「おぉい! そこのねえちゃん!」
背後から迫る大声を聞き、娘……令嬢剣士はびくりと肩を震わせ、慌てて背後を見た。
声の主であるオールラウンダーは、剣士の隣に並ぶや、
「おめえ、今から山に登るんだろ? だったらオラが荷物もってやる」
言うや否や、剣士の手から背嚢を引っ手繰るようにして抱えた。
いきなりのことで混乱している剣士の元へ、
「ちょっと、ゴクウ! 毎度のことだけど急に動きすぎだってば!」
溌溂とした声とともに駆け寄ってくる、四人の冒険者たち。
その中で先頭を駆けていた圃人斥候が、
「だいたいさぁ……もう、夜に、なっちゃう、じゃん。山に、登るのは、明日の、朝でも、よくない?」
息を切らせて、剣士とオールラウンダーへ訴えるような視線を送る。
だが、娘の決意は揺るがぬものであった。
「……仲間が、待っていますの……」
蚊の鳴く様な声を、ようやっと剣士が絞り出す。しかし、その目には爛々たる光が宿っていた。
それでも、圃人斥候はなんとか雪山の行軍を止めようとする。
怖気づいているわけなどではない。
もうすぐ日が暮れようとしている。
自分たちは、長い旅を経てようやく村に辿り着いたばかりだ。
それに村長たちの話から察するに、剣士が今から向かおうとしているのは、ゴブリンどもが巣食っている塒の近く。
ただでさえ消耗している自分たちが、雪の中を山に登れば更に体力を失うことは必至。その中でゴブリンどもと一戦交えることになれば……。
一度、ゴブリンどもの邪欲に触れかけただけに、圃人斥候は慎重であった。
しかし、剣士とて退く様子もない。
だからと言って放っておくわけにもいかない。
どうしたものかと手をこまねいているところへ、ずいと貴族令嬢が前に出た。
彼女は、剣士の肩にそっと手を置き、
「お気持ちは、痛いほど分かります。ですが、今は……いえ、今だからこそ体を休める時です。そうでしょう?」
優しく声をかけた。
剣士は、じっと貴族令嬢を見つめていたが、やがて諦めがついたらしく、力なく項垂れ、こくりと頷いた。
貴族令嬢は、そんな娘の肩を優しく抱き、宿屋へと引き返して行った。
店主の男は、再び戻って来た冒険者たちに少しばかり驚いたようであったが、
「一晩の部屋をお願いします。食事は結構ですので」
貴族令嬢がきっぱり言うのへ、
「い、いや……そういうわけにもいかんでしょう」
そう言って、夕餉として鉢一杯に積まれた蒸かし芋を提供してくれた。
村の現状を知った冒険者たちは……殊に剣士などは、とてもではないが芋を食う気にはなれなかったが、
「食わねえと、おっちゃんたちに悪いだろ」
芋を頬張るオールラウンダーの言葉に一理ありと、彼女たちも徐々に食事へ手を付けて行った。
やがて食事が終わり、村内にある露天の温泉へと浸って体を温め、明日の登山に備えて各々は眠りに就いた。
……いや、暗き闇の中、身支度を整えて宿を後にする影があった。
剣士だ。
彼女は、やはり三つの背嚢を腹と背と腕にし、
「……ごめんなさい」
宿を振り返って頭を下げ、力強く雪を踏みしめた。
……と。
「おい。あぶねえっていったろ」
そんな剣士を呼び止める声。
慌てて振り返ってみると、そこには一人の少年が。オールラウンダーである。
彼は、いつもの道着の上に狼の毛皮を纏い、
「オラがいっしょにいってやる」
言うや、やはり先と同じように、剣士が持つ背嚢を強引に持った。
「……どうして?」
剣士の問いかけに、少年は淡々と答える。
「オラだって、ねえちゃんたちが山ん中でふるえてたら、ほっとけねぇもん」
すっかり背嚢の全てを持ってしまったオールラウンダーは、
「さ、いこうぜ」
いつのまにやら先へ進み、振り向いて剣士に声をかけた。
暫くは呆気に取られていた剣士も、やがて瞳を鋭くし、唇をかみしめると、しっかりと頷いてその後に続いた。
幸い、この夜は吹雪く様子もなさそうだ。
貴族令嬢たちが二人の失踪に気が付いたのは、翌朝になってのことである。
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