悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の一

「そ……そんな……」

 

 

 

 麓の村の北側に聳える、雪山の一角。白い雪肌へぽっかりと開けられた洞穴……その入り口を見て、令嬢剣士はがっくりと膝から崩れ落ちた。

 (ずた)となった天幕。その少し先には、恐らくは天幕の主が障壁として設けたのであろう。木の柵が乱暴に打ち破られ、深い雪へ穿たれたそれに、三人の冒険者の亡骸がこれ見よがしに括りつけられていた。

 一つ。壮年の只人。

 一つ。小柄な(彼らの種は殆ど小柄だが)圃人。

 一つ。圃人よりは頭一つ分大柄な、屈強な体つきをした鉱人。

 いずれの骸も、猿股一つ身に着けることすら許されず、厳しい寒風へと晒されている。

 虚脱しながらも、令嬢剣士はしっかりとその骸を見つめていた。

 

 

 

「……ねえちゃんのともだちか」

 

 

 

 やはりこれも、しっかりと骸を見つめたオールラウンダーが、静かに問うた。

 剣士は、少しばかり戸惑った様子を見せたものだが、やがてその問いかけにこっくりと頷く。 

 

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 すると、何を思ったか。オールラウンダーはゆっくりと骸へと近づき、これを拘束していた縄を解いてやると、

 

 

 

「ほんとは村までつれてってやりてぇけど……いっぺんに三人はつれてってやれねぇからな」

 

 

 

 言いつつ、彼は手で雪を掻き、更に顔を出した地面を掘り、そうして三つの穴を作ると、それへ冒険者たちの骸を丁寧に埋葬し始めた。

 令嬢は、最初こそぽかんとこれを見やっていたが、すぐさま決意を秘めた顔つきとなり、

 

 

 

「……私も……!」

 

 

 

 と、オールラウンダーの隣に立ち、仲間を手厚く葬った。

 ……かくして。

 

 

 

「オラ、これから中に入って、あいつらをぶっ飛ばす。ねえちゃんは?」

 

 

 

 オールラウンダーが尋ねるのへ、

 

 

 

「……勿論、行きますわ!」

 

 

 

 決然たる表情となり、頷く。

 

 

 

「よし! いくぞっ!」

 

 

 

 号令と共に、二人の冒険者は洞穴へと入り込んだ。

 内部は、入ってすぐに下りが生じ、かと思えばすぐに上がっている。

 下りの底では、泥水が溜まっていた。恐らく、外から吹いてくる雪が解けて、土と混じったものなのだろう。

 ゴブリンが刳り貫いた穴にしては、随分と工夫が施されている。

 ……いや、それだけではなかった。

 下りの底へ辿り着いた時、先頭を行くオールラウンダーが鼻をひくつかせた。

 

 

 

「……? どうしましたの?」

 

 

 

 令嬢剣士が首を傾げるのへ、

 

 

 

「血だ……。血のニオイがする」

 

 

 

 言うや、少年は足元の泥水を見つめ、そして無造作にそれへ手を突っ込んだ。

 途端、

 

 

 

「……やっぱり!」

 

 

 

 声を上げたオールラウンダーは、水から手を引っ込める。

 

 

 

「トゲだ。水の中に、トゲがある」

 

 

 

 その言葉に驚いた令嬢剣士は、腰に差した突剣を抜き、これで水を掻きまわしてみる。

 伝わってくるは、こつこつとした硬い手応え。

 泥水の濁りで隠蔽された落とし穴とでも言うべきか。オールラウンダーが血の臭いを嗅ぎ取ったということは、何人かはすでにその毒牙にかかったものらしい。

 令嬢剣士は、改めてゴブリンどもの狡猾さに身を震わせつつ、恐る恐る水たまりを避けた。

 こうして二つ三つと勾配をクリアした後で、二人はやっと洞窟の本道へと入った。

 どうにも穴の開き方は天然のものではないようで、荒々しさを感じさせる。かといってすぐにでも崩落しそうな気配はなく、なるほどゴブリンどもが粗雑な道具で掘ったのが丸わかりである。

 しかし、内部は複雑に入り組んでいるというわけでもなく、暫くは道なりに進んでいくのみ。

 

 

 

(……どこかに見落としている道があるのかしら?)

 

 

 

 などと令嬢剣士が考えを及ばせたところで、二人は丁字路へと差し掛かった。

 

 

 

「どっちに行けばいいのかしら……?」

 

 

 

 ゴブリンの恐ろしさを意識し、さすがに慎重となった令嬢剣士がオールラウンダーへ尋ねる。

 彼は、またしても鼻をひくつかせ、

 

 

 

「こっちだ。こっちに、あの化け物がいっぱいいる」

 

 

 

 そう言って右側の道を指した。

 これを聞いた令嬢剣士が、身を強張らせる。

 果たしてその様子を察したものか。

 

 

 

「オラひとりでいってこようか?」

 

 

 

 オールラウンダーが、大したこともないように言った。

 この軽さが、

 

 

 

「そっ、そんなわけにはいきません!」

 

 

 

 という言葉を、令嬢剣士に吐かせてしまった。

 言ってしまった以上、もはや後戻りはできなかった。

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