悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の七

 盗賊団の老爺たちが小鬼どもの軍と一戦を交えた、その少し前の事であるが……。

 辺境の街の冒険者ギルドへ、息せき切って駆け込んで来た一人の依頼者の姿を見ることが出来る。

 その依頼者は、頭まですっぽりと外套を被っており、腰に巻いた帯には何やら角ばった革袋を吊るし、

 

 

 

「ど、どうしました?」

 

 

 

 その様子を見て只ならぬものを感じ取ったギルドの受付嬢へ、

 

 

 

「……! ……!」

 

 

 

 息苦しさの余り言葉も発せないのだろう。懐から、何やら封筒を一つ取り出すと、これを訴えるような目つきで受付嬢へ差し出した。

 すぐさま受付嬢は封を切り、中身を確認する。つい先ほど業務時間が過ぎたばかりなのだが、依頼者のひっ迫した様子を見ては、そうも言っていられない。

 慣れた手つきで封を切ると、中に入っていたのは一枚の羊皮紙。そこには、

 

 

 

『そちらのギルドがある街から北西へ真っ直ぐ行ったところに、寂れた村があります。どういうわけか、そこへ盗賊団が押し入りを仕掛けています。どうか、冒険者を派遣してくださいますよう……』

 

 

 

 と記されていた。

 受付嬢が『依頼書』を読み終えたと知った依頼者は、次いで腰に吊るした革袋をカウンターへと置き、口の紐を解いて中身を乱暴に振るい落とした。

 金、銀、銅の貨幣の他に、紅玉、翠玉、青玉といった宝石の嵌められた指輪や首飾りがそこにはあった。恐らく、これが報酬なのだろう。

 

 

 

(……?)

 

 

 

 しかし、受付嬢は訝しんだ。

 依頼書の主が、『寂れた村』の住人であることは間違いないだろう。仮に他所の人間が盗賊団の襲撃を察知したとして、これほど高価な報酬を提示してまで、『寂れた村』を助ける義理も利点もないのである。

 だが、それとするならば、『寂れた村』の住民が、金銀の貨幣やら高価な装飾品やらを報酬として差し出しているのも、奇妙である。

 長らくこの稼業に身を置いてきた彼女は、『寂れた村』からの依頼者が、ギルドを……ひいては冒険者を頼るためにどのような報酬を差し出してきたかを散々に見てきた。

 彼らが示す報酬は、銅貨の山に混じった少しばかりの銀貨と、相場が決まっているのである。

 なんとも不釣り合いな報酬。さて、どうしたものかと悩んでいるところへ、

 

 

 

「あっ、おめぇ……」

 

 

 

 と割り込んできたのは、山吹色の道着を纏った少年。オールラウンダーだ。

 彼の姿を見た外套姿の依頼者は、頭の頭をすっぽりと外した。

 露わになったのは、瞳一杯に涙をためた、少女の顔。

 彼女は、縋る様にオールラウンダーの両手を取り、何かを訴えた。

 言葉こそなかったが、オールラウンダーは何かを感じ取ったらしく、

 

 

 

「……じいちゃんたちが、あぶねぇんだな!?」

 

 

 

 その言葉に、少女は何度も頷いてみせた。

 

 

 

「あ、あの……オールラウンダーさん……?」

 

 

 

 ただ一人、事態を呑み込めぬ受付嬢が言葉をかけるのへ、

 

 

 

「ねえちゃん! オラ、こいつの村にいってくる!」

 

 

 

 言うや、オールラウンダーは受付嬢の返事も待たずに外へと飛び出した。

 飛び出すや否や、

 

 

 

「筋斗雲っ!!!」

 

 

 

 オールラウンダーが夜空へ呼びかけると、彼方から尾を引いて、金色の雲が飛来してくる。

 

 

 

「じいちゃん、ちょっとだけ約束やぶっちゃうけど、ごめんな!」

 

 

 

 言うと同時に、オールラウンダーは雲へと飛び乗り、

 

 

 

「それっ!」

 

 

 

 掛声を出すと、それに呼応するかのように金色の雲が空へと舞い上がった。

 辺境の街の、見張り塔すらも越える高さまで上昇したところで、

 

 

 

「じいちゃんたちの村は……あっちだな!」

 

 

 

 真っ直ぐに北西を見つめ、

 

 

 

「よろしくな、筋斗雲!」

 

 

 

 雲へ声を掛けつつ、瞬く間に空を駆けた。

 金色の雲……筋斗雲が空を突き抜ける速度は、馬が地を往くよりも数倍早い。

 あっという間に辺境の街からの光は豆粒ほどにもなり、眼下には鬱蒼とした森が広がるだけになった。

 ……と。

 闇と、木々から生える幾多もの葉との間に、オールラウンダーはあるものを見た。

 緑色の小さな怪物どもが、一人の大男へ今にも襲い掛からんとしているのだ。

 大男の背後には、怯えたように縮こまる人々の姿もあった。

 オールラウンダーは、大男に見覚えがあった。

 

 

 

「じいちゃんの店にいたおっちゃんだ!」

 

 

 

 叫ぶや、オールラウンダーはすぐさま筋斗雲を急降下させた。

 

 

 

「くそったれ……!」

 

 

 

 果たして地上では、かの盗賊団の一味である大男が、村からなんとか脱出させた人々を庇いつつ、十五もの小鬼を相手にしていた。

 これが大男一人と小鬼十五なら、

 

 

 

(なんでもねぇ……)

 

 

 

 のだが、いかんせん他人を……それも大勢を守りながら戦うというのは、骨の折れることであった。

 うかつに村人たちへ、

 

 

 

「逃げろ!」

 

 

 

 とも言えぬ。他に小鬼が隠れている可能性も充分に考えられるからだ。

 終わりの見えぬ戦いに大男が舌を打った、まさにその時。

 

 

 

「だりゃっ!」

 

 

 

 空から、気合声と共にオールラウンダーが飛来し、たちまち小鬼の一匹を殴り飛ばした。

 

 

 

「あっ、お前は……!」

 

 

 

 大男が、突然の乱入者に驚いている間にも、オールラウンダー二匹目、三匹目の小鬼を殴り、蹴り飛ばしていく。

 気が付けば、十五匹全ての小鬼を、オールラウンダーが斃してしまっていた。

 どうやら、他に小鬼どもが隠れている様子もないらしい。

 

 

 

「た、助かった……」

 

 

 

 村人たちが、へなへなと腰を下ろしていく一方で、

 

 

 

「小僧。お前が来たということは……あの娘が、ギルドへ来たんだな?」

 

 

 

 大男が問いかけるのへ、

 

 

 

「うん。すっげぇいそいでるみたいだったからさ。おっちゃんたちになにかあったんじゃねぇかとおもって」

「……まさにその通りだ。この先の村で、恐らくは頭たちが小鬼の群れ……いや、軍隊とも呼べる規模の奴らと戦っているはずだ」

「……そっか」

「頼む。助けに行って欲しい。俺も、この人たちを近くの村へ送り届けたら、すぐに加勢に行く」

「うん。わかった。こっちはまかせといてくれ」

 

 

 

 力強く頷いたオールラウンダーは、小さいながらも大男には頼もしく見えた。

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