この昇級審査には、《看破(センス・ライ)》を以て真実を見極めるために監督官が同席した他、受付嬢と、彼女直々の指名でゴブリンスレイヤーの姿もあった。

 不正の摘発以来、この街に舞い戻ったものか。それとも当初から居残っていたものか。

 どちらにせよ、武道大会へ出場した目的は、

 

(おおかた……審査に立ち会ったギルド職員と、上級冒険者への復讐……)

 

 監督官は、そのように推察した。

 当初、この大会の審判と司会は、受付嬢がすることになっていた。

 これをギルドで偶然に聞きつけ、圃人は参加を申し出たに違いない。

 参加手続きの際、彼は無言で鋼鉄の認識票を差し出してきたが、今にして思えば、あれはどこぞの冒険で息絶えた冒険者の亡骸から拝借したものだったのだろう。

 外套姿のままこの街で活動するには冒険者という身分が最も都合がよく、その身分を証明するものが必要となってくる。しかし、彼はすでに辺境の街における活動を禁じられた身。だからこそ、他者の認識票が必要だったわけだ。

 果たして彼は、武道大会へ出場を果たした。

 参加選手が皆無手で、しかも収穫祭によって浮足立っているからこそ、忍ぶにしても公にしても、ギルド職員の一人や二人を殺すことなど、容易だと考えたのだろう。

 しかし、その野望も潰えた。

 監督官の告発によって、観客も選手たちも(約一名を除いて)、皆警戒の目で圃人斥候を見ている。

 ご丁寧に、彼も規則に則って武器を持たなかったのがいけなかった。もはや、抵抗する術もない。

 

「くそっ!」

 

 悔し気に叫びつつ、彼は槍使いと蜥蜴僧侶によって取り押さえられ、縄で厳重に縛られたのち、どこぞかへ連行されていく。

 かくして、準決勝戦へと駒を進めたオールラウンダー。

 彼は呆気に取られ、何が何やらという様子。

 観客席も、いまいちすっきりとしない中で、

 

「おかしいわね……」

 

 妖精弓手が呟いた。

 圃人斥候と共にいた、もう片方の外套の姿が、いつの間にか会場から消えているのだ。

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