悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

「おぉい! そこのねえちゃん!」

 

 

 

 背後から迫る大声を聞き、娘……令嬢剣士はびくりと肩を震わせ、慌てて背後を見た。

 声の主であるオールラウンダーは、剣士の隣に並ぶや、

 

 

 

「おめえ、今から山に登るんだろ? だったらオラが荷物もってやる」

 

 

 

 言うや否や、剣士の手から背嚢を引っ手繰るようにして抱えた。

 いきなりのことで混乱している剣士の元へ、

 

 

 

「ちょっと、ゴクウ! 毎度のことだけど急に動きすぎだってば!」

 

 

 

 溌溂とした声とともに駆け寄ってくる、四人の冒険者たち。

 その中で先頭を駆けていた圃人斥候が、

 

 

 

「だいたいさぁ……もう、夜に、なっちゃう、じゃん。山に、登るのは、明日の、朝でも、よくない?」

 

 

 

 息を切らせて、剣士とオールラウンダーへ訴えるような視線を送る。

 だが、娘の決意は揺るがぬものであった。

 

 

 

「……仲間が、待っていますの……」

 

 

 

 蚊の鳴く様な声を、ようやっと剣士が絞り出す。しかし、その目には爛々たる光が宿っていた。

 それでも、圃人斥候はなんとか雪山の行軍を止めようとする。

 怖気づいているわけなどではない。

 もうすぐ日が暮れようとしている。

 自分たちは、長い旅を経てようやく村に辿り着いたばかりだ。

 それに村長たちの話から察するに、剣士が今から向かおうとしているのは、ゴブリンどもが巣食っている塒の近く。

 ただでさえ消耗している自分たちが、雪の中を山に登れば更に体力を失うことは必至。その中でゴブリンどもと一戦交えることになれば……。

 一度、ゴブリンどもの邪欲に触れかけただけに、圃人斥候は慎重であった。

 しかし、剣士とて退く様子もない。

 だからと言って放っておくわけにもいかない。

 どうしたものかと手をこまねいているところへ、ずいと貴族令嬢が前に出た。

 彼女は、剣士の肩にそっと手を置き、

 

 

 

「お気持ちは、痛いほど分かります。ですが、今は……いえ、今だからこそ体を休める時です。そうでしょう?」

 

 

 

 優しく声をかけた。

 剣士は、じっと貴族令嬢を見つめていたが、やがて諦めがついたらしく、力なく項垂れ、こくりと頷いた。

 貴族令嬢は、そんな娘の肩を優しく抱き、宿屋へと引き返して行った。

 店主の男は、再び戻って来た冒険者たちに少しばかり驚いたようであったが、

 

 

 

「一晩の部屋をお願いします。食事は結構ですので」

 

 

 

 貴族令嬢がきっぱり言うのへ、

 

 

 

「い、いや……そういうわけにもいかんでしょう」

 

 

 

 そう言って、夕餉として鉢一杯に積まれた蒸かし芋を提供してくれた。

 村の現状を知った冒険者たちは……殊に剣士などは、とてもではないが芋を食う気にはなれなかったが、

 

 

 

「食わねえと、おっちゃんたちに悪いだろ」

 

 

 

 芋を頬張るオールラウンダーの言葉に一理ありと、彼女たちも徐々に食事へ手を付けて行った。

 やがて食事が終わり、村内にある露天の温泉へと浸って体を温め、明日の登山に備えて各々は眠りに就いた。

 ……いや、暗き闇の中、身支度を整えて宿を後にする影があった。

 剣士だ。

 彼女は、やはり三つの背嚢を腹と背と腕にし、

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 宿を振り返って頭を下げ、力強く雪を踏みしめた。

 ……と。

 

 

 

「おい。あぶねえっていったろ」

 

 

 

 そんな剣士を呼び止める声。

 慌てて振り返ってみると、そこには一人の少年が。オールラウンダーである。

 彼は、いつもの道着の上に狼の毛皮を纏い、

 

 

 

「オラがいっしょにいってやる」

 

 

 

 言うや、やはり先と同じように、剣士が持つ背嚢を強引に持った。

 

 

 

「……どうして?」

 

 

 

 剣士の問いかけに、少年は淡々と答える。

 

 

 

「オラだって、ねえちゃんたちが山ん中でふるえてたら、ほっとけねぇもん」

 

 

 

 すっかり背嚢の全てを持ってしまったオールラウンダーは、

 

 

 

「さ、いこうぜ」

 

 

 

 いつのまにやら先へ進み、振り向いて剣士に声をかけた。

 暫くは呆気に取られていた剣士も、やがて瞳を鋭くし、唇をかみしめると、しっかりと頷いてその後に続いた。

 幸い、この夜は吹雪く様子もなさそうだ。

 貴族令嬢たちが二人の失踪に気が付いたのは、翌朝になってのことである。

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