悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の四

 雨が上がったのは翌日の朝になってからであった。

 

 

「う……くっ……」

 

 

 目を覚まし、軽く伸びをしたオールラウンダーは、周囲を見てふと気づいた。

 

 

「じいちゃんたちがいねぇ……」

 

 

 洞窟最奥の広間から、すでに老爺と少女の姿が消えていたのである。

 

 

「うちにかえったのかな……」

 

 

 呟きつつ、外に出たオールラウンダーは眩い日光に目を細める。

 今日は一日快晴の兆しだ。

 

 

「ん……?」

 

 

 辺境の街へ向けて、一歩前進した時。オールラウンダーはその鼻をひくつかせた。

 犬並の嗅覚を誇る彼の鼻が、かの老爺と少女の匂いを捉えたのである。

 

 

「……こっちだ」

 

 

 地面へ四つん這いとなり、鼻をひくひくと動かしながら、オールラウンダーは自然と匂いのする方を追いかけていた。

 大雨と、それによってぬかるんだ大地は、昨晩までの足音を洗い流し、代わりに今朝洞窟を発ったと思われる老爺たちの足取りをしっかりと残してくれている。

 その足跡と匂いを追って、四時間ばかりが経過した頃であろうか。

 日はすっかり天の頂まで昇り、今頃ギルドの酒場は昼餉を待ち望む来客たちの対応でてんやわんやとなっていることだろう。

 雲がゆっくりと過ぎていく空の下、遠くに山を望む丘陵地帯に、その小さな村はあった。

 小さく設けられた神殿らしき建物を中心に、七つの家々が点在している。

 そのうちの一つで、これは他のより一回り大きな家の前で、オールラウンダーは足を止めた。

 畑仕事を終えた農夫や、水汲みをしている老婆が、この少年を珍しげな目で見ている。

 外部からの客など、滅多にいないのだろう。

 そんな周囲の視線も気にせず、オールラウンダーは家の自由扉を開けて中に入った。

 屋内は、外見通りの広々とした空間が広がっていた。

 円卓が四つほど設けられており、一つの卓につき四つの丸椅子が設置されている。

 他にはカウンターテーブルも用意されており、その向こう側には酒瓶をいくつも並べた棚がある。どうやらここは酒場のようだ。

 客場の奥には、恐らくは店の者が寝起きしている空間へと続くであろう廊下への入り口が見える。

 ……と。その入り口から、ひょっこりと顔を出す者がいた。件の、盗賊の老爺である。

 

 

「あっ……! お前さんは……!」

 

 

 老爺は、流石にオールラウンダーの来訪に目を見開いて、重ねて持っていた真っ白な皿を落としそうになった。

 そんな老爺の背後から、やはり洞窟で出会った少女が、やはり白い丸皿を持って、顔を覗かせる。

 

 

「……お前さん、ついてきたのかえ」

 

 

 老爺が、溜め息の後に問うのへ、

 

 

「うん。ニオイをおってきた」

 

 

 オールラウンダーは素直に、しかしどこかぎこちなく頷く。

 彼とて、再度老爺たちに会ったところで何をしようかなど、考えてはいなかった。

 冒険者の役目として盗賊を捕らえるつもりもなければ、老爺と世間話をしに来たわけでもない。

 自分でも何がしたいのか、オールラウンダーには分からないでいたのだ。

 そんな彼の胸中を察して……というわけでもないだろうが、

 

 

「……折角だ。なんか、飲んでいくか」

 

 

 困ったように笑った老爺は、オールラウンダーを円卓の一席へと誘い、

 

 

「お前は、奥で自由に休んでいていいよ」

 

 

 少女に言いつけておき、自分はカウンターへと入っていった。

 慣れた手つきで老爺がこさえたのは、一見するとただの牛乳であったが、

 

 

「あまい!」

 

 

 一口飲んで顔を綻ばせたオールラウンダーは、これを瞬く間に飲み干してしまった。

 

 

「ただの牛乳じゃねぇ。卵に砂糖を混ぜ合わせたのさ」

 

 

 老爺が、どこか得意げに種を明かしたところで、またもや酒場の自由扉が開いた。

 入って来たのは、片や巌のような体躯をした逞しい大男。片や、そんな男の腰元ほどの背丈をした、腰の丸まった親仁。

 大男は一瞬、オールラウンダー……その首に下げられた銀の認識票を見て顔を顰めたものだが、やがて何かを思い直したようで、

 

 

「ちょいと、お話が……」

 

 

 老爺に囁き、先に奥へ通じる廊下へと姿を消していった。

 これに腰を丸めた親仁が続き、

 

 

「坊主。今日はこれで店じまいだ。暗くなる前にお帰り」

 

 

 最後に、老爺がそう言って奥へ消えようとするのへ、

 

 

「なぁ!」

 

 

 オールラウンダーが呼び止めた。

 呼び止めたがしかし、次の言葉が出てこない。

 何を言うべきか、彼には分からなかった。

 老爺は、どこか優しい目つきで少年の言葉を待っている。

 

 

「……また、きていいか?」

 

 

 結局、少年がひねり出したのはこの一言だった。

 それでも老爺は、

 

 

「ああ。いつでもおいで」

 

 

 優しく、柔らかく。少年へ応じると今度こそ奥へと消えていった。

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