丁字路右手を駆け抜けた先。天井高く、奥行きもいくらかある大広間で、ゴブリンどもは
めらり。オールラウンダーが手にした松明の明かりが、彼らへも届く。
これに若干の眩しさを覚えるとともに、奴らは憎き侵入者の存在を認め、罵りの咆哮を上げた。
令嬢剣士が、ぶるりと体を震わせる横で、
「よしっ!」
背にした朱色の棒を引き抜いたオールラウンダーは、勇んで広間へ勇躍した。
左手に松明。右手に細棒。あまり言い組み合わせではないものの、オールラウンダーは片手間に棒を振り回し、着実にゴブリンどもを仕留めて行く。
明かりの中で見えたゴブリンの総数は、計十七。そのうちの五匹が、すでに少年によって倒されていた。
(はやい……!)
身のこなしは勿論の事、襲撃を実行へと移すまでの迷いのなさも、令嬢剣士にとっては目を見張るものであった。
驚きこそしたものの、彼女はその場から動かない。
竦み上がってしまったわけではない。
広場に蠢くゴブリンどもを見て、
(今、わたくしが出て行ったところで……数に圧されるのは明白……)
そのことを自覚したからこそ、あえて狭い広間の入り口に立ち、ゴブリンどもが強制的に少数になる状況での戦いに備えているのだ。
やがて……。
「やっぱこれもってるとやりづれぇな……」
しげしげと松明を見つめたオールラウンダーは、何を思ったかそれを高々と空へ放り投げてしまったではないか。
くるくると空を回る松明の灯が、それでも弱々しく広場を照らす。
ゴブリンどもの、そして令嬢剣士の視線までもがそれに集中する間に、オールラウンダーが姿を消した。
いや、風を切る音だけがする。
常人では決してなしえない速度で動くオールラウンダーの姿を、捉えられる者などこの場にはいない。
果たして、松明が天井ギリギリへと昇った時、すでに姿なき敵によって八匹のゴブリンが壁へと吹き飛ばされ、絶命していた。
困惑の声を上げたゴブリンどもが、そこでやっと広間入り口に立つ令嬢剣士の存在に気付き、
(あいつだ! あいつを人質にとれ!)
などと思いついたのだろう。彼女へ殺到していく。
だが、この場において姿見えなき敵を後回しにすることが、一番の愚策であることに彼らは気が付かなかった。
むしろ、広間で分散しているよりも、令嬢剣士目掛けて集中してしまったゴブリンたちの前へ、
「ばあっ!」
突然にオールラウンダーが姿を見せた。
一瞬、ゴブリンたちの動きが止まる。
……と。
オールラウンダーは素早く両掌を腰元で重ねると、
「波っ!」
これを、
必殺の《かめはめ波》。ゴブリンたちを呑み込んだそれは、塵一つ残さず、洞穴の壁を更に突き進み、やがて明滅する。
「ふぅ……」
一息ついたオールラウンダーは、折よく落ちてきた松明を掴み、炎が消えていないことを確認してから、
「おい。だいじょうぶか?」
入り口で、ぽかんと口を開けている令嬢剣士を気遣った。
「え、えぇ……」
なんとか返事を絞り出した令嬢剣士は、ふと広間へと目を移し、ゴブリンどもが手にしていた得物を見た。
円匙。鶴嘴。巣穴の機能拡張のために用いられた物は、そのまま武器としても流用しやすい。
大方、あの寒村から奪い取ったものであろうが……。
ときて、令嬢剣士は目を開いた。
村から奪ってきた……つまりは只人が生成したにしては、随分と造りが粗いのだ。
まるで、金属精錬の素人が見様見真似で作ったかのような……。
では、その素人は誰か。
考えられる可能性は、ただ一つ。
(まさか……ゴブリンが、金属の精錬を……?)
前代未聞の話である。
他種から奪い、我がものとするのみのゴブリンが、自分から何かを生み出すことなど……。
だが、現に目の前にある、この造りの粗い道具の数々の説明をなんとするか。
認めなければならぬかもしれぬ現実と、認めたくない思い。それらをぐるぐるさせているうちに、
「なぁ。さっきの分かれ道の左っかわにいってみようぜ。まだあいつらがいるかもしれねぇ」
一通り広間のゴブリンどもの死亡確認を終えたオールラウンダーが、令嬢剣士へ声をかけた。
これによって現実に戻った彼女は、
(そうだ。まだ……まだ終わったわけじゃない……)
思い直し、気を引き締めた。
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