収穫祭から二日が経った、昼下がりのことである。
辺境の街からはハレの日の雰囲気がすっかり鳴りを潜め、しかし往来する旅人や冒険者の足は絶えず、大通りなどはいつものようにがやがやと賑わいの声でひしめき合っていた。
そんな街の一郭において、ハレの日の続きを行っている者たちがいた。
ギルド庁舎裏手にある訓練広場。その中央に立って対峙するは、オールラウンダーと女武闘家だ。
結局あの後、三方から攻めてきたゴブリンの対応であったり、闇人と交戦したオールラウンダーが気絶して戻って来たこともあり、武道会は準決勝を行わずして中止となってしまったのである。今日は、その続きをしようというわけだ。
無論、槍使いや蜥蜴僧侶にも声を掛けたのであるが、いずれも冒険の予定が入っており、残念ながら参加は出来なかった。
冒険者とは明日をも知れぬ身。なかなかに、
「皆の予定が揃ってから……」
というわけにもいかないのである。
さて……。
事実上の決勝戦となったこの試合の審判を務めるのは、貴族令嬢である。監督官もまた、ハレの日が終われば組合の業務に戻らなければならず、
「最後まで司会やってみたかったなぁ」
と口惜しそうに呟いていたものだが、こればかりはどうにもならなかった。
「では、準備は良いですね?」
広場の中央に立つ二人へ、貴族令嬢が呼びかける。
対峙した二人は、片や楽しそうに、片や緊張の面持ちでこくりと頷いた。
「ゴクウ! 頑張れ!」
舞台の脇。広場を囲むようにして設けられた柵に寄りかかり、貴族令嬢一党の圃人野伏がオールラウンダーを応援するのに対し、
「小娘! 落ち着いて動きを見れば、いい線行けるはずだ!」
と、これは女武闘家の属する一党の頭である銅等級が、諦めの混じった声援を送っており、これを仲間の女魔術師が冷めた目で見ていた。
因みに言うと、武舞台はすでに撤去されてしまっている。なので、適当な枝で武舞台と同じ広さを囲む線を引き、そこから出たら場外……というルールとなっていた。
「はじめっ!」
貴族令嬢が掛け声とともに、二人の選手が跳び下がって距離を取る。……かと思われたが、
「ていっ!」
不意に、女武闘家が背後へ回し蹴りを放った。
確かな手応え。
いつの間にか女武闘家の背後に回っていたオールラウンダーが、それでも彼女の蹴りを、組んだ両腕できっちりと防御していた。
「やるなぁ! もうおめえに残像拳はきかねぇかもな」
笑顔でそう言うオールラウンダーへ、
「伊達に鍛えてないからね」
頬にうっすらと汗を流し、女武闘家が返す。
彼女は足を戻すと同時に素早く後方へ下がった。
そこへ、
「いくぞっ!」
疾風の如き速度で迫ったオールラウンダーが、真っ直ぐに拳を突き入れてきた。
「いっ……!」
冷や汗掻きつつも、なんとか上体を海老反りにしてこれを躱した女武闘家であったが、その隙にオールラウンダーが足払いをかける。
「うわっ!」
これに対処しきれず尻餅をつく女武闘家。そんな彼女の両足を、オールラウンダーはがっちりと掴んだ。
(場外へ落とされる……!)
これを察知した女武闘家は、勢いよく身を捻った。つられてオールラウンダーの体も、ぐるりと宙に円を描く。
彼の手が足から離れ、拘束を逃れた女武闘家は、
(今だ……!)
この機を逃すまいとして、容赦なくオールラウンダーの腹部を蹴り上げた……その足へ、するりと猿の尻尾が絡まった。
「あっ……!」
と驚く間に、地面へ足をつけたオールラウンダーが勢いよく尻尾を振り上げると、それに伴って女武闘家の体も大きく上がる。
「それっ!」
果たしてオールラウンダーが尻尾を振り下ろすと、彼女もまた地面へ強く叩きつけられた。
「へへっ。便利だろ、シッポ」
ひょろひょろと尻尾を揺らめかせながら、オールラウンダーが自慢げに言う。
(あの尻尾……厄介だな……)
収穫祭の夜。全裸となって帰って来たオールラウンダーの尻に猿の尾が生えていることに気付いた時は、他の面々同様に大きく驚いた女武闘家であるが、今はそんなことを気にしている時ではない。
(あの素早い動きを捉えても……尻尾で攻撃を受け流されちゃう……)
遠距離からの攻撃を持っていれば話は変わったであろうが、残念ながら女武闘家は魔術を習得していない。決め手は、接近戦による打撃しかなかった。
(こうなったら……当たって砕けろだ!)
半ば自棄気味に決意を固めた女武闘家は、地を蹴ってオールラウンダーへと肉薄した。
勢いを乗せて突き出した女武闘家の拳を、やはりオールラウンダーは尻尾を絡ませて受け流す。
舌を打った女武闘家が、がむしゃらに手を伸ばし、尻尾の根元を掴んだ。
その時である。
「あっ……!」
オールラウンダーが声を上げた。
彼はそのまま、女武闘家の腕に宙ぶらりんとなる。
「ち、力が……ぬける……」
情けなく半目となった彼の体を、
(なんかよくわかんないけど、今しかない!)
女武闘家は、ぐるりぐるりと体を振り回し、
「それっ!」
勢いを乗せて彼の体を投げ飛ばした。
枝で引かれた線の外側へ、彼の体が落ちた時、
「じょ、場外!」
貴族令嬢が、呆気に取られつつも勝敗を告げる声を上げた。
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