悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の四

 例えばもし、廃村と辺境の街との直線上。そのちょうど中間の地点に小さな農村が存在していなければ。

 例えばもし、その農村が『駅』の役割と担い、街へ向かうための馬を貸し出していなければ。

 貴族令嬢たちが辺境の街へ辿り着く時間が遅れ、そのために三方からの小鬼襲撃に対し、街の冒険者は後手に回り、この事件の結末はまた違う運命を辿った……のやもしれぬ。

 だが、しかし。背には僧侶を負い、前方には女魔術師を抱えた貴族令嬢は慣れた手つきで馬を駆り、辺境の街へ戻って来たのは、薄く暗くなった空へ、ふわりふわりと明かりをともした提灯が浮かび上がる頃であった。

 これは天灯(てんとう)というもので、この明かりを目印として、清らかな魂を天へと導き、邪な魂を追い払う……そのような謂れのあるものだ。

 果たして、馬に跨って街門を潜った貴族令嬢たちを、鉱人道士たちが真っ先に出迎えた。

 因みに言うと、妖精弓手たちは一応にまだゴブリンスレイヤーと受付嬢を陰ながら見守っている。

 馬から降りた貴族令嬢は、東南北からゴブリンの群れが押し寄せていることを一同へ知らせるや、

 

 

「こりゃ、ちと厄介じゃのう」

 

 

 鉱人道士が舌打ち混じりに呟く。

 彼の脳裏を過ったのは、春に起こった牧場防衛戦のことだ。

 ゴブリンの王が率いる大軍を、死者こそ出さずに守り切ったものの、雪崩のように迫りくる小鬼どもを片付けるのには骨が折れた。

 それが別々の方角から一気に押し寄せるともなると……。

 そこまで考えたところで、

 

 

「いや」

 

 

 という蜥蜴僧侶の呟きが、鉱人道士の耳に入った。

 鱗の彼は真剣な表情で腕を組みつつ、

 

 

「剣士殿の報告を聞けば、西の廃村にいた小鬼の群れは二十。三方から迫っている他の群れの規模も、それと同程度と看て間違いないような気がしますな」

 

 

 と意見を述べた。

 これは、決して物事を楽観視しているわけではない。

 

 

「仮に敵方が小鬼の群れを四つ同時に使役しているとあらば、剣士殿たちが廃村で交戦した小鬼の群れの規模はもっと大きかったはず。だのに二十匹程度であったということは、やはり一つの群れを東西南北へ分散させた何よりの証拠でしょう」

 

 

 蜥蜴僧侶の推察に、一同は「なるほど」と頷く。

 

 

「……だがよ。その闇人とやらと一緒だったから……つまりは戦力がもう充分だったから、廃村のは二十匹程度だった、ってのは考えられねぇか?」

 

 

 槍使いの反論に、やはり蜥蜴僧侶は首を振り、

 

 

(ロード)でもいない限り、小鬼の群れが百を越えることはありますまい。ならば、単純に計算して一つの部隊の人員が二十を越える可能性もまた皆無」

 

 

 きっぱりと言い放つ。

 すると、その発言に新たな疑問を浮かべた銅等級の冒険者が問うた。

 

 

「……なんで群れに王がいない、って分かるんだよ」

 

 

 これを受けた蜥蜴僧侶はぎょろりと目を向き、

 

 

「群れを操るにあたり、同じく小鬼を統べる者の存在は、邪魔だとは思いませぬか?」

 

 

 戦に生きる意義を見出す彼だからこそ、戦における事の運び方はこの中の誰よりも熟知している。……尤も、ゴブリンどもの特性については、ともに冒険をする「小鬼殺し」から得た知識のおかげだが。

 さて……。

 三方から迫る小鬼どもの規模も、どうやら目星がついた。ならば早急に部隊を編成し、対応に当たらねばなるまい。一つ一つの数は少ないようだが、それでもスピード勝負になることは確実なのだ。

 かくして手短な話し合いの末、その場にいる者たちで三つの部隊が出来上がった。

 一つ。東からの小鬼に対応するのは、貴族令嬢、只人僧侶、銅等級冒険者、女魔術師。

 一つ。南に向かうのは、鉱人道士と蜥蜴僧侶。

 最後の一つ。北側を防衛するのは、『辺境最強』の槍使いと連れの魔女。そして女武闘家。

 

 

「そっちは二人で大丈夫なのかよ」

 

 

 槍使いが声を掛けるのへ、

 

 

「心配ご無用。こちらにはあと二体ほど手数が増えますので」

 

 

 蜥蜴僧侶が不敵な笑みを以て応じ、

 

 

「そちらこそ、いいので?」

 

 

 槍使いへと問い返す。何が『いい』のかといえば、今頃は天灯にでも目を向けているであろう一組の男女のことだ。

 好敵手に、好いた女性との逢引を譲るままでいいのか。つまりはそういうことである。

 辺境最強の男は、つまらなそうに鼻を鳴らすと、

 

 

「あの野郎が祭りとデートに浮かれてる間に武勲を立てたとありゃ、俺の評価もうなぎ登りよ」

 

 

 この言葉が強がりなどではなく、一応は彼なりの気遣いであると知っているのは、長い間一党を組んでいる魔女だけであろう。

 なんと言っても、今日はハレの日。街の住民であろうが冒険者であろうが、日常を忘れて楽しむべき日なのである。

 『奴』にとっては冒険……もとよりゴブリン討伐が。受付嬢にとっては、そんな彼を見送って、還りを願うことが日常なのだ。

 今日くらい、そんなことを忘れっぱなしというのもいいことだろう。

 

 

「意外と、紳士、なのね」

 

 

 煙管を吹かした魔女が、成長した息子を褒めるように槍使いの頭を撫でた。

 

 

「っせぇ!」

 

 

 反抗期を迎えた息子の如く、槍使いがその手を払った。

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