悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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果たして「おひさしぶり」なのか、「まだ二か月」なのか。


其の五

 酒場店主の老爺。巌のような大男。腰の曲がった親仁。大の男三人が額を寄せて話し合っている様を、一人の少女が不思議そうに見守っている。

 

 

 

「ふぅむ……」

 

 

 

 やがて話が終わると、老爺は深い溜息を吐き、次いで傍にあった煙管を手にし、これを吹かし始めた。

 

 

 

「頭。どうします?」

 

 

 

 怪訝な顔で煙管を咥える老爺へ、大男がずいと寄る。

 老爺はすぐには答えなかったけれども、少しの間を置いて煙を吐き出すと、

 

 

 

「こんなことなら、あの坊主を帰すのではなかったな……」

 

 

 

 呟きざま、舌を打った。これを聞いた大男は、

 

 

 

「すると、頭。あの小僧は、やはり……?」

 

 

 

 興奮気味に距離を詰めるのへ、老爺は苦笑いをして頷き、

 

 

 

「黒曜の冒険者様さ。ふ、ふふふ……。俺はな、あの坊主にてめぇのことをすっかり喋ってしまったよ」

 

 

 

 老爺の告白を聞き、大男は青ざめ、対照的に腰の丸まった親仁は、

 

 

 

「ほほう……」

 

 

 

 まるで猫のように目を細め、髭のない顎を撫でつつ、にやにやと笑った。

 老爺もまた、楽し気に笑ったものだが、それも一瞬の事。再び気を引き締めた表情となるや、

 

 

 

「おい。紙を出してくれ」

 

 

 

 親仁に向かって命じた。

 親仁は部屋の隅に置いてあった長方形の箱から、一枚の羊皮紙と一本の羽、そして墨の入った小瓶を取り出し、これを受け取った老爺は、何やらすらすらと紙にしたため始めた。

 老爺が書いたのは、『依頼書』であった。

 内容は、

 

 

 

「これこれこういう村で、盗賊の一味が村を占領している。至急、冒険者を派遣してほしい」

 

 

 

 というもの。

 老爺はこの依頼書に丹念に封をして、

 

 

 

「この村にきて早速で悪いが、お遣いだ。この手紙をな、今から俺が言う街にある、冒険者のギルドというのへ届けておくれ」

 

 

 

 そう言って、小さな革袋とともに少女へ託した。

 袋は、やけに角ばっている。

 封と袋とを受け取った少女は、きょとんとした面持ちとなったが、

 

 

 

「さ、急いでおくれ。店の裏に馬小屋がある。目一杯に飛ばせば、月が昇るか昇らないかという頃に街につくはずだ。なぁに。心配はいらない。ここから南東へ真っ直ぐに馬を走らせればいいのだ。俺の馬も頭がいい。お前がしっかり跨っていれば、必ず街へ送り届けてくれるさ」

 

 

 

 老爺に言い含められ、何が何やら分からぬうちに馬へ乗せられ、

 

 

 

「さぁ、頼んだぞ」

 

 

 

 老爺の声に応えるように嘶きを発した馬によって、彼女の体は辺境の街へと向かったのである。

 これを見送った後で老爺は、

 

 

 

「さて、俺たちも支度をしなくてはなるまい」

 

 

 

 そう言って大男へ向き直ると、

 

 

 

「今一度確認するが、あの話は本当なんだな?」

 

 

 

 念を押した。

 大男はゆっくり頷き、

 

 

 

「確かなことで。村の周りに、真新しい小鬼の足跡が二、三。ありゃ、王が率いる軍隊かと……」

 

 

 

 そう言ったではないか。

 この物語でも以前、ゴブリンの『王』が率いる軍勢に纏わる話をしたことがある。

 都を攻め落とす、という大きな夢を持ったゴブリンの王は、その計画の第一歩として、辺境の街の近くにある牧場に目をつけた。

 この時は、小鬼退治を専門とする奇特な冒険者の察知と、ギルドの冒険者総出での激しい戦いによって、奴らめを殲滅することが出来た。

 しかし、今回の場合はどうか。

 察するに、小鬼の軍団が攻め入ってくるのは今夜の事。果たして、今は夕刻。時間が無い。

 今のところ戦力と呼べるのは、老爺を含めて、彼の手下である大男と親仁の三人だけ。

 老爺率いる盗賊団がこれで全てではないのだが、何分にも人数がいるため、各地に『拠点』を張っており、そこへ人員を割いてしまっているのだ。

 

 

 

(今から仲間に知らせたとて、とても間に合わぬ……)

 

 

 

 老爺はそう踏んでいる。

 そこで冒険者ギルドへ協力を要請したわけだが、

 

 

 

(ギルドには小鬼を専門とした物好きがいるとは聞いたが……そ奴が常にいるとは限らん。大体の冒険者は、小鬼相手など見向きもせんだろう。ならば、盗賊の一味が村を占領した……とする方が、少しは食いつきも良くなるはず……)

 

 

 

 老爺が依頼書の内容を素直に書かなかったのは、そういった思惑があったからであった。

 もはや、村など見捨ててさっさと逃げてしまえばいい話ではあるが、

 

 

 

(あんな薄汚い奴らの毒牙に、堅気の人達をかからせてはならねぇ……)

 

 

 

 この思いが、老爺を村へ留まらせていた。

 

 

 

「お前ら。最期まで、俺について来てくれるか?」

 

 

 

 老爺が、じろりと目を向け問いかけるのへ対し、大男と親仁はすかさず頷いたものである。

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