悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

 所は変わり、丁字路左側を行った突き当りの部屋。

 腐りかけた扉を粉砕して中へ踏み込むと、広がるはまたしても広々とした空間。

 きちんと間隔を置いて盛土が並び、その最奥には長方形の大岩が設置されている。

 かくして、その岩の上には……。

 

 

 

「あっ……!」

 

 

 

 気付いた令嬢剣士が、真っ先にそれへ駆け寄る。

 燃えるような赤髪をした、長耳の女性。

 半森人(ハーフエルフ)の特徴を備えた彼女は、一糸纏わぬ姿で岩の上に横たわっていた。

 

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 

 必死の面持ちで令嬢剣士がその身を揺すぶると、僅かに半森人の唇が動き、なにかもごもごと口にする。どうやら辛うじて息はあるようだ。

 

 

 

「このねえちゃんも、友達か」

 

 

 

 オールラウンダーが尋ねると、令嬢剣士は力なく頷き、

 

 

 

「最後の、一人……ですわ」

 

 

 

 と答える。

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 途端、オールラウンダーは羽織っていた狼の毛皮を脱ぎ、これを半森人へ着せてやり、さらに自身の帯を解いて、彼女の腰元へ巻いてやる。

 そうしておいて自分の道着には、元より生えていた尻尾を巻きつけ、代用としていた。何とも器用なものである。

 毛皮の温もりによる効果か。半森人は、がたがたと震わせていた体をすっかり落ち着けた。それでも今だ小刻みに揺れるのは仕方もないことだ。

 

 

 

「ほかに部屋もねぇみてぇだし、村にかえろうぜ。そのねえちゃんもさむくて死んじまう」

 

 

 

 オールラウンダーに言われ、令嬢剣士が半森人の体を抱き起こした時であった。

 汚物に塗れた赤髪が揺れて、刹那にうなじが露出する。

 そこには、奇怪な図形の焼き印が施されていたのだ。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 その焼き印の示すものこそ分からなかったが、果たして瞬間、令嬢剣士は一つの可能性を見出し、今一度空間を見回す。

 規則正しく並んだ盛土が、椅子の役割をするならば。

 最奥に置かれた岩が、祭壇を意味するならば。

 その上に横たわっていた半森人は……。

 

 

 

「生贄……」

 

 

 

 その呟きを、令嬢剣士は首を振って否定したかった。

 金属の精錬をするゴブリン。

 邪教を信仰するゴブリン。

 そんなもの、今までに見たことも聞いたこともない。

 そしてなにより。

 

 

 

(この洞窟に……神官と思わしきゴブリンはいなかった……)

 

 

 

 入口から丁字路までの道に、枝分かれの部分など一つもなく。

 先に襲撃をかけた広間においては、いずれも手に手に武器を持った、一般的なゴブリンばかりが相手だった。

 この空間のように、礼拝堂の趣を入れるだけのこだわりがあるのだ。神官衣を着て、気取る個体がいたとしてもおかしくはない。

 現に、洞窟入り口には鉱人僧侶の骸があり、彼の衣服は剥ぎ取られていた。

 

 

 

(少なくとも……神官の役割を持ったゴブリンが、他の場所にいる……?)

 

 

 

 令嬢剣士の体が、かたかたと震えた。

 寒さのせいではない。

 

 

 

(ありふれたゴブリン退治の依頼とばかり思っていた……)

 

 

 

 村の近くの洞窟に潜むゴブリンたちを殲滅すれば、それで終わり。

 等級を上げ、功名を得るための第一歩。そう思っていたのに。

 他の冒険者たちの噂とは違うゴブリンの一面。変わり果てた仲間たち。そして背後に見えた、もっと大きな闇。

 かくして令嬢剣士は、冒険者として夢見た明るき道が、全くの偽りであったことを思い知った。

 駆け出しの、白磁の身が首を突っ込んでいい案件ではなかった。

 しかし、今更逃げることが出来ようか。

 思った以上にゴブリンが怖かったので逃げ出しました。実際がどうであれ、そのような冒険者の評判など地に落ちたも同じ。

 かといって、帰るべき名のある家は、飛び出したっきりで捨てたも同然。

 今の自分には、何もない。

 

 

 

(もう、どうしたらいいの……?)

 

 

 

 不意に零れ落ちそうになった涙を、令嬢剣士は素早く拭った。

 もたれ掛かった半森人が、苦しそうに呻いたからだ。

 

 

 

(そうだ。今は、早く彼女を安全なところへ……)

 

 

 

 意を決し、彼女は一歩を踏み出す。

 オールラウンダーは、その様子をじっと見守っていたようであった。

 ……果たして。

 外へ出てみると、鉛色の雲の合間から、なんとか陽光が差し込んでいる様子であった。

 雪こそ振っていないが、この中をちんたらと下って村へ行けば、確実に半森人は凍死する。

 何か打開策は……。

 そう思って手をこまねいていると、

 

 

 

「うぅん……。二回目だけど、しょうがねぇ。ねえちゃん死んじゃうもんな」

 

 

 

 何やら令嬢剣士の隣で独り言ちたオールラウンダーが、

 

 

 

「筋斗雲!!」

 

 

 

 高々と、声を空へ向かって投げかけた。

 するとどうか。

 鈍色に光る雲をすり抜け、こちらへ迫る金色の雲。

 一見すると綿菓子のような可愛らしい外見をしたそれは、オールラウンダーの目の前まで来て急停止した。

 少年は、これへぽんと飛び乗ると、

 

 

「ほれ。こっちにわたして」

 

 

 

 と、呆気に取られる令嬢剣士から気を失っている半森人を受け取ると、これを前に抱え、

 

 

 

「ねえちゃんはオラの背中にひっついてろ。筋斗雲はよいこじゃねぇとのれねぇんだ」

 

 

 

 そう言って、令嬢剣士に背中を見せた。

 恐る恐るといった風に彼女が少年の首元へ手を回すと、

 

 

 

「それっ!」

 

 

 

 快活な声に従って、金色の雲……筋斗雲は瞬く間に雪肌の山を眼下に、空を駆けたのである。

 

 

 

「人を乗せる雲なんて……おとぎ話でも聞いたことありませんわ……!」

「へへっ。筋斗雲ってんだ」

「キントウン……」

 

 

 

 聞き慣れぬ奇妙な雲。その触り心地がふと気になった令嬢剣士は、そっと手を伸ばしてみる。

 だが、彼女の細やかな指先は、雲の表面をするりと突き通ってしまった。

 

 

 

「!!」

 

 

 

 慌てて手を引っ込める令嬢剣士を見て、

 

 

 

「ははっ。いったろ? 筋斗雲はよいこじゃねぇとのれねぇ、って」

「……」

 

 

 

 心に邪念が無い「よいこ」を密かに自負していた令嬢剣士は、むすりと頬を膨らませた。

 と、まぁこのようにして一行が麓の山へ着いたのは、物の数分かかった頃。

 しかし、僅かばかりの和やかな時間は、村の家々から立ち上がる黒煙によって、打ち破られることになる。

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