悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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十一番目の物語
其の一


 曇天の下。左右に広がる森の間を突き抜ける街道を、オールラウンダーは一人黙々と歩いていた。

 目指すは辺境の街。彼は今さっき、『仕事』を終えたばかりであった。

 それはありふれた、ゴブリン退治の依頼。村の近くの洞窟にゴブリンが巣食ってしまったので、村を襲われ、娘たちが攫われる前に対処してほしい、というもの。

 折悪く新米の冒険者たちは出払っており、一部を除いて熟練の冒険者たちもゴブリン退治など眼中にない。

 果たしてその『一部』の熟練者とて、他方へのゴブリン退治に精を出しているというので、

 

 

「だったら、オラがいくよ」

 

 

 オールラウンダーは二つ返事で応えた。

 

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 

 この時に対応に出た監督官は、すでにオールラウンダーの力量をその目に焼き付けているので、彼が単独でゴブリンの巣へ向かうことになんら戸惑いはなかった。

 

 

「そういえば……令嬢さんたちはどうしたの?」

 

 

 それこそ春先以来だろうか。たった一人でギルドを訪れたのを珍しがった監督官へ、

 

 

「家に帰った」

 

 

 オールラウンダーは淡々と告げた。

 

 

「……実家に帰らせていただきます、ってやつ?」

「?」

 

 

 揶揄い半分で放った監督官の言葉を、「それはどういう意味だ」と心底思いつつオールラウンダーは首を傾げる。

 このような対応をされると、なんだか振った本人が恥ずかしくなってきて、

 

 

「……なんでもない」

 

 

 と項垂れてしまった。

 それでもオールラウンダーは暫く彼女の言葉の意味を探り当てようとしたのだが、やがて諦めて、

 

 

「うちから手紙がきたんだと」

 

 

 監督官へ理由を話してやった。

 それは、今から三日前のことである。

 収穫祭、そして天下一武道会が終わって落ち着いたころ、貴族令嬢宛に手紙が届いた。

 初め、水の街のことを思い出して用心していた一党だったが、封を開けてみれば、送り主の正体は令嬢の父親。

 

 

「そういや頭のお父さんって、病的な親ばかだよね」

 

 

 赤茶けた髪を揺らして笑う圃人野伏の横で、顔を赤くしながらも貴族令嬢は否定が出来ずにいた。

 

 

「ねえちゃんのとうちゃんにあったことあるのか?」

 

 

 一党を順繰りに見つめたオールラウンダーが問うのへ、

 

 

「この一党を結成した時に、な」

 

 

 森人の魔術師が、困ったように笑いながら答えた。

 

 

「可愛い一人娘が家を出て……しかも冒険者などという、明日をも知れぬ身となったことを心配していてな。以前は七日に一回の頻度で、安否を確かめる手紙を送って来たものさ」

「それじゃあ郵送にかかるお金も勿体ないし、お父様の心労も絶えないということで、少しでも安心材料になればと、一党である私たちがご実家へ行って、なんとか安心させたんです」

 

 

 魔術師の言葉を引き継いだ只人僧侶。そこから更に貴族令嬢が、

 

 

「それでも、一年に一回はこうして、家に帰ってこい、って手紙が来るんです」

 

 

 困惑と懐かしさを混ぜたようにして、笑った。

 

 

「で、本当なら皆で帰りたいところなんだけど……」

 

 

 言葉を濁した圃人野伏が、申し訳なさそうにオールラウンダーを見る。

 

 

「頭のお父さんが勘違いしそうだからさ。悪いけどゴクウ、わたしたちが頭の家に行ってる間、この街で待っててくれない?」

 

 

 これへオールラウンダーは、

 

 

「いいよ」

 

 

 特に寂しさを覚えることもなく、こくりと頷いた。

 かくして、今日に至るわけである。

 

 

「なるほどねぇ」

 

 

 話を聞き終えた監督官は、

 

 

「お父さんの気持ちも分からなくはないかなぁ」

 

 

 と天井を仰いで呟いたものだが、オールラウンダーにはその意味がよく分からなかった。

 ……さて。

 場面を、冒頭部分に戻そう。

 帰路を歩くオールラウンダーの頭頂に、ぽつりと冷たい感覚。

 

 

「おっ」

 

 

 これに気付いたオールラウンダーが空を見上げると、透明で小さな粒が、ひとつふたつと天から落ちてくる。

 それはやがて数を増し、瞬く間に土砂降りとなった。

 

 

「わわっ!」

 

 

 いくら常人ならざる鍛え方をしているとはいえ、激しく降りつける雨に対してもへっちゃらというわけにはいかない。

 オールラウンダーは両手で頭を庇いつつ、どこか雨宿りに丁度いい場所はないかと、脇に広がる森の中に飛び込んだ。

 鬱蒼とした森の中は、天に伸びる木々の葉が飴受け皿となっているためか、雨粒が少ない。しかし、オールラウンダーの道着はすでに濡れ切ってしまっていた。

 別段、裸になることに抵抗のないオールラウンダーなのだが、どうにも街中では裸になるのはいけないことらしい、というのを最近になって理解し、

 

 

(どっかで道着かわかしてこうかな)

 

 

 思いつつ、適当な場所はないかと森を歩くこと三十分ばかり。

 気が付くと、オールラウンダーは開けた場所に出ていた。前方には、ぽっかりと口を開けた洞穴もある。

 依頼を終えたばかりということもあり、

 

 

(あの緑色のやつらがいるかもしれねぇ……)

 

 

 オールラウンダーは警戒しつつ、

 

 

(そうなったら、やっつけてやる。でもって、そこで道着かわかそう)

 

 

 と決めた。

 一歩、また一歩と洞窟の奥へ進む度に、激しい雨音が遠ざかり、ぴちょりぴちょりと水滴が地面へ滴り落ちる音が響く。

 

 

(おっかしいな……)

 

 

 オールラウンダーは首を傾げた。

 くんくんと鼻をひくつかせても、ゴブリンどもが放つ独特の異臭が全く伝わってこないのである。

 やがてオールラウンダーは、洞窟奥の広間に出た。

 出て、

 

 

「おっ」

 

 

 と声を出した。

 そこには、すでに先客がいたのである。

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