小屋から飛び出たオールラウンダーは、外套の方を一瞥した後で、
「あっ、ねえちゃん!」
軽傷とはいえ肩を焼かれた貴族令嬢の元へ駆け寄った。
「だいじょうぶか!?」
「だ、大丈夫です……。こんな浅い傷……」
このやり取りの間に、僧侶がもたらす《
「ちょっと! こっちも加勢して!」
前に立つ女魔術師が、《
彼女が使える術の上限より、ゴブリンの数は圧倒的に多い。一人で持ち堪えられる時間など、たかが知れていた。
これを察知したオールラウンダーは、魔術師の頭上を飛び越えて前線に出ると、
「波っ!」
予備動作の一つもなく、いきなりの《かめはめ波》を放つ。
青白い輝きにゴブリンの群れが呑まれていくのを見つつ、
「相変わらず出鱈目な火力してるわ……」
呆れたように呟いた女魔術師が、瞠目した。
舞い上がり、やがて消えゆく黒煙の中、かの外套がただ一人、悠然と立っているのが見えたからだ。
更によく見ると、奴めの体を、雲の如く白く透けた巨大な両手が包み込んでいるではないか。
なるほど。《かめはめ波》は、その手によって防御されたらしい。
「手荒い挨拶だな。
埃を払う手つきを以て、外套が初めて口を開いた。
次いで奴は、外套の頭巾を外し、素顔を見せる。
漆黒の肌。鋭い耳。後方へ撫でつけた、白銀の髪。
「
未だ肉の焼ける感覚に苦しみつつ、貴族令嬢が呟くのへ、
「如何にも」
闇人が、にやりと口角を上げて頷いた。
次いで彼は、周囲を見渡し、廃村に小鬼の姿が一匹もいないことを確かめるや、わざとらしく肩を竦め、
「やれやれ。西の小鬼は全滅か」
溜め息交じりに呟く。
これを聞いた貴族令嬢は、
(“西の”……? まさか……!)
表情を青くし、
「ゴブリンの群れは……他の場所にもいるということですか……!」
と闇人へ問い迫った。
彼はけらけらと愉快気に笑い、
「その通り。今頃は、東南北の部隊が一斉に行進を始めている頃だろう。祭りで浮かれている街へ向けて、な」
まるで勝ち誇ったように言ったものである。
(ゴブリンの数が少なかったのは、他方に分散させてたからだったんだ……!)
そのことに気付いた貴族令嬢は、もはや肩に残る焼けた感覚も忘れて立ち上がると、
「ソンさん! ここをお願いできますか!」
叫んだ。
オールラウンダーは、
「まかせとけ!」
背中越しに頼もしく頷く。
これを見た闇人は、
「馬鹿め。今さら街へ戻ってなんとなる」
嘲笑するが、
「三方から攻めてこようとも、相手はゴブリン。街にいる冒険者たちでどうとでもなります!」
貴族令嬢の啖呵を聞くと、瞬時に笑みを消し、
「それはお前たちが街へ戻れるならばの話だ」
言うと同時に、その右腕を突き出した。
薬指に嵌められた指輪から、またしても眩い熱線が貴族令嬢へ放たれる。……が、その直線状に割り込んだオールラウンダーが、両腕を突き出して《
分厚い土壁をも瞬時に溶かす閃光を、しかしオールラウンダーは、
「あちちっ……!」
掌に多少の火傷を負いながらも、見事に受け切ってしまった。
これには流石に闇人も驚いたようで、
「馬鹿な……!」
と目を見開く。
そんな彼へオールラウンダーは、
「おめえの相手はオラだ!」
鋭く睨みつけて言い放った。
「なんだと? 私の相手は、貴様一人で充分ということか?」
「そうだ!」
瞬間、闇人の額に青筋が浮かんだかと思うと、
「ほざくな!」
地を蹴り、瞬く間にオールラウンダーへ詰め寄った。
彼の右手には、いつの間にやら魔力によって煌く突剣が握られている。
「死ねっ!」
怒号とともに繰り出される刺突を、オールラウンダーは身を屈めて躱し、次いで足払いをする。
「ぬっ……!」
宙に浮いた闇人は、素早く身を反転させて受け身を取り、追撃をけん制するために剣を横薙ぎに払った。
オールラウンダーが、素早く後方に跳び退る。
そのままゆっくりと立ち上がった闇人は、すっかり顔から怒りを消して、余裕ある不敵な笑みを取り戻すと、
「なるほど。ただの只人のガキではないようだな」
何を思ったか、手にした魔剣をふいと投げ捨てたのである。
これには流石にオールラウンダーも首を傾げる。
その様子を見た闇人は、
「分からぬ、という顔をしているな」
にんまりと笑うや、唐突に左手を空へと掲げた。
見るとその手には、何かを掴まんと掌を広げた、奇妙な腕の彫像が握られている。
「これ以上
闇人が放つ言葉の何一つ、オールラウンダーには理解できない。だが、
(あいつ……迫力がすごくなった……!)
このことだけは、本能的に察知できていた。
迫力と言っても、姿形が劇的に変わったわけではない。
外套に包まれた闇人の筋肉が、一回り膨れ上がっただけのことである。
しかし、その内から発せられる気迫には、オールラウンダーが冷や汗を一筋垂らすほどには凄みがあるのだ。
かくして空を見上げると、それまでの夕暮れが幻のように消え失せ、分厚き黒雲が渦を巻いている。
更地も同然となった廃村に、強烈な風が吹き荒れた。
内から溢れ出る力に、闇人は酔いしれ、狂ったように笑う。
だからこそ、気付かなかった。すでに貴族令嬢たちは、廃村から姿を消していた。
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