悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の二

 面接室からロビーに戻って来た少年は、白磁の小板をかけたまま、受付へ行くでもなく、

 

「あっ、いたいた」

 

 と、壁側に設けられた小さなスペースに腰かけていた貴族令嬢一党を見て、走り寄って来た。

 

「おっ、面接はどうだった?」

 

 圃人の斥候が問い、

 

「よくわかんねえけど、もういっぺん、あの緑のバケモノ退治してきたら、つよいのにしてやるってさ」

 

 少年が答えた。

 

「……つまり、もう一度ゴブリン退治の依頼を遂行すれば、黒曜級に昇級できるわけか……」

 

 少年の発言をかみ砕いた森人魔術師は、ついで頭目である貴族令嬢を見て、

 

「ギルドは何故に、そんな試すようなことを……?」

 

 と言ったが、

 

「さぁ……」

 

 貴族令嬢に分かるわけもなかった。

 

「……それで、これからゴブリン退治に?」

 

 只人の僧侶が尋ねると、

 

「そうなんだけどさ。一人でいくのはダメなんだって。ほかのやつといっしょじゃないと」

 

 だから、おめえたちをさがしてたんだ。

 少年がにこやかな笑みを浮かべたのへ、

 

(統率ある行動を取れるかどうかを見たい……ということなのかしら?)

 

 などと推察を巡らせる。

 少年が面接へ向かっている間、一党はギルドの中で、彼に纏わる噂を山ほど耳にしていた。

 上位の冒険者はおろか、駆け出しですら見向きもしないような依頼を率先してこなしていること。

 故に、「オールラウンダー」などと呼ばれ、殊に依頼者たちから崇拝されていること。

 詳細は不明だが、銅等級の冒険者を打ち負かしたことがあり、それをきっかけに新米冒険者たちの憧れとなっていること。

 彼に食事を奢ることだけはやめておいた方がいいというのが、冒険者と依頼者の共通認識であるということ。

 そして、

 

「他の冒険者たちは信じてくれないけどさ。南の森に、ゴブリン退治へ行ったことがあるんだ。そこで、俺たち殺されかけたんだけど……そこを助けてくれたのがオールラウンダーだったんだ。あいつ、一人でゴブリンたちを倒しちまってさ。その時だけは、ゴブリンよりもあいつの方が化け物に見えたよ」

 

 然る新米冒険者が、そのようなことを口にしていた。

 山砦での経験がある貴族令嬢たちは、その話が真実であると確信している。

 単独で敵陣の懐に潜り込み、怪物を相手に無双の力を発揮する冒険者というのは、確かに頼りとなる面がある。

 しかし一方で、

 

「俺は強い」

 

 と自惚れたり、好き勝手をする者がいないとも限らない。

 

(彼に限って、それは無いと思うけど……)

 

 貴族令嬢は、少年……もといオールラウンダーをそう評価しているが、ギルドとしては、

 

「あの人が悪いことをするわけがない」

 

 と無根拠に断定するわけにもいかないのだろう。

 だから一党を組ませて、その中できちんとした行動を取ることが出来る……という実績が欲しいわけだ。

 貞操や命の危機を救われた身としては、その恩返しとして、彼の昇級のために一党を組むなどは、わけもないことである。

 ……うまくすれば、食事を奢らなくても済むし。

 貴族令嬢の考えを、他の面々も持っていたらしい。

 彼女たちは一様に、力強く頭目へ頷いた。

 こうして、話はまとまった。

 オールラウンダーを新たに迎えた一党は、ひとまず宿をとることにし、朝日が昇るのとともに出立することになった。

 

「オラ、べつにいまからでもかまわねえけど」

「君が良くても、こっちがくたくたなの」

 

 山砦から辺境の街に辿り着いて、すぐに少年の面接という、異例の駆け足日程だったのだ。

 ここまで野宿ばかりであった貴族令嬢たちは、宿の暖かなベッドに身を投げ出したい欲求を抑えきれなかった。

 それを知ってか知らずか、

 

「そっか。わかった」

 

 少年は不満を口にするでもなく、あっさりと彼女たちの欲求を承諾し、

 

「まだ日も暮れてねえから、オラはもうちょっと野良仕事やってくる。じゃ、明日の朝な!」

 

 元気よく言うや、冒険者でごった返す掲示板へと潜っていった。

 

「元気ですね、彼……」

 

 一党の中で最も疲労の色が激しい只人の僧侶が、げんなりとして呟くのへ、

 

「でも、あの元気を見れば、こないだの活躍は納得だよ」

 

 小さな机に体を伏した圃人が、呆れたような表情で答える。

 

「しかし、あの時のあの動きは……只人の領域を超えているようにも思えたが……」

 

 森人は、ちらりと貴族令嬢を見やり、

 

「只人も、鍛錬を積めばあのような……電光石火の動きが出来るものなのだろうか?」

 

 と尋ねる。

 

「私は……自信ないですね……」

 

 貴族令嬢は引きつった笑みを浮かべ、そう答えた。

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