オールラウンダーによって試合会場まで引きずられた獣人襲撃者は、監督官や蜥蜴僧侶たちの厳しい尋問を受けることになった。
なにしろこちらには《
かくして得られた情報は、
「獣人や圃人は、夕暮れ時を見計らって街中で騒ぎを起こすよう、ある男に命じられたにすぎない」
ということであった。
「どうやら、逆恨みの詰まらぬ復讐劇だけでは終わりそうにありませんな。街の騒ぎに乗じて、男が何かを仕掛けるだろうというのは明白……」
蜥蜴僧侶が舌をチロチロと出し入れする横で、
「こいつらに街で騒げと嗾けた男……その居場所が分かればなぁ。事を起こす前に叩けるんだが……」
じろり。鉱人道士に目を向けられ、獣人襲撃者はバツが悪そうに首を垂れる。
獣人たちもまた、『ある男』の詳しい所在を知らなかったのだ。
彼らは決まって、辺境の街にある酒場を集合場所して収穫祭への算段を話し合っており、
「現地集合、現地解散」
が常であった。
圃人は自分の復讐が果たせればそれでよく、獣人もまた暴れる場が与えられるのであればそれでいい。打ち合わせの後、わざわざに男の後をつけようなどと、二人は考えもしなかったのだ。
「その男とやらも、それが分かっていたからこいつらに話を持ち掛けたのだろうよ」
鉱人道士が、つまらなそうに鼻を鳴らす。
つまりは、二人が騒動を起こしたのちに捕縛されることも織り込み済みで、だからこそ男は自分に関する詳細を二人へ明かしていなかったのだ。
男の所在も、真の目的も不明。あとはもう、男が騒ぎを起こすように指定した夕暮れ時を待って、様子を見るか……。いや、そんな悠長な態度でいいものか。
なかなかに意見のまとまりが得られない中で、
「しっかしよ。敵さんも、どうしてこの街を標的にしたものかね。まぁ冒険者の組合があって、それなりに冒険者もいるっちゃいるが……いっそ剣の乙女がいる街へ襲撃をかけた方が、よっぽど自慢にならねぇか?」
鉱人道士が疑問を口にした。
それへ蜥蜴僧侶が、
「確かに。あの街の乙女は魔神を打ち倒した一党の一人。言わば英雄とも呼べる存在。それを討ち取ったとあらば、邪なる者にとっては名誉ともなりましょうな」
と頷く。
この時、貴族令嬢の耳がぴくりと揺れた。
(剣の乙女……魔神……)
彼女の脳裏に、水の街での激闘の記憶が過る。
酒場の店主やその常連を騙った邪教の使徒たち。彼らは、崇拝する魔神を斃した剣の乙女へ復讐すべく、そして魔神を呼び寄せるべく、秘かに活動していた。
小鬼どもを操って街の娘たちを攫わせ、魔神復活の贄に……。
そこまで思い起こして、貴族令嬢は「はっ……」と気が付いた。
この様子を察知した只人僧侶が、
「どうしました……?」
心配そうに問いかけるのへ、
「もしかして相手は……この街の人達を贄として、魔神の復活を企んでいるのでは……?」
貴族令嬢が、呟くように言った。
これを聞き、殆どの者は表情を強張らせたが、しかしゆっくりと頷き合い、
「なるほどなぁ……」
鉱人道士は、その白くて長い顎鬚を撫しつつ舌を打った。
「収穫祭ともなれば、他方から観光のための旅行者や冒険者も集まる。魔神を復活させるための供物としては、丁度いいかもしれん」
「祭りの雰囲気に呑まれ、皆は浮足立っておりましょうにな。奇襲を受ければ、それだけ迎撃の対応も遅れるというもの」
蜥蜴僧侶もまた、慎重に頷く。
そこへ女魔術師が、
「でも、いったいどうやって街を襲うつもりなのかしら……?」
仲間である女格闘家を見て、尋ねるように言うのへ、
「この間は、邪教の使徒がゴブリンを尖兵として贄を集めていましたが……」
貴族令嬢が呟いた。
すると、
「今回も、同じ手口かもしれませんよ」
腕を組んで逡巡していた監督官が、一同を見渡しつつ言葉を放った。
彼女は次いで、
「収穫祭の前ですけど、ゴブリンスレイヤーさんが言ってたんです。最近はゴブリン退治の依頼が全くないのが気に入らない、って」
でも、と監督官は言葉を繋げ、
「よくよく考えてみれば、他の種族から物を奪って、女性を攫うようなゴブリンが全く活動しない、というのはあり得るんでしょうか?」
と、問いを投げかけた。
その場にいる皆が、首を横に振る。
ゴブリンに雌の個体は存在せず、また「他者から奪うのが手っ取り早い」という信条の奴らに、物を生産するという意識が芽生えるとは到底思えぬ。
では、ゴブリンどもは今どうしているのだろうか。
「誰かが、ゴブリンたちへ物資を提供している……ってわけか?」
槍使いが呟いた言葉に、監督官は「恐らく」と言いつつ頷く。
では、その『誰か』とは何者か。
場にいた殆どの者の予想が、一つになる。
「その誰かさんが、この街で騒ぎを起こすように嗾けた奴と同じってことか!」
飽くまでも推理の範疇を出ないが、可能性の一つとしては充分。
だが、肝心の『誰かさん』の居場所が分からぬ。
……と、鉱人道士はなんとなしに獣人襲撃者を見て、
「そう言えば……」
と呟いた。
「こいつら、武道大会へ出場する時に認識票を出してたよな?」
鉱人道士の確認に、蜥蜴僧侶がしっかりと頷く。外套姿の二人が武道大会への参加を申し出る時、彼らも貴族令嬢一党も同じ場所にいて、その一部始終を見ていたのだから間違いない。
次いで鉱人道士は、
「あの圃人、審査で不正を暴かれてこの街での活動を禁じられたんだよな?」
監督官へ訊く。
やはり審査の場に同席していた監督官も、はっきりと頷いた。
これを見た鉱人道士が、
「あの圃人が出した認識票……まさかに本人のではあるまい。そんなことすりゃ、てめぇの素性がバレて復讐も出来なくなっちまう」
「ともすると……あの認識票は偽物……?」
蜥蜴僧侶が唸るように問うのへ、
「いや、あれが他の冒険者の遺品だとしたら……?」
鉱人道士のこの言葉に、一同は目を見開いた。
「そうか! その冒険者たちが最期に向かった依頼先を確かめれば、大元にたどり着ける可能性がある!」
女格闘家が納得するのへ、
「そういうこった」
鉱人道士が不敵に笑った。
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