村の入り口へと下降した筋斗雲は、主たちを地へと立たせるや、空の彼方へと消えてしまった。
これへ、
「ありがとな!」
手を振って見送ったオールラウンダーは、すぐさま真剣な表情となり、
「ねえちゃんはここでまっててくれ」
言うや、抱えていた半森人を令嬢剣士へと預けると、勇猛果敢にも村の中へと飛び込んで行った。
……が、彼はものの十分程度で戻って来たものである。
勇ましかった表情は平時の穏やかな……というより、何やら拍子抜けしたかのようなものとなり、果たして彼の後ろには村長が続いていた。
「おお。そちらの冒険者殿も戻っておられたか」
村長は、どこか疲れ切った表情で一行を迎え、そして令嬢剣士が支える半森人の様子を一目見て、
「ここで立ち話をしている場合ではなさそうですな。さ、こちらへ」
そう言って、宿屋へと導いてくれた。
道中、令嬢剣士は見た。
いくつかの家々の外壁や屋根が崩れ、壊され、恐らくはそこの住人なのだろう。額や腕に包帯を巻いた人々が茫然自失という態で家の前に立ち尽くしている。
かくいう先導する村長も、右頬には切り傷があり、額から右目にかけて包帯を巻いていた。
もはや、敵襲があったことは明白である。
(やはり……別のゴブリンの群れが……?)
などと令嬢剣士が至高を巡らせているうちに、一行は宿屋へと着いた。
店内は少しばかり騒がしかった。というのも、ロビーと酒場とを兼ねたスペースには円卓や椅子の類が隅の方に寄せられ、そこへ厚手の毛布が床を隠すように敷かれており、その上には痛々しい傷口を露わにした村の者が座り込んでいたのだ。
殆どが、若い男である。
彼らの傷口を見ているのは、少しばかり年の離れた二人の少女だ。
一人は十六歳前後。もう一人は、十に至るか至らぬかという年頃。
その顔立ちにどこか似通ったものを見るに、どうやら二人は姉妹のようだ。
「あれが、村にいる唯一の薬師でしてな。……と言っても、つい先日両親を流行り病で亡くし、その後を継いだばかりで……」
そう説明してくれた村長は、薬師見習いの娘で姉の方を呼びつけ、何やら耳打ちをした。
これを聞いた娘は、緊張の面持ちで頷くと、
「さぁ、こちらへ……」
村長に代わって、一行を二回へと誘う。
階段を上がり、廊下の突き当りの部屋まで来た娘は、そこにある一室へと入ると、
「その……男性の方は、ご遠慮願います……」
申し訳なさそうに、オールラウンダーを見つめた。
ここへきて、令嬢剣士は村長や娘の配慮に気が付いた。
半森人の憔悴しきった様子を見て、更に令嬢剣士とオールラウンダーが小鬼どもの巣穴から帰って来たのだろうということを推察し、おおよその検討をつけたのだ。
すなわち。単に傷を負ったのではなく、小鬼によって尊厳も何もかもを奪われたのだろうということを……。
そういうわけでオールラウンダーは、訳も分からぬままに部屋から追い出された。
「なんだってんだ……?」
頭上に疑問符を浮かべながら階下へと向かおうとするオールラウンダーへ、
「あっ、やっぱりゴクウだ……!」
と、背後から声を掛ける者が。
圃人野伏であった。
麻の布一枚を纏ったの見の彼女は、右腕を力なく下げ、引きずるようにして歩み寄ってくる。
途中、ぐらついて倒れそうになったところをオールラウンダーが支えてやった。
「ありがとう……」
「ひでぇケガだ……。どうしたんだよ?」
「それがさ……」
圃人野伏は、悔しさを顔いっぱいに表しつつ、ぽつりぽつりと語り始めた。
……それは、オールラウンダーと令嬢剣士が小鬼どもの巣穴へと向かった、二時間ほど後の事であったが……。
「ゴブリンの群れが村を襲いに来たんだよ……」
これを最初に発見したのは、村の猟師だった。
ここ最近の不穏な気配を案じ、簡易な櫓を建てた彼は、そこから村の周囲を見張っていたのである。
果たして、奴らが来た。
「ゴブリンだぁっ!!」
大声を上げつつ、櫓に設置した鐘を叩いて村民へ敵襲を伝えた彼は、すぐさま弓矢を取って、群れの先頭めがけて矢を放とうとして……突如、ゴブリンの群れから仄かな光が灯ったかと思うや、それが球状となって猟師へ迫って来たのだ。
光の玉は、そのまま櫓の中ほどに当たると、激しく爆発した。
すでに戦闘準備を整えて外に出た貴族令嬢たちは、崩れ落ちる櫓を目にし、驚愕こそしたものの、
「GROOOOB!!」
村へと雪崩れ込んできた小鬼どもを見て、すぐさま臨戦態勢になった。
見たところ呪文遣いや田舎者、英雄や王といった類の変異種はおらず、このまま殲滅かと思われたが……。
「GOOORBA!!」
叫び声をあげ、戦場へと乱入してきた一匹の個体を見て、さすがに彼女たちは目を見張った。
通常の小鬼どもより背が高く、かといって田舎者ほど大柄でもない……そう。平均的な只人の成人男性とぴったり一致するような体つきをしたゴブリンが、そこにいたのである。
「私が出ます! 援護を!」
叫んだ貴族令嬢が、長剣を斜め上から斬りかかるのへ、そのゴブリンはひらりと後ろへ跳び、次いで弧を描くようにして跳躍し、瞬く間に彼女の背後を取った。
「あっ……」
と叫ぶ間に、ゴブリンはその腕で貴族令嬢の首を絞め、まるで人質を取ったかのように、じっと圃人野伏たちを見た。
暫く硬直状態が続き、遂に痺れを切らせた圃人野伏が、
「頭を離せっ!」
太ももに巻いたベルトに挟んでいた短剣を引き抜き、ゴブリンへ迫った。
「馬鹿っ! 闇雲に動くな!」
森人魔術師が叫ぶのと、只人僧侶がなにかを呟くのと殆ど同じタイミング。貴族令嬢を人質にとったゴブリンが、かぱりと口を開けた。
そこへ、眩い光が集中していくのが見えた。
相手へ迫る中で、
(これって……ゴクウのカメハメハ……!?)
圃人野伏が目を見張ると、ゴブリンの口から、光の玉が射出された。
もはや止めの効かない圃人野伏の背後から、
「《
彼女を飛び越えて前に出た森人魔術師が、太陽の如き火球を放つ。
が、それは無慈悲にも光球に弾かれ、二人の冒険者へと迫る。
あわや直撃か……というところへ、只人僧侶の《
光球は壁に阻まれ、炸裂。そこへ生じた爆風によって、粉々になった《聖壁》ともども、圃人野伏たちは大きく吹き飛ばされてしまった。
「がっ……」
地面へ叩きつけられ、それでも意識を失うまいとする圃人野伏は、見た。
変異種のゴブリンが、品定めをするかのようにして、地面へ這いつくばる三名の冒険者を見た後で、只人僧侶を拾い上げ、貴族令嬢ともども村から退いていくのを。
「待て」
という言葉も、圃人野伏には出せなかった。
そのまま彼女の意識は、北方に聳える山へと消えるゴブリンの姿を最後に、闇の中へと落ちて行ったのである。
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