所変わって、辺境の街の東側。鬱蒼とした林の中で、貴族令嬢たちはゴブリンの一群と交戦を繰り広げていた。
とは言っても、それほど熾烈なものではない。
ゴブリンどもの数は、蜥蜴僧侶が睨んだ通りちょうど二十匹という、奴らの数の利から言えば小規模なものであったし、どういうわけかこの林には落とし穴の罠が仕掛けられており、それに嵌って死んだ個体もいれば、
「罠のある所に進軍するなんて!」
とでも言っているのであろう。殿を務める個体へ詰め寄る奴もいる。
貴族令嬢たちはというと、これも誰かしらが予め設置していた土嚢に身を潜め、仲間割れを起こしている小鬼ども目掛けて石くれを投げている。
投石の役目は、貴族令嬢と銅等級の冒険者だ。
二人の投げ打つ石は、風を突っ切って直進し、ゴブリンどもの頭や鼻頭を叩いて砕く。
只人の投擲力は、他種族の及ぶところではない。まして二人の冒険者は、一党の中では先陣を切る戦いの要なのだ。それが投げ打つ礫が、小鬼一匹の息の根を止めずして今日まで生き延びることができるはずもない。
突然の奇襲に驚いたゴブリンどもも、一応は手槍や斧を投げつけて抵抗するも、貴族令嬢たちが身を潜める土嚢に阻まれ、反撃は無意味に終わった。
やがて最後の一匹が、銅等級冒険者の投げた礫に鼻を砕かれ、よろめいた先で待っていた落とし穴に落ち、その底に生えた幾つもの杭に貫かれて息絶えた。
「……意外と、呆気なかったですね……」
もしもの時に備えて精神を集中していた僧侶が、恐る恐る土嚢から顔を出しつつ呟いた。
「ま、ここに落とし穴を仕掛けてくれた誰かさんのおかげだな」
銅等級が、最期のゴブリンが落ちた穴へ余った小石を投げ入れ、
「よし、入った」
と嬉しそうにはにかむ。
それをじとりと見やった後で女魔術師は、
「さ、早く他の人達と合流しましょう。……とは言っても、どっちも銀等級ばっかりだから大丈夫だとは思うけど」
冷静か不愛想か。いつもと変わらぬ声音で言った。
かくして、やはり人手の少ない南側……すなわち鉱人道士と蜥蜴僧侶を手伝いに行こうと意見はまとまり、移動を開始しようとした時。
「……どうしました?」
僧侶が、ふと足を止めて西側を見つめる貴族令嬢へ声を掛けた。
「いえ……」
彼女は、何か思いつめたような表情をしていたが、やがて思い直し、
「行きましょう」
僧侶と共に、先へ進んだ銅等級たちの後を追いかけた。
さて……。
件の廃村では、見境なく暴れる大猿の攻撃から、それでも懸命に闇人が逃げ回っていた。
(確かに、凄まじいほどの破壊力だ……! しかしっ!)
彼は、その左手に握る禍々しき腕の偶像を見つめ、不敵に笑った。
(
混沌の神々が、最初期の戦遊戯において造り出した、戦うための存在。
その威力、秩序の神々を幾ばくも打ち倒したほど。
いかな勇者といえども……それが恐ろしい巨大な猿の化け物に変じたところで、己の与する神をも斃す巨人の前には、成す術も無かろう。
(奴が暴れている隙に街へ向かい、儀式を……!)
今一度、片腕を模った偶像を闇人が握りしめた時であった。
それまで吹き荒れていた風が、より一層に強さを増した。
これを受けた大猿は、苛ついたように咆哮を一つ飛ばす。
かくて化け物の頭上に、漆黒の渦が出現した。
「あれは……!」
それを見た闇人が、驚愕の声を上げる。
「
かくして渦は竜巻となりて、大猿の体を光の粒子へと変換していく。
やがてそれは全て、渦の闇の中へと吸い込まれてしまった。
「さぁ、姿を見せよ!
渦へ向けて、闇人が叫んだ時だ。
ぱりん。硝子の砕け散るような音が聞こえ、それと同時に左手へ衝撃が走った。
見れば、手に掴んだ偶像が、粉微塵に砕け散っている。
「なっ……!」
驚きの余り目を見開いた時、全身の筋肉が萎縮していくのを彼は感じた。百手巨人の力が、抜けていくのである。
最初彼は、これも巨人顕現の前触れなのだと思っていた。
しかし、どうも違うらしい。
空を覆っていた暗雲は綺麗さっぱり消え去り、すっきりとした夜空へ散りばめられた星々が瞬き、二つの月が煌々と輝いている。
「ど、どうしたのだ……! ヘ、
静寂を取り戻した夜の風景へ、闇人の叫びが虚しく木霊した。
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