「そ……そんな……」
麓の村の北側に聳える、雪山の一角。白い雪肌へぽっかりと開けられた洞穴……その入り口を見て、令嬢剣士はがっくりと膝から崩れ落ちた。
一つ。壮年の只人。
一つ。小柄な(彼らの種は殆ど小柄だが)圃人。
一つ。圃人よりは頭一つ分大柄な、屈強な体つきをした鉱人。
いずれの骸も、猿股一つ身に着けることすら許されず、厳しい寒風へと晒されている。
虚脱しながらも、令嬢剣士はしっかりとその骸を見つめていた。
「……ねえちゃんのともだちか」
やはりこれも、しっかりと骸を見つめたオールラウンダーが、静かに問うた。
剣士は、少しばかり戸惑った様子を見せたものだが、やがてその問いかけにこっくりと頷く。
「……そっか」
すると、何を思ったか。オールラウンダーはゆっくりと骸へと近づき、これを拘束していた縄を解いてやると、
「ほんとは村までつれてってやりてぇけど……いっぺんに三人はつれてってやれねぇからな」
言いつつ、彼は手で雪を掻き、更に顔を出した地面を掘り、そうして三つの穴を作ると、それへ冒険者たちの骸を丁寧に埋葬し始めた。
令嬢は、最初こそぽかんとこれを見やっていたが、すぐさま決意を秘めた顔つきとなり、
「……私も……!」
と、オールラウンダーの隣に立ち、仲間を手厚く葬った。
……かくして。
「オラ、これから中に入って、あいつらをぶっ飛ばす。ねえちゃんは?」
オールラウンダーが尋ねるのへ、
「……勿論、行きますわ!」
決然たる表情となり、頷く。
「よし! いくぞっ!」
号令と共に、二人の冒険者は洞穴へと入り込んだ。
内部は、入ってすぐに下りが生じ、かと思えばすぐに上がっている。
下りの底では、泥水が溜まっていた。恐らく、外から吹いてくる雪が解けて、土と混じったものなのだろう。
ゴブリンが刳り貫いた穴にしては、随分と工夫が施されている。
……いや、それだけではなかった。
下りの底へ辿り着いた時、先頭を行くオールラウンダーが鼻をひくつかせた。
「……? どうしましたの?」
令嬢剣士が首を傾げるのへ、
「血だ……。血のニオイがする」
言うや、少年は足元の泥水を見つめ、そして無造作にそれへ手を突っ込んだ。
途端、
「……やっぱり!」
声を上げたオールラウンダーは、水から手を引っ込める。
「トゲだ。水の中に、トゲがある」
その言葉に驚いた令嬢剣士は、腰に差した突剣を抜き、これで水を掻きまわしてみる。
伝わってくるは、こつこつとした硬い手応え。
泥水の濁りで隠蔽された落とし穴とでも言うべきか。オールラウンダーが血の臭いを嗅ぎ取ったということは、何人かはすでにその毒牙にかかったものらしい。
令嬢剣士は、改めてゴブリンどもの狡猾さに身を震わせつつ、恐る恐る水たまりを避けた。
こうして二つ三つと勾配をクリアした後で、二人はやっと洞窟の本道へと入った。
どうにも穴の開き方は天然のものではないようで、荒々しさを感じさせる。かといってすぐにでも崩落しそうな気配はなく、なるほどゴブリンどもが粗雑な道具で掘ったのが丸わかりである。
しかし、内部は複雑に入り組んでいるというわけでもなく、暫くは道なりに進んでいくのみ。
(……どこかに見落としている道があるのかしら?)
などと令嬢剣士が考えを及ばせたところで、二人は丁字路へと差し掛かった。
「どっちに行けばいいのかしら……?」
ゴブリンの恐ろしさを意識し、さすがに慎重となった令嬢剣士がオールラウンダーへ尋ねる。
彼は、またしても鼻をひくつかせ、
「こっちだ。こっちに、あの化け物がいっぱいいる」
そう言って右側の道を指した。
これを聞いた令嬢剣士が、身を強張らせる。
果たしてその様子を察したものか。
「オラひとりでいってこようか?」
オールラウンダーが、大したこともないように言った。
この軽さが、
「そっ、そんなわけにはいきません!」
という言葉を、令嬢剣士に吐かせてしまった。
言ってしまった以上、もはや後戻りはできなかった。
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