「それにしてもあんた、どうしてこんな辺鄙な村にいたのよ?」
小鬼の骸を足で小突きながら、森人の娘が言うのへ、
「ばあちゃんたちこそ、どうして……」
言いかけたオールラウンダーの両こめかみを、
「おねえさん、でしょ?」
威圧のある笑顔と共に、森人の娘が拳骨を据えて、これをぐりぐりと捻った。
途端に、戦いの気が消えた村へ、少年の悲鳴が響渡る。
森人と少年のやり取りを呆れた目つきで見つめた後で、
「坊主も気になるが、お前さん方のことも気になるわな」
鉱人が、顎鬚を撫しつつ老爺たちへ問いかけた。
盗賊団の老爺と親仁は、女神官の奇跡を受けて回復中であったが、やがて老爺の方が寂しく笑った後で、
「実は、な……」
と、己の正体をぽつりぽつりと語り始めた。
治療中であった女神官は吃驚した様子であったが、鉱人と、そのすぐ傍で聞き耳を立てていた蜥蜴僧侶は眉一つ動かさぬ様子であった。
「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
全てを語り終えると、老爺は両腕を広げてそんなことを言いだした。
女神官は更に困惑の色を強め、
「わ、わたしはそんなつもりで助けたわけじゃ……」
老爺たちと鉱人たち。どちらか一方へ、というわけではなく、間に割って入った。
これを見た鉱人道士と蜥蜴僧侶は、互いに顔を見合ったかと思うや、にやりと笑いつつ、
「まぁ、な」
と先に口を開いたのは鉱人道士。
彼は、優し気な目つきで老爺を見やると、
「わしらは別に、盗人を捕えに来たわけではないしなぁ……」
呟きつつ、今度は蜥蜴僧侶を見た。
民族衣装に身を包んだ彼は、二度も三度も頷いた後に、
「左様。拙僧らは、野伏殿の耳がたまたま捉えた戦いの音を気にして、この村へ赴いたまでのこと。言わば火中に己から飛び込んで火の粉を振り払ったまで」
そう言って、尻尾を地へ叩きつけると、
「盗人捕縛の依頼は請けておりませぬよ」
これもやはり、優しい声色で言ったものだ。
これを聞いた女神官は、ほっと胸を撫でおろす。
しかし、片や盗賊団の首領である老爺は納得いかぬらしく、
「しかしなぁ……」
と唸る。
するとそこへ、オールラウンダーのこめかみを拳骨で挟んだままの妖精弓手が、
「ま、いいんじゃないの」
と会話に入って来た。
「冒険者がオルクの巣に潜って手に入れた宝をネコババするってのなら問題行為だけど、あなたたちは冒険者じゃないもの」
老爺と親仁の首元を指して言った。
なるほど。一理あることだ。
だが、まだ老爺たちは納得がいかぬらしい。
難しい顔つきをしている老爺たちを、呆れたように見た鉱人道士は、
「それじゃ、こっちの頭目にご意見伺うとするかね」
言うや、彼方で小鬼の骸一つ一つを入念に探っている鎧男へ、
「おぉい、かみきり丸や。この盗賊、ギルドへしょっぴくかえ」
「興味が無い」
間髪なき鎧男の返答。
妖精弓手も鉱人道士も蜥蜴僧侶も女神官も、あまりに予想通りの答えに思わず苦笑い。
やがて鉱人道士は、
「だとよ。うちの頭目がああ言ってるんだ。わしらに手の出しようはないわさ」
これを聞いた老爺は、
「ありがとうよ」
女神官へ礼を述べた後でゆっくりと立ち上がり、
「……いいのか?」
念を押すように尋ねる。
鉱人道士は鬱陶し気に、
「わしらが良いというのだから良いのさ。ほれ。気が変わらんうちに行った、行った」
まるで犬か猫でも払うかのような手つきとなった。
老爺の心は、漸くに決まった。
彼は親仁を見つめ、親仁もまた、力強く頷いて老爺を見る。
やがて二人は、
「すまねぇな」
深く頭を下げた後で、
「坊主。あの娘のことを宜しくと……くれぐれもギルドへ伝えてくれ」
「うん」
こっくりと頷いたオールラウンダーは、何かを言いたそうにもじもじとしていたが、暫くして言葉を決めたらしく、
「じいちゃん。また、あおうな!」
すっと手を差し伸べた。
老爺はこれを握り返し、
「もちろん」
そう言って手を離すと、親仁と共に闇の中へと消えていった。
「お頭殿。これからも、あくどい者のみを騙られよ」
蜥蜴僧侶のこの言葉が、果たして二人へ届いたものかどうか。
……さて、それから話は一週間の時をまたぐ。
小鬼どもの脅威から逃れた件の村では、『元』盗賊団であった大男が酒場を切り盛りしている姿を見ることが出来る。
店にいるのは、彼だけではない。
あの夜、馬に跨って大急ぎでギルドへ駆け込んだ少女も一緒であった。
娘はまだしも、大男すら未だに村にいるということは、村民たちは彼の正体を知ってなお、受け入れているということである。
男は、すっかり盗賊稼業から足を洗っていた。
(頭が俺を置いて消えたということは、恐らく、俺に堅気として生きて欲しいのだろう……)
おぼろげながら、首領である老爺の心内を、男は理解していたようである。
今日の客は、一人だけであった。
「じいちゃんたち、いまどこかなぁ」
カウンターの席に座り、牛乳を一気に飲み干したのはオールラウンダーである。
「さて、なぁ」
大男は、空になったグラスへ再度牛乳を注いでやりながら、
「おぅい。今日はもう店じまいだ。お前も、なんか飲みな」
客場で丸テーブルを拭いている少女へ声を掛けた。
少女は、こっくりと頷き、店の表扉へ、
「閉店」
と書かれた木板を吊るすや、とてとてとカウンター席に走り寄り、男が注いでやった果実の汁を飲み始めた。
ひんやりとした風が、店内へと入ってくる。
ついこの間まで聞こえていた虫の音は、いつのまにやら鳴りを潜めてしまっていた。
もうすぐ、冬が来るのである。
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