お手数ですが、最初から読み直していただければ、と思います。
お知らせが遅くなってしまい、申し訳ありません。
「ってことは……ねえちゃんたちはさらわれた、ってことか!」
叫ぶようなオールラウンダーの問いかけに、圃人野伏は口惜し気に頷くより他になかった。
怒髪天を衝く。
怒りの形相を見せたオールラウンダーが途端に駆けだそうとするのへ、
「どこ行くのさ!」
思わず圃人野伏が引き止めた。
「ねえちゃんたちをたすけるんだ!」
「そんなこと言うけど……頭がどこに連れてかれたのか分かるの?」
「……」
瞬間、オールラウンダーは力の抜けたようにその場に止まって俯き、
「……わかんねぇ……」
力なく呟く。
と、そこへ。
「当てなら……あるさ……」
と割り込む声が。
宿の一室から出てきて会話に入って来たのは、森人魔術師であった。
圃人野伏や只人僧侶を守らんと《
痛みを堪えて一歩踏んだ森人は、
「……と、砦、だ……。私たちが本来の目的として……ぐっ……せ、潜入しようとした砦……そこが奴らの真の
呻き声を挟みながら、そうオールラウンダーたちに伝えた。
「悠久の昔に打ち捨てられ……朽ち果てた砦……。お、オルクたちが巣食うに、これほど都合のいい場所もあるまい……」
そう言ったところで、森人魔術師は力なく倒れ込んだ。
それを慌てて支えてやったオールラウンダーは、
「だいじょうぶ。ねむっちまっただけだ」
圃人野伏へ伝えた。
薄い胸を撫でおろした彼女は、しかし悔しそうに、
「あたしもエルフの先輩もこんなだから……回復するのにいつまでかかるか……そうこうしてるうちに頭とあの子が……」
身を震わせながら言うのへ、
「へっちゃらさ! オラ一人であいつらぶっとばしてやらぁ! ねえちゃんたちのカタキうちだ!」
オールラウンダーは、不敵に笑ってそう言った。
「……あたしたち、まだ死んでないけどね……」
一方、その頃……。
宿屋二階の奥まった一室では、令嬢剣士が顔面蒼白となっていた。
室内には毛布や衣服が散乱し、その中央で、半森人が泣き叫びながら蹲っている。
そのすぐ傍では、薬師の娘が背中を擦ってやりながら、令嬢剣士へ顔を向け、静かに首を横へ振っていた。
少し前。意識を取り戻した半森人は、薬師の娘の治療を受けている中で、じわじわとゴブリンどもの巣穴での記憶を呼び覚ましてしまったのである。
脳裏に焼き付いて離れない、小鬼どもから受けた凌辱の数々。
それをなんとか払拭しようと、彼女はもはや音もない叫び声をあげ、手当たり次第に毛布やら衣服やらを剥ぎ、投げ飛ばし、やがて手の届く範囲に何もなくなると、今のように体を丸めて嗚咽を漏らし始めたのである。
その全てを見ていた令嬢剣士は、半森人へかけてやる言葉をなかなか手繰り寄せずにいた。
それどころか、薬師の娘のように、傍によって背を擦ってやることも出来なかった。
彼女はただ、その場に立ち尽くして、状況を見守ることしか出来なかったのである。
この時に彼女が思い知った無力感がどれほどか。それは当の本人にしか分からぬことだ。
無限とも思える、
(ゴブリンたちを、斃さなきゃ……)
である。
それは、復讐者が胸に燃やす炎のように、力強い決意のものではない。
ただ漠然と、
(これ以上、彼女のような……仲間たちのような犠牲者を出すわけにはいかない……)
そう思ってのことであった。
無論、『出すわけにはいかない犠牲者』の中には、令嬢剣士自身も含まれている。
先の洞窟の一件で、彼女はゴブリンどもの恐ろしさを嫌というほど味わった。
だからこそ、彼女はそのような答えに辿り着いたのかもしれない。
あるいは、狂乱する半森人の姿を見るのが辛くて、逃げ道としてそのような結論に至ったのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、もはや令嬢剣士の胸の中に、家柄に縋ることや、冒険者としてとんとん拍子に出世する、などといった考えはない、ということである。
さて……。
思い立った令嬢剣士は、薬師の娘へ、
「その方を……わたくしの仲間を……よろしくお願いいたします」
言いおくと、部屋を後にした。
廊下に、さっきまで行動を共にしていた少年の姿はない。
(彼を探さないと……)
ゴブリンどもを相手に……それも、奴らの本拠地で戦うのに、自分一人ではいくらなんでも無謀というもの。
それに、洞窟で見た少年の戦いぶりは、一騎当千のものがあった。
(それこそ、噂で聞いた勇者様のよう……)
本当は、彼一人に任せればいいのかもしれない。だが、それをよしとしないのは、冒険者の端くれとしての小さなプライド故だろうか。
兎も角。これでやっと、彼女も『冒険者』となったのである。
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