悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

 日もとっぷりと暮れ、ギルドの酒場は帰還した冒険者たちでやんややんやと賑わい始める。

 その一隅にある二つの円卓において、二組の冒険者一党がささやかな宴会を開いていた。

 ささやかな天下一武道会の続きを終えた、オールラウンダーと女武道家……そしてその仲間たちである。

 

 

「優勝おめでとうアンド準優勝おめでとう記念! かんぱぁい!」

 

 

 と圃人野伏の音頭に合わせ、一同はそれぞれ手にした盃を掲げた。

 

 

「おい、オールラウンダー。あんまり食うなよ。お宅の頭と折半とはいえ、俺は借金持ちなんだからな」

 

 

 銅等級が危惧するのへ、

 

 

「わかった」

 

 

 と言いつつ、オールラウンダーはすでに小鉢に盛られたサラダを五皿、スープを七杯、パンを十五ほど胃袋に収めている。

 顔を青くする銅等級へ、

 

 

「今夜は、こちらが出しますよ?」

 

 

 流石に気の毒に思った貴族令嬢が、隣の卓からそう言ったものだが、

 

 

「馬鹿言っちゃいけねぇ。折半は折半だ。遠慮するこたぁ、ねぇよ」

 

 

 銅等級は、意外にもそこのところはしっかりとしていた。

 

 

「それに、明日からもっとガンガン稼げばいい話だしな」

 

 

 彼がそう言うと、

 

 

「うへぇ……」

 

 

 若き剣士は気の抜けた声を上げて円卓に突っ伏し、

 

 

「私、まだ一日に呪文使える回数そんなにないんだけど……」

 

 

 女魔術師は、睨みつけるように頭目を見た。

 かくしてそんな二人の隣では、女武闘家が浮かぬ顔つきでスープを啜っていた。

 

 

「……どうした?」

 

 

 これに一番に気付いた剣士が声を掛けると、

 

 

「うん。……なんか、スッキリしない勝ち方だったなぁ、と思ってさ」

 

 

 匙で掬ったスープを見つめながら、女武闘家が呟いた。

 

 

「なんだ。納得してねぇのか」

 

 

 エールをぐびぐびと飲み干しながら声を掛ける銅等級へ、女武闘家はこくりと頷く。

 

 

「あたしがゴクウに勝てたのは、偶然ゴクウの弱点を突いたからなんです。だから、殆ど運で勝ったようなものなんです」

「なるほどなぁ。しかしよ。相手の弱点を突くのは、何も卑怯なことじゃねぇ。それに、運も実力の内って言うじゃねぇか」

「……そうですけど……」

 

 

 飽くまでも納得のいかぬ女武闘家を見て、銅等級は困ったように笑って溜息を吐くと、

 

 

「だったら、今度こそ実力で叩きのめせるようにしねぇとな」

 

 

 そう言って、力強く彼女の背中を叩いた。

 思わずスープをこぼしてしまった武闘家だが、僅かに笑顔をは戻ったようである。

 これを確かめた銅等級は、

 

 

「ほれ。そうと決まれば今日はお開きだ。明日からビシビシ依頼こなしていくぞ」

 

 

 手を叩き、腰に吊るした布袋を貴族令嬢へ手渡し、

 

 

「こっちの分の金だ。じゃ、そゆことで」

 

 

 不貞腐れる二人の若者に喝を入れ、宿へと足を運んでいく。

 それに続こうとした女武闘家は、ふとオールラウンダーの近くへ寄ると、

 

 

「ゴクウ! 次にやるときは、運じゃなくって実力で勝ってみせるからね!」

 

 

 そう言うや、さっさと銅等級たちの後を追いかけて行ってしまった。

 オールラウンダーは頬に詰めていた物をごくりと飲み干すと、

 

 

「オラだって! こんどはシッポもきたえてるからな!」

 

 

 大声と共に、大手を振って応える。

 他の冒険者たちが「ぎょっ……」として視線を向けるのへ、

 

 

「ソンさん。もう少し小さい声で……」

 

 

 貴族令嬢が恥ずかしそうに囁いた。

 

 

「……それにしても、まさかゴクウにも弱点があったなんてねぇ」

 

 

 葡萄酒を堪能しつつ、圃人野伏がそう言ったのへ、

 

 

「確かに……。ソンさんほど鍛えぬいた人でも、やっぱりそういうのってあるんですね」

 

 

 パンを齧った只人僧侶が乗っかった。

 オールラウンダーはサラダの盛られた小鉢へ手を伸ばしつつ、

 

 

「ああ。昔っからさ、シッポにぎられると力がぬけちまうんだ。死んだじいちゃんにも、しっかり鍛えとけって言われてたんだけど、今までちぎれちまってたから、鍛えるヒマなかった」

「……尻尾って、千切れても生えてくるものなの?」

 

 

 圃人野伏の問いに、

 

 

「オラのははえたぞ」

 

 

 にょろりにょろりと尻尾を動かし、オールラウンダーが答える。

 

 

(そんな蜥蜴の尻尾みたいに……)

 

 

 と圃人野伏は思ったが、実際問題この間まではなかった猿の尻尾がオールラウンダーの尻から生えているのだから、もはや何も言えなかった。

 さて……。

 それからようやっとオールラウンダーの胃袋も満足したようで、いよいよ会計と相成った。

 貴族令嬢は銅等級が残した革袋を開け、

 

 

「……」

 

 

 思わず言葉を失った。

 銀と銅の硬貨が入り混じって、金貨に換算して七枚ほど。オールラウンダーが食した物の、半分の額もなかった。

 

 

「折半って言いつつ、自分たちの食事代だけだね……」

 

 

 圃人野伏が、同情したように貴族令嬢の肩へ手をやる。

 これからしばらくの間、オールラウンダーへの厳しい食事制限が一党の中でなされたのは言うまでもない。

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