悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の八

(もう、いかん……)

 

 

 

 盗賊団首領の老爺は、肩で息をしつつ、絶望に満ちた面持ちであった。

 呪文遣い(シャーマン)の存在を予見しなかったわけではない。

 まさかに田舎者(ホブ)がいるまい、と決め込んでいたわけではない。

 村に残ると決めた時から、すでに命を捨てた覚悟……そのはずであった。だが、いざともなると、やはり命を失うことに少なからずの恐怖を覚えるものだ。それが、人情というものである。

 自分と共に村へ残ってくれた親仁は、これもやはり息を切らし、自由の利かなくなった左腕を庇い、それでも感心に田舎者へ敵意の目を向けている。一時でも時間を稼ごうというのだ。

 対峙した田舎者が、そんな親父のちっぽけな勇気を嘲り、手にした棍棒……いや、大木をそのまま引き抜いたかのようなものを振り上げた、まさにその時だ。

 

 

 

「GYA!?」

 

 

 

 田舎者が目を見開き、首元を掻きむしるようにしたかと思えば、まるで地鳴りのような音を立て、その場に倒れ伏したのである。

 

 

 

(……ぼ、冒険者か……? い、いや……それにしては早すぎる……)

 

 

 

 老爺も親父も、そして小鬼の軍隊もまた、倒れた田舎者の後方を見やった。

 月明かりに照らされ、村へと割り込んでくる影が五つ。

 一つ。錫杖をしっかりと握りしめ、しかし強く敵を睨みつけている神官衣に身を包んだ少女。

 一つ。狩人装束を纏い、その細腕で大弓を引っ提げた森人。

 一つ。民族衣装がやけにしっくりとくる、竜牙の如き刃を構える蜥蜴人。

 一つ。さして興味もなさそうに、白くて長い顎鬚を扱きつつ状況を見据える鉱人。

 そして最後の一つ。鈍色に輝く鎧で身を固めた、やけに無作法な足取りの只人。

 

 

 

「ほらね。オルクがいたでしょ? 私の耳が間違うことなんかないんだから」

 

 

 

 森人の少女が、得意げに耳を鳴らして言うのへ、

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 鎧の只人が、やけに不愛想で低い声を以って相槌を打つや、飛びかかって来た小鬼の一匹を、左腕の払いで殴り飛ばした。

 彼の左腕には、円形の小さな盾が括りつけられている。

 仲間が吹き飛ばされ、しかし仲間意識など皆無な小鬼どもが、都合のいい怒りを湧き上がらせた。

 殿の……恐らくは殺めた冒険者の頭蓋骨を頭に被った奴が、何やら指示を飛ばした。

 呪文遣いがぶつぶつと呟き始め、その隙を補うかのように、小鬼の波と二匹の田舎者が冒険者たちへ殺到する。

 神官少女がより強く錫杖を握りしめ、森人が矢をつがえ、鉱人が小石に紐を括りつけたものを振り回し、鎧男と蜥蜴人が前に出る。

 ……と、そこへ。

 

 

 

「だりゃっ!」

 

 

 

 またも、乱入者が現れた。

 月夜を背に、常人では決してあり得ぬ跳躍を見せたその者は、橙色の拳法着に身を包んでいる。オールラウンダーだ。

 そのまま小鬼の群れの中心に落ちた彼は、手始めに田舎者へと飛びかかった。

 

 

 

「あっ、あいつ……!」

 

 

 

 森人が声を上げるのと、

 

 

 

「ソ、ソンさん!」

 

 

 

 神官の少女が驚いたのとが、殆ど同時であった。

 小鬼には勿論の事、冒険者たちにとっても、オールラウンダーの乱入は衝撃的であったらしい。

 しかし、鎧男に蜥蜴人、鉱人たちの三名はとりわけ驚く様子も見せず、

 

 

 

「世間は狭いものですなぁ」

 

 

 

 言うや、勇躍した蜥蜴人が刃を振るって三匹の小鬼の首を刎ねた後で、

 

 

 

「まったくだ」

 

 

 

 頷いた鉱人の手から離れた小石が、呪文遣いの一匹の鼻柱を打つ。

 めっきり数の勢いを失ってしまった小鬼の群れへ、鎧男が容赦なく飛び込んでいき、右手に掴んだ中途半端な長さの剣を持って突き刺し、あるいは左腕に括り付けた盾で殴り飛ばしていく。

 二人の女冒険者たちも、すぐさま状況に適応し、森人が流れるように矢を放ち、その後ろで神官は戦況を見守っている。

 老爺もまた、立ち上がった。

 これを最初に見た森人が、

 

 

 

「ちょっと! じっとしてた方が良いわよ!」

 

 

 

 言ったものだが、老爺はこれを無視し、小鬼の一匹へ飛びかかって組み伏し、腹部へ短刀を深々と突き入れた。

 血に塗れた短刀を引き抜くのと同時に、老爺は屍の手にしていた石斧をふんだくり、更にもう一匹へと近寄り、

 

 

 

「ふん!」

 

 

 

 こいつの頭へと、力一杯に斧を振り下ろした。

 小鬼の頭と斧が、粉々に砕ける。

 

 

 

「ご老体。素晴らしき手並みですな」

 

 

 

 傍まで寄った蜥蜴人が、その猛々しい姿には不釣り合いなほどに丁寧な口調で褒めるのへ、

 

 

 

「世辞は、こいつらを片付けた後でじっくり聞こうよ」

 

 

 

 言いつつ、

 

 

 

「おい。動けるか!」

 

 

 

 遠方で、片腕を庇って座り込んでいた親仁へ声を掛けた。

 

 

 

「すまねぇ、頭。動けねぇ」

「そうかえ。まぁ、少し休んでろや」

 

 

 

 数では未だに負けているが、もはや勇気百倍となった老爺は、にっこり微笑んでそう言うや、再び小鬼の一匹へと飛びかかった。

 三日月が輝く夜空の下、こうして冒険者と盗賊という、不可思議な同盟と小鬼の軍隊との戦いは、僅か十分ほどで決着を見た。

 どちらが勝ったかは、言うまでもないだろう。

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