悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

 小屋から飛び出たオールラウンダーは、外套の方を一瞥した後で、

 

 

「あっ、ねえちゃん!」

 

 

 軽傷とはいえ肩を焼かれた貴族令嬢の元へ駆け寄った。

 

 

「だいじょうぶか!?」

「だ、大丈夫です……。こんな浅い傷……」

 

 

 このやり取りの間に、僧侶がもたらす《小癒(ヒール)》の奇跡によって、貴族令嬢の外傷は見る見る塞がれていき、痛みも引いていく。だが、肉を直接焼かれた感覚だけは体が覚えてしまい、暫くは離れる気配がなかった。

 

 

「ちょっと! こっちも加勢して!」

 

 

 前に立つ女魔術師が、《火矢(ファイアボルト)》の術を放ちながら叫ぶ。

 彼女が使える術の上限より、ゴブリンの数は圧倒的に多い。一人で持ち堪えられる時間など、たかが知れていた。

 これを察知したオールラウンダーは、魔術師の頭上を飛び越えて前線に出ると、

 

 

「波っ!」

 

 

 予備動作の一つもなく、いきなりの《かめはめ波》を放つ。

 青白い輝きにゴブリンの群れが呑まれていくのを見つつ、

 

 

「相変わらず出鱈目な火力してるわ……」

 

 

 呆れたように呟いた女魔術師が、瞠目した。

 舞い上がり、やがて消えゆく黒煙の中、かの外套がただ一人、悠然と立っているのが見えたからだ。

 更によく見ると、奴めの体を、雲の如く白く透けた巨大な両手が包み込んでいるではないか。

 なるほど。《かめはめ波》は、その手によって防御されたらしい。

 

 

「手荒い挨拶だな。只人(ヒューム)

 

 

 埃を払う手つきを以て、外套が初めて口を開いた。

 次いで奴は、外套の頭巾を外し、素顔を見せる。

 漆黒の肌。鋭い耳。後方へ撫でつけた、白銀の髪。

 

 

闇人(ダークエルフ)……」

 

 

 未だ肉の焼ける感覚に苦しみつつ、貴族令嬢が呟くのへ、

 

 

「如何にも」

 

 

 闇人が、にやりと口角を上げて頷いた。

 次いで彼は、周囲を見渡し、廃村に小鬼の姿が一匹もいないことを確かめるや、わざとらしく肩を竦め、

 

 

「やれやれ。西の小鬼は全滅か」

 

 

 溜め息交じりに呟く。

 これを聞いた貴族令嬢は、

 

 

(“西の”……? まさか……!)

 

 

 表情を青くし、

 

 

「ゴブリンの群れは……他の場所にもいるということですか……!」

 

 

 と闇人へ問い迫った。

 彼はけらけらと愉快気に笑い、

 

 

「その通り。今頃は、東南北の部隊が一斉に行進を始めている頃だろう。祭りで浮かれている街へ向けて、な」

 

 

 まるで勝ち誇ったように言ったものである。

 

 

(ゴブリンの数が少なかったのは、他方に分散させてたからだったんだ……!)

 

 

 そのことに気付いた貴族令嬢は、もはや肩に残る焼けた感覚も忘れて立ち上がると、

 

 

「ソンさん! ここをお願いできますか!」

 

 

 叫んだ。

 オールラウンダーは、

 

 

「まかせとけ!」

 

 

 背中越しに頼もしく頷く。

 これを見た闇人は、

 

 

「馬鹿め。今さら街へ戻ってなんとなる」

 

 

 嘲笑するが、

 

 

「三方から攻めてこようとも、相手はゴブリン。街にいる冒険者たちでどうとでもなります!」

 

 

 貴族令嬢の啖呵を聞くと、瞬時に笑みを消し、

 

 

「それはお前たちが街へ戻れるならばの話だ」

 

 

 言うと同時に、その右腕を突き出した。

 薬指に嵌められた指輪から、またしても眩い熱線が貴族令嬢へ放たれる。……が、その直線状に割り込んだオールラウンダーが、両腕を突き出して《分解(ディスインテグレート)》の術を真っ向から受け止める。

 分厚い土壁をも瞬時に溶かす閃光を、しかしオールラウンダーは、

 

 

「あちちっ……!」

 

 

 掌に多少の火傷を負いながらも、見事に受け切ってしまった。

 これには流石に闇人も驚いたようで、

 

 

「馬鹿な……!」

 

 

 と目を見開く。

 そんな彼へオールラウンダーは、

 

 

「おめえの相手はオラだ!」

 

 

 鋭く睨みつけて言い放った。

 

 

「なんだと? 私の相手は、貴様一人で充分ということか?」

「そうだ!」

 

 

 瞬間、闇人の額に青筋が浮かんだかと思うと、

 

 

「ほざくな!」

 

 

 地を蹴り、瞬く間にオールラウンダーへ詰め寄った。

 彼の右手には、いつの間にやら魔力によって煌く突剣が握られている。

 

 

「死ねっ!」

 

 

 怒号とともに繰り出される刺突を、オールラウンダーは身を屈めて躱し、次いで足払いをする。

 

 

「ぬっ……!」

 

 

 宙に浮いた闇人は、素早く身を反転させて受け身を取り、追撃をけん制するために剣を横薙ぎに払った。

 オールラウンダーが、素早く後方に跳び退る。

 そのままゆっくりと立ち上がった闇人は、すっかり顔から怒りを消して、余裕ある不敵な笑みを取り戻すと、

 

 

 

「なるほど。ただの只人のガキではないようだな」

 

 

 何を思ったか、手にした魔剣をふいと投げ捨てたのである。

 これには流石にオールラウンダーも首を傾げる。

 その様子を見た闇人は、

 

 

「分からぬ、という顔をしているな」

 

 

 にんまりと笑うや、唐突に左手を空へと掲げた。

 見るとその手には、何かを掴まんと掌を広げた、奇妙な腕の彫像が握られている。

 

 

「これ以上百手巨人(ヘカトンケイル)の膂力を我が身に宿せば、寿命が大幅に削られてしまうが……そうも言っておれんようだ。聞けば忌々しき勇者はまだ成人になったばかりの、子供のような見て呉れだとか。貴様がその勇者に違いあるまい。ならば、こちらもなりふり構ってはおられぬわ!」

 

 

 闇人が放つ言葉の何一つ、オールラウンダーには理解できない。だが、

 

 

(あいつ……迫力がすごくなった……!)

 

 

 このことだけは、本能的に察知できていた。

 迫力と言っても、姿形が劇的に変わったわけではない。

 外套に包まれた闇人の筋肉が、一回り膨れ上がっただけのことである。

 しかし、その内から発せられる気迫には、オールラウンダーが冷や汗を一筋垂らすほどには凄みがあるのだ。

 かくして空を見上げると、それまでの夕暮れが幻のように消え失せ、分厚き黒雲が渦を巻いている。

 更地も同然となった廃村に、強烈な風が吹き荒れた。

 内から溢れ出る力に、闇人は酔いしれ、狂ったように笑う。

 だからこそ、気付かなかった。すでに貴族令嬢たちは、廃村から姿を消していた。

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