酒場店主の老爺。巌のような大男。腰の曲がった親仁。大の男三人が額を寄せて話し合っている様を、一人の少女が不思議そうに見守っている。
「ふぅむ……」
やがて話が終わると、老爺は深い溜息を吐き、次いで傍にあった煙管を手にし、これを吹かし始めた。
「頭。どうします?」
怪訝な顔で煙管を咥える老爺へ、大男がずいと寄る。
老爺はすぐには答えなかったけれども、少しの間を置いて煙を吐き出すと、
「こんなことなら、あの坊主を帰すのではなかったな……」
呟きざま、舌を打った。これを聞いた大男は、
「すると、頭。あの小僧は、やはり……?」
興奮気味に距離を詰めるのへ、老爺は苦笑いをして頷き、
「黒曜の冒険者様さ。ふ、ふふふ……。俺はな、あの坊主にてめぇのことをすっかり喋ってしまったよ」
老爺の告白を聞き、大男は青ざめ、対照的に腰の丸まった親仁は、
「ほほう……」
まるで猫のように目を細め、髭のない顎を撫でつつ、にやにやと笑った。
老爺もまた、楽し気に笑ったものだが、それも一瞬の事。再び気を引き締めた表情となるや、
「おい。紙を出してくれ」
親仁に向かって命じた。
親仁は部屋の隅に置いてあった長方形の箱から、一枚の羊皮紙と一本の羽、そして墨の入った小瓶を取り出し、これを受け取った老爺は、何やらすらすらと紙にしたため始めた。
老爺が書いたのは、『依頼書』であった。
内容は、
「これこれこういう村で、盗賊の一味が村を占領している。至急、冒険者を派遣してほしい」
というもの。
老爺はこの依頼書に丹念に封をして、
「この村にきて早速で悪いが、お遣いだ。この手紙をな、今から俺が言う街にある、冒険者のギルドというのへ届けておくれ」
そう言って、小さな革袋とともに少女へ託した。
袋は、やけに角ばっている。
封と袋とを受け取った少女は、きょとんとした面持ちとなったが、
「さ、急いでおくれ。店の裏に馬小屋がある。目一杯に飛ばせば、月が昇るか昇らないかという頃に街につくはずだ。なぁに。心配はいらない。ここから南東へ真っ直ぐに馬を走らせればいいのだ。俺の馬も頭がいい。お前がしっかり跨っていれば、必ず街へ送り届けてくれるさ」
老爺に言い含められ、何が何やら分からぬうちに馬へ乗せられ、
「さぁ、頼んだぞ」
老爺の声に応えるように嘶きを発した馬によって、彼女の体は辺境の街へと向かったのである。
これを見送った後で老爺は、
「さて、俺たちも支度をしなくてはなるまい」
そう言って大男へ向き直ると、
「今一度確認するが、あの話は本当なんだな?」
念を押した。
大男はゆっくり頷き、
「確かなことで。村の周りに、真新しい小鬼の足跡が二、三。ありゃ、王が率いる軍隊かと……」
そう言ったではないか。
この物語でも以前、ゴブリンの『王』が率いる軍勢に纏わる話をしたことがある。
都を攻め落とす、という大きな夢を持ったゴブリンの王は、その計画の第一歩として、辺境の街の近くにある牧場に目をつけた。
この時は、小鬼退治を専門とする奇特な冒険者の察知と、ギルドの冒険者総出での激しい戦いによって、奴らめを殲滅することが出来た。
しかし、今回の場合はどうか。
察するに、小鬼の軍団が攻め入ってくるのは今夜の事。果たして、今は夕刻。時間が無い。
今のところ戦力と呼べるのは、老爺を含めて、彼の手下である大男と親仁の三人だけ。
老爺率いる盗賊団がこれで全てではないのだが、何分にも人数がいるため、各地に『拠点』を張っており、そこへ人員を割いてしまっているのだ。
(今から仲間に知らせたとて、とても間に合わぬ……)
老爺はそう踏んでいる。
そこで冒険者ギルドへ協力を要請したわけだが、
(ギルドには小鬼を専門とした物好きがいるとは聞いたが……そ奴が常にいるとは限らん。大体の冒険者は、小鬼相手など見向きもせんだろう。ならば、盗賊の一味が村を占領した……とする方が、少しは食いつきも良くなるはず……)
老爺が依頼書の内容を素直に書かなかったのは、そういった思惑があったからであった。
もはや、村など見捨ててさっさと逃げてしまえばいい話ではあるが、
(あんな薄汚い奴らの毒牙に、堅気の人達をかからせてはならねぇ……)
この思いが、老爺を村へ留まらせていた。
「お前ら。最期まで、俺について来てくれるか?」
老爺が、じろりと目を向け問いかけるのへ対し、大男と親仁はすかさず頷いたものである。
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