彼にしてみれば、圃人の胸中で渦巻く復讐心などには毛頭興味が無かった。
肝心なのは、お祭り気分で浮かれている冒険者たちの足元を掬い、混乱に陥らせることである。
尤も、それは彼自身が望んだことではない。
彼や、圃人を
その男にどのような思惑があるのか。それすら、彼の知ったことではない。
彼はただ、暴れることが出来ればそれでよかったのだ。
戦い、斃す。己の死を悟った相手が見せる面の、何とも情けないこと。
それを見る度に彼は、得も言われぬ高揚感に満たされた。
組合が主催した「武道会」とやらに参加したのも、そのためだ。
試合の中で唐突に相手を殺し、会場をどよめかせた上で残りの者たちを一掃する。それまで浮足立っていた街の中が、驚愕と恐怖の悲鳴で埋め尽くされるわけだ。
……だが。
初戦で対峙した蜥蜴人は、なかなかの実力者であった。奴を殺すには、少しばかり骨が折れる。
なので彼は、敢えて自ら試合に負け、こっそりと会場から姿を消した。
あの蜥蜴の次の相手は、聞けば「辺境最強」と評されているらしい実力者。
蜥蜴も辺境最強も、銀等級らしい。
そんな二人がぶつかり合えば、試合終わりには双方が疲弊すること間違いなし。そこを狙うのだ。
一気に銀等級の冒険者が二人も殺されたとあれば、会場は混乱必至。周囲が慌てふためけば慌てふためくほど、こちらの仕事はやりやすくなる。
あとは圃人と協力して、残りの参加者と観客を殺すだけ。
圃人を除けば、後の選手はむさ苦しい中年男と、ガキが二人のみ。
蜥蜴との試合直後に会場を離れたので奴らの戦いぶりは見ていないが、外見だけでもおおよその判断は出来る。大した敵じゃない。
(ともかく……動くなら午後からだ)
そこで彼は、他の者たちに倣って、午後まで祭りを楽しむことにした。
今のうちにたらふく美味い物を喰っておこう。あの男の計画通りに事が運べば、出店も何もかもが潰されてしまうのだから。
金ならあるし、どうせ後で全て自分たちのものになるのだ。
美味い物を喰い、飲み、浮かれた者たちの間抜け面を見て、胸を昂らせる。
晴れやかな奴らの表情が、もうすぐくしゃくしゃに歪むのかと思うと、我慢が出来なかった。
……それにしても、妙だ。圃人の試合も、もう終わった頃だろう。街の広場で合流する手はずなのだが、何をやっているのか。
と、その時である。
彼の視線に止まった、二人組。
一人は、気品を感じさせるドレスに身を纏った娘。こちらは知らない。
だが、その娘が手を引いている少年に、彼は見覚えがあった。
あれは確か……圃人と闘うはずの奴だ。
『
瞬間、彼の口角が上がった。
手を引く娘は、万能者の姉とみた。
二人とも、やはり祭りの雰囲気に酔いしれて、楽し気に微笑み合っている。
もしも。もしも今ここで、万能者を殺したとすれば、どうなるだろう。
唐突に殺された弟を目にし、姉はどういった反応をするだろうか。
驚きの余りに言葉も発せないだろうか。それとも、甲高い悲鳴を上げるものか。
そんな姉の息の根も、やはり止める。
広間にいる者も、これを見て恐怖するに違いない。
あの男は、贄は残しておけと言っていたけれども、街を混乱させるためには、二、三の死者だけでは物足りぬ。
混乱に乗じて、更に殺しても問題なかろう。
決意した彼は、右腕を飾る腕輪を撫でた。
腕輪には、獣の牙による装飾が施されている。
その牙の一本を強引に引きちぎり、彼は何事か囁いた。
牙が、見る見るうちに姿を変えて、一振りの曲剣となる。
周囲を行き交う者たちが、少しばかり異な目を以て彼を見た。
だが、彼は気にすることなく、ぐっと身を屈めたかと思うや、やがて勢いよく跳躍してみせた。
その体が、瞬時にオールラウンダーへ迫る。
「さぁ、苦しめ」
ぼそりと呟いた彼が、少年の脳天へと、曲剣を振り下ろした。
彼の武器は、仮面ライダークウガに出てくるガドル閣下が使用する物をイメージしております。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい