心身ともに……そして身に着けているものも随分と草臥れた様子の娘を見て、しかし貴族令嬢は、
(おや……?)
と、何か引っかかるものを感じた。
その要因は何かと反芻する中で、彼女は外を歩く娘の中に、どこか上品めいた雰囲気を感じ取ったからだ、ということに気が付く。
途端、同じく外を見ていた店主の男が堪らず舌を打ち、
「北の山にゴブリンが巣を張ってるから、冒険者に討伐を依頼したんだが……奴ら、食料と材木を要求して来て、それが出来なけりゃ依頼はしねぇ、と言ったもんだ」
俺たちだって、冬を越す蓄えは必要なのによ。
恨みごとのように放った店主の一言は、しかし貴族令嬢の耳には入ってこなかった。
彼女は、惹かれるように外の娘冒険者を目で追っていたのだ。
娘は、村の中で一番大きな家の前まで行くと、力なくその入り戸をノックした。
少しすると、白髭を蓄えた老人が出てきて、驚いたように娘を迎える。
それから、娘と老人はいくらか言葉を交わしたようであったが、突然に娘の方が頭を下げた。
これを見た老人は、呆れた表情をし、それでも腕を組んで何かを考えているらしい。
暫くすると、老人は厳しい顔つきで首を横に振った。
娘は、まだ頭を上げぬ。
これに見かねたのであろう。老人は、室内から様子を見ている貴族令嬢からも分かるほどに大きなため息をついた後で、徐に娘の横を通り過ぎ、てくてくとどこかへ歩き始めた。
やがて、老人は宿まで来ると、
「ちょいと、ごめんよ」
まさに、宿屋の戸を開けて中に入って来た。
貴族令嬢は、老人の家の前で立ち尽くしている。
「村長さん。もしかして、またですかい」
店主の男が、老人へそう問いかけた。
老人……この村の村長は、貴族令嬢たちを一瞥して、驚きと喜びと困惑とが入り混じったような顔をしたけれども、また店主の男へ向き直り、
「すまんのう……少しばかりでいいんじゃが……」
どこか申し訳なさそうに頭を下げる。
店主の男は、苛立たし気に頭を掻きむしった後で、受付のカウンターを出て、酒場の機能を備えたホールの隅にある扉を開けた。
そこは、薪やら非常用の食料やらを溜め込んでおくための倉庫であった。
店主の男は、そこから両手いっぱいに薪を抱え込み、そして積み重ねたその上に乾いた肉やらパンやらを乗せ、これを一旦はカウンターへと置き、手慣れた様子で背嚢風の革袋へと詰め始めた。
この様子を見ていた貴族令嬢は、
「これは……彼女へ?」
窓の外にいる娘を指して、村長へ問うた。
老爺はしかめっ面のまま頷き、
「小鬼ども相手に、兵糧攻めで使うそうですじゃ」
答えつつ、貴族令嬢たちの胸に下がる認識票を見て、
「よもや……お前さん方も、小鬼を退治しに来た類でしょうや?」
と、逆に問うてきた。
「あっ、いえ……そういうわけでは……」
貴族令嬢が言い淀んでいる間に、
「そら。あの娘っ子、呼んできな」
物品を詰め終えた店主の男が、三つほどの背嚢をカウンターへと置いた。
これを見た村長は、溜息を一つするや、外に出て、自宅の前にじっと立ち尽くしている娘へ声をかけ、これを宿屋へと誘う。
屋内へ入ってきた娘は、貴族令嬢たちの姿を……そして胸に下がる認識票を見るや、目を見開いたものの、
「さぁ、これで限界ですじゃ。どうか、小鬼どもを……」
という村長の言葉以外に何もないことに、どこか落胆したようで、がっくりと肩を落としつつ、三つの背嚢を、それぞれ背と胸に一つずつ。そして最後の一つを腕に掴み、
「ありがとう……ございました……」
深く深く頭を下げるや、宿屋を出て行ってしまった。
「おい。今のねえちゃん、もしかしてこれから山登るのか?」
ふと、オールラウンダーが村長へ問うた。
翁は、この純粋無垢たる少年へ、
「あぁ。そのようじゃが……」
と口ごもりつつ答えた。
瞬間。
オールラウンダーは宿の外へ向かって駆けだした。
「ゴクウ! どこ行くのさ!」
圃人斥候が呼びかけると、
「オラ、あのねえちゃんてつだってくる! こんなさみぃのに一人で山なんか登ったら、死んじまうもん」
オールラウンダーはそう答え、宿を出て行ってしまった。
「……だ、そうだが。どうする? リーダー」
森人魔術師が、ちらと横目で貴族令嬢を見る。
彼女の決断は早かった。
「……勿論。するべきことは一つ、です」
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