「面白い子だったね」
監察官は、たったいま昇級審査の面接を終えて応接間を後にした少年について、簡素な感想を述べた。
その横では、
「じょ、情報が多すぎる……」
頭から蒸気を吹き出しながら、それでもなんとか面接録を作成している受付嬢の姿があり、
「ふふ……」
更に横では、銀等級冒険者の魔女が、妖しい笑みを浮かべていた。
昇級審査においては、上位の冒険者が「立会人」として同席するのが常なのである。尤も、魔女が選出された理由は、また別のことであったが……。
「……まぁ、年齢詐称はよくないよね」
同僚の指摘を受け、
「うっ」
と受付嬢は筆を止める。
ちらりと横目に監督官を見ると、彼女は胸元にある、天秤と剣とを組み合わせた、至高神の聖印へ指を触れながら、
「下限より、彼は三歳も若い。まるっきりの子供だよ」
そう言った後で、
「まぁ、積み重ねてきた経験は、子供どころか、上級の冒険者にだって肩を並べるほどだけどさ」
と、柔和な笑みを浮かべた。
これを受けた受付嬢は、
「その……本当にごめんなさい……」
まるで子供のように頭を下げる。
監督官は、やはり温厚な笑みをたたえたまま、
「いいよ、いいよ」
と宥め、
「聞けば彼、何度かゴブリンの巣に潜っては、その度に生きて帰って来たそうじゃない」
それに気付いたか、気付かぬままか。監督官は更に続けた。
「生き残りの冒険者って、かなり貴重だからね。まぁ、さっきの話からすれば、当たり前ではあるんだけどさ。初めてだよ。強がりとかじゃなくて、悪魔を『たいしたことない』って評価する冒険者」
しかも、最下級の白磁なのに。監督官は、今一度聖印をなぞった。
「……その……《
恐る恐る受付嬢が尋ねると、
「どれもこれも、嘘じゃないね」
きっぱりとした返答が戻ってくる。
監督官の言葉を聞いてなお、受付嬢は面接で聴いた少年の話が、にわかには信じられなかった。
死者の蘇生すら叶えてくれる宝玉に、人を乗せて空を飛ぶ雲。悪魔や死人を使役する占い師。そして、只人に生える尻尾。この中で雲の存在だけは目にすることができたが、それをもって一気に全てを信じろというのは、土台無理な話であった。
彼女の《
果たして、未だ混乱消えぬ受付嬢を他所に、監督官は魔女へと視線を移し、
「彼に、十五歳だと偽るように仕向けたのは、あなたでしたっけ?」
と問う。
魔女は、
「ええ、そう」
躊躇うことなく答えた。
「規定違反を促すのもまた、規定違反行為ですよ」
監督官が言うと、
「ええ」
魔女はしっかりと頷いた後で、
「でも、あの子は、歳のわりに、過ぎた力が、あるわ」
「……下手に無頼漢として動かれるより、ギルドで動向を把握した方がいい、と?」
「素直で、真面目は、いいけれど、それが過ぎると、危険、だもの」
「ふぅん……」
監督官は、少しばかり俯いて逡巡した後に、
「まぁ、組合としても喜ばしいことなんですけどね。彼のおかげで、初心者たちは堅実に経験を積んでくれてる」
「それだけ、彼らがここへ戻って来てくれる確率が高くなる、ってことですからね」
そう呟いた受付嬢の表情は、どこか物悲しげ。
途端に場の空気は静まり返り、それを打ち破ったのは魔女であった。
「で、も……いい、の? あの子に、あんな、依頼」
「依頼じゃなくて、特例を認めるための最終試験みたいなものですよ。それが達成出来たら、まぁ年齢については黙認してあげる、ってだけ」
「もっと、固い、人かと、思ってた」
魔女に言われた監督官は、にこりと微笑むや、
「ただ法を守るのではなく、何故にそういう法や秩序があるのか。そこからを考えるのが大事ですから」
そう言って、つかつかと窓際へ歩み寄り、
「それに、もう何人かは例外が出ちゃってるみたいですし」
と、窓ガラスから外を見下ろした。
ギルド裏手の広場で、重戦士が新米の冒険者に稽古をつけてやっているのが見えた。
避けては通れぬ年齢問題。でも、あの空白の三年間が書きたかったので致し方なし。
そのしわ寄せとして、監督官さんが結構だいたんなことになってます。お許しを。
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