悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の二

 辺境の街から西へ暫く行った所に、小さな廃村がある。

 件の冒険者二人が最期に向かった先は、そこであった。

 何故に彼らがそのような場所へ赴いたのかと言えば、

 

 

「廃村や廃墟と言うのは犯罪者たちの恰好の隠れ家となりやすいので、一度調査をしてほしいと近くの村の人達から依頼があったようです」

 

 

 監督官が、少しばかり埃のかかった依頼書を眺めながら説明を加えた。

 因みに言うと、この依頼が出されて六日程した後、廃村からもほど近い所にある洞穴を根城としていた野盗どもが、別の冒険者一党によって成敗されている。

 依頼を出した村民たちは、これにすっかり安堵したらしく、廃村調査の依頼など忘れ切ってしまったようである。

 ギルドの方でも、以来廃村に纏わる不気味な噂を聞くでもないというので、

 

 

「廃村には異常なし」

 

 

 と判断してしまい、還らぬ冒険者もまた、

 

 

「他の地へ身を移したのだろう。よくあることだ」

 

 

 そのように処理をしてしまったようだ。

 

 

「……職務怠慢ですね」

 

 

 廃村関連の依頼報告書を呆れた顔で眺めつつ、監督官は深い溜息を吐く。

 だが今は、その問題体質を突いている場合ではない。

 現状で先ずすべきことは、件の廃村へ向かって、敵の存在を確かめることなのである。

 

 

「ハズレだという可能性も考慮して、廃村に割く人員は少数精鋭というのはどうでしょうな?」

 

 

 蜥蜴僧侶の提案に、首を横に振るものはいない。

 かくして廃村へ向かうメンバーに選ばれたのは、オールラウンダー、只人僧侶、貴族令嬢に女格闘家の一党である魔術師……この四名であった。

 黒曜級が三名に、鋼鉄級が一名。そこだけ見ればなんとも頼りない戦力ではあるが、

 

 

「なぁに。等級が、必ずしも冒険者の実力に直結するとは限らねえってのは、武道会で見たことじゃねぇか」

 

 

 鉱人道士の言葉の通りであり、

 

 

「俺を納得の出しにしないでもらいてぇな」

 

 

 鋼鉄級の冒険者が、つまらなそうに呟いた。

 さて……。

 昼下がりに辺境の街を出た四人が件の廃村へ到着したのは、夕暮れ近くになってからである。

 鬱蒼とした森を抜け、村への一歩を踏み込もうとした時、

 

 

「……瘴気に溢れてるわね……」

 

 

 列の後方から、女魔術師が嫌な顔をして呟いた。

 貴族令嬢も只人僧侶も、そしてオールラウンダーもまた同じである。

 四人は警戒の色を強くし、廃村へと入っていった。

 途端、視線を感じる。

 村内に点在する寂れた廃屋から、黄色い瞳だけがぎょろりとこちらを向いているのが見えた。間違いない。ゴブリンの瞳だ。

 いよいよ、怪しくなってきた。

 只人僧侶と女魔術師は杖を構え、貴族令嬢もまた剣を抜き払うと、

 

 

「ソンさん」

 

 

 オールラウンダーへ呼びかけた。

 

 

「わかった」

 

 

 力強く頷いたオールラウンダーは、勢いよく駆けだし、小鬼の瞳が覗くガラス窓を突き破って廃屋内へと飛び込んだ。

 直後、小鬼の怒号が響いたかと思いきや、他の小屋からもゴブリンが飛び出してきて、貴族令嬢たちへと殺到してくる。その数は多く見積もっても二十匹ほど。

 

 

(随分と数が少ない……)

 

 

 ゴブリンが村を襲ったとあらば、そこにいたであろう娘たちは、繁殖と慰みの道具として惨たらしい末路を辿ることになるのが常だ。

 ともすれば、群れの規模はもっと大きくてもいいはずである。

 

 

(周囲の森の中へ、仲間が潜んでいるのかしら……)

 

 

 拭えぬ違和感を抱えつつ、貴族令嬢が三匹目のゴブリンを斬り伏せた時である。

 空に上る日の光……かと見紛うほどの眩い輝きが、彼女の視界に飛び込んできた。

 

 

「!?」

 

 

 咄嗟に令嬢は、斃したばかりの小鬼の骸を蹴り上げた。

 小鬼の骸は令嬢の盾となり、白い閃光を代わりに受ける。

 転瞬。その緑色の肉体がどろどろと溶けたではないか。

 

 

「これは……《分解(ディスインテグレート)》……!」

 

 

 水の街で、名伏しがたき目玉の化け物が放って来た熱線。

 

 

(呪文遣い(シャーマン)がいた……?)

 

 

 思いつつ、貴族令嬢はゴブリンの波の奥に目をやった。

 明らかにゴブリンとは違う、只人の成人男性とさほど背丈の変わらぬ、薄汚い外套に身を包んだ何者かが、そこに立っていた。

 果たして『何者』かは、ゆっくりと拳を貴族令嬢へと突き出した。

 はらりと布が下がり、褐色の肌を持った五指が見えた。

 その薬指には、赤い宝石を嵌めた指輪が。

 ぼつりぼつりと、『何者』が呟いた。

 宝石が、閃光を放つ。

 

 

「伏せて!」

 

 

 青ざめた貴族令嬢が踵を返し、後方にいた僧侶と魔術師を抱えて倒れ込んだ。

 それとほぼ同時に、輝きが虚空を突き進み、森の中へと消えた。

 

 

「リ、リーダー!」

 

 

 僧侶が、悲鳴にも似た声で貴族令嬢へ呼びかける。

 頭目の右肩は、浅いものの熱線によって見事に抉られていたのだ。

 

 

「《小癒(ヒール)》を!」

 

 

 僧侶へ言い置いて、女魔術師が立ち上がり、外套の者を鋭く見つめ、杖を構える。

 ……と、その時である。

 

 

「だりゃっ!」

 

 

 煉瓦造りの屋根を突き抜け、オールラウンダーがやっと外に出てきた。

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