(もう、いかん……)
盗賊団首領の老爺は、肩で息をしつつ、絶望に満ちた面持ちであった。
まさかに
村に残ると決めた時から、すでに命を捨てた覚悟……そのはずであった。だが、いざともなると、やはり命を失うことに少なからずの恐怖を覚えるものだ。それが、人情というものである。
自分と共に村へ残ってくれた親仁は、これもやはり息を切らし、自由の利かなくなった左腕を庇い、それでも感心に田舎者へ敵意の目を向けている。一時でも時間を稼ごうというのだ。
対峙した田舎者が、そんな親父のちっぽけな勇気を嘲り、手にした棍棒……いや、大木をそのまま引き抜いたかのようなものを振り上げた、まさにその時だ。
「GYA!?」
田舎者が目を見開き、首元を掻きむしるようにしたかと思えば、まるで地鳴りのような音を立て、その場に倒れ伏したのである。
(……ぼ、冒険者か……? い、いや……それにしては早すぎる……)
老爺も親父も、そして小鬼の軍隊もまた、倒れた田舎者の後方を見やった。
月明かりに照らされ、村へと割り込んでくる影が五つ。
一つ。錫杖をしっかりと握りしめ、しかし強く敵を睨みつけている神官衣に身を包んだ少女。
一つ。狩人装束を纏い、その細腕で大弓を引っ提げた森人。
一つ。民族衣装がやけにしっくりとくる、竜牙の如き刃を構える蜥蜴人。
一つ。さして興味もなさそうに、白くて長い顎鬚を扱きつつ状況を見据える鉱人。
そして最後の一つ。鈍色に輝く鎧で身を固めた、やけに無作法な足取りの只人。
「ほらね。オルクがいたでしょ? 私の耳が間違うことなんかないんだから」
森人の少女が、得意げに耳を鳴らして言うのへ、
「そうか」
鎧の只人が、やけに不愛想で低い声を以って相槌を打つや、飛びかかって来た小鬼の一匹を、左腕の払いで殴り飛ばした。
彼の左腕には、円形の小さな盾が括りつけられている。
仲間が吹き飛ばされ、しかし仲間意識など皆無な小鬼どもが、都合のいい怒りを湧き上がらせた。
殿の……恐らくは殺めた冒険者の頭蓋骨を頭に被った奴が、何やら指示を飛ばした。
呪文遣いがぶつぶつと呟き始め、その隙を補うかのように、小鬼の波と二匹の田舎者が冒険者たちへ殺到する。
神官少女がより強く錫杖を握りしめ、森人が矢をつがえ、鉱人が小石に紐を括りつけたものを振り回し、鎧男と蜥蜴人が前に出る。
……と、そこへ。
「だりゃっ!」
またも、乱入者が現れた。
月夜を背に、常人では決してあり得ぬ跳躍を見せたその者は、橙色の拳法着に身を包んでいる。オールラウンダーだ。
そのまま小鬼の群れの中心に落ちた彼は、手始めに田舎者へと飛びかかった。
「あっ、あいつ……!」
森人が声を上げるのと、
「ソ、ソンさん!」
神官の少女が驚いたのとが、殆ど同時であった。
小鬼には勿論の事、冒険者たちにとっても、オールラウンダーの乱入は衝撃的であったらしい。
しかし、鎧男に蜥蜴人、鉱人たちの三名はとりわけ驚く様子も見せず、
「世間は狭いものですなぁ」
言うや、勇躍した蜥蜴人が刃を振るって三匹の小鬼の首を刎ねた後で、
「まったくだ」
頷いた鉱人の手から離れた小石が、呪文遣いの一匹の鼻柱を打つ。
めっきり数の勢いを失ってしまった小鬼の群れへ、鎧男が容赦なく飛び込んでいき、右手に掴んだ中途半端な長さの剣を持って突き刺し、あるいは左腕に括り付けた盾で殴り飛ばしていく。
二人の女冒険者たちも、すぐさま状況に適応し、森人が流れるように矢を放ち、その後ろで神官は戦況を見守っている。
老爺もまた、立ち上がった。
これを最初に見た森人が、
「ちょっと! じっとしてた方が良いわよ!」
言ったものだが、老爺はこれを無視し、小鬼の一匹へ飛びかかって組み伏し、腹部へ短刀を深々と突き入れた。
血に塗れた短刀を引き抜くのと同時に、老爺は屍の手にしていた石斧をふんだくり、更にもう一匹へと近寄り、
「ふん!」
こいつの頭へと、力一杯に斧を振り下ろした。
小鬼の頭と斧が、粉々に砕ける。
「ご老体。素晴らしき手並みですな」
傍まで寄った蜥蜴人が、その猛々しい姿には不釣り合いなほどに丁寧な口調で褒めるのへ、
「世辞は、こいつらを片付けた後でじっくり聞こうよ」
言いつつ、
「おい。動けるか!」
遠方で、片腕を庇って座り込んでいた親仁へ声を掛けた。
「すまねぇ、頭。動けねぇ」
「そうかえ。まぁ、少し休んでろや」
数では未だに負けているが、もはや勇気百倍となった老爺は、にっこり微笑んでそう言うや、再び小鬼の一匹へと飛びかかった。
三日月が輝く夜空の下、こうして冒険者と盗賊という、不可思議な同盟と小鬼の軍隊との戦いは、僅か十分ほどで決着を見た。
どちらが勝ったかは、言うまでもないだろう。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい