所は変わり、丁字路左側を行った突き当りの部屋。
腐りかけた扉を粉砕して中へ踏み込むと、広がるはまたしても広々とした空間。
きちんと間隔を置いて盛土が並び、その最奥には長方形の大岩が設置されている。
かくして、その岩の上には……。
「あっ……!」
気付いた令嬢剣士が、真っ先にそれへ駆け寄る。
燃えるような赤髪をした、長耳の女性。
「大丈夫ですか!?」
必死の面持ちで令嬢剣士がその身を揺すぶると、僅かに半森人の唇が動き、なにかもごもごと口にする。どうやら辛うじて息はあるようだ。
「このねえちゃんも、友達か」
オールラウンダーが尋ねると、令嬢剣士は力なく頷き、
「最後の、一人……ですわ」
と答える。
「……そっか」
途端、オールラウンダーは羽織っていた狼の毛皮を脱ぎ、これを半森人へ着せてやり、さらに自身の帯を解いて、彼女の腰元へ巻いてやる。
そうしておいて自分の道着には、元より生えていた尻尾を巻きつけ、代用としていた。何とも器用なものである。
毛皮の温もりによる効果か。半森人は、がたがたと震わせていた体をすっかり落ち着けた。それでも今だ小刻みに揺れるのは仕方もないことだ。
「ほかに部屋もねぇみてぇだし、村にかえろうぜ。そのねえちゃんもさむくて死んじまう」
オールラウンダーに言われ、令嬢剣士が半森人の体を抱き起こした時であった。
汚物に塗れた赤髪が揺れて、刹那にうなじが露出する。
そこには、奇怪な図形の焼き印が施されていたのだ。
「……?」
その焼き印の示すものこそ分からなかったが、果たして瞬間、令嬢剣士は一つの可能性を見出し、今一度空間を見回す。
規則正しく並んだ盛土が、椅子の役割をするならば。
最奥に置かれた岩が、祭壇を意味するならば。
その上に横たわっていた半森人は……。
「生贄……」
その呟きを、令嬢剣士は首を振って否定したかった。
金属の精錬をするゴブリン。
邪教を信仰するゴブリン。
そんなもの、今までに見たことも聞いたこともない。
そしてなにより。
(この洞窟に……神官と思わしきゴブリンはいなかった……)
入口から丁字路までの道に、枝分かれの部分など一つもなく。
先に襲撃をかけた広間においては、いずれも手に手に武器を持った、一般的なゴブリンばかりが相手だった。
この空間のように、礼拝堂の趣を入れるだけのこだわりがあるのだ。神官衣を着て、気取る個体がいたとしてもおかしくはない。
現に、洞窟入り口には鉱人僧侶の骸があり、彼の衣服は剥ぎ取られていた。
(少なくとも……神官の役割を持ったゴブリンが、他の場所にいる……?)
令嬢剣士の体が、かたかたと震えた。
寒さのせいではない。
(ありふれたゴブリン退治の依頼とばかり思っていた……)
村の近くの洞窟に潜むゴブリンたちを殲滅すれば、それで終わり。
等級を上げ、功名を得るための第一歩。そう思っていたのに。
他の冒険者たちの噂とは違うゴブリンの一面。変わり果てた仲間たち。そして背後に見えた、もっと大きな闇。
かくして令嬢剣士は、冒険者として夢見た明るき道が、全くの偽りであったことを思い知った。
駆け出しの、白磁の身が首を突っ込んでいい案件ではなかった。
しかし、今更逃げることが出来ようか。
思った以上にゴブリンが怖かったので逃げ出しました。実際がどうであれ、そのような冒険者の評判など地に落ちたも同じ。
かといって、帰るべき名のある家は、飛び出したっきりで捨てたも同然。
今の自分には、何もない。
(もう、どうしたらいいの……?)
不意に零れ落ちそうになった涙を、令嬢剣士は素早く拭った。
もたれ掛かった半森人が、苦しそうに呻いたからだ。
(そうだ。今は、早く彼女を安全なところへ……)
意を決し、彼女は一歩を踏み出す。
オールラウンダーは、その様子をじっと見守っていたようであった。
……果たして。
外へ出てみると、鉛色の雲の合間から、なんとか陽光が差し込んでいる様子であった。
雪こそ振っていないが、この中をちんたらと下って村へ行けば、確実に半森人は凍死する。
何か打開策は……。
そう思って手をこまねいていると、
「うぅん……。二回目だけど、しょうがねぇ。ねえちゃん死んじゃうもんな」
何やら令嬢剣士の隣で独り言ちたオールラウンダーが、
「筋斗雲!!」
高々と、声を空へ向かって投げかけた。
するとどうか。
鈍色に光る雲をすり抜け、こちらへ迫る金色の雲。
一見すると綿菓子のような可愛らしい外見をしたそれは、オールラウンダーの目の前まで来て急停止した。
少年は、これへぽんと飛び乗ると、
「ほれ。こっちにわたして」
と、呆気に取られる令嬢剣士から気を失っている半森人を受け取ると、これを前に抱え、
「ねえちゃんはオラの背中にひっついてろ。筋斗雲はよいこじゃねぇとのれねぇんだ」
そう言って、令嬢剣士に背中を見せた。
恐る恐るといった風に彼女が少年の首元へ手を回すと、
「それっ!」
快活な声に従って、金色の雲……筋斗雲は瞬く間に雪肌の山を眼下に、空を駆けたのである。
「人を乗せる雲なんて……おとぎ話でも聞いたことありませんわ……!」
「へへっ。筋斗雲ってんだ」
「キントウン……」
聞き慣れぬ奇妙な雲。その触り心地がふと気になった令嬢剣士は、そっと手を伸ばしてみる。
だが、彼女の細やかな指先は、雲の表面をするりと突き通ってしまった。
「!!」
慌てて手を引っ込める令嬢剣士を見て、
「ははっ。いったろ? 筋斗雲はよいこじゃねぇとのれねぇ、って」
「……」
心に邪念が無い「よいこ」を密かに自負していた令嬢剣士は、むすりと頬を膨らませた。
と、まぁこのようにして一行が麓の山へ着いたのは、物の数分かかった頃。
しかし、僅かばかりの和やかな時間は、村の家々から立ち上がる黒煙によって、打ち破られることになる。
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