悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の六

 かくしてオールラウンダーは、一階の酒場兼ラウンジのスペースにいた。

 彼は男と一緒だった。

 巌のように逞しい体つきをし、無精ひげを生やし放題にした、むさ苦しい風体の男だ。

 毛皮のベストに毛皮の手袋。背には大弓を背負い、傍らには山犬がすやすやと寝息を立てている。恐らくは彼こそが、村の猟師なのだろう。

 男とオールラウンダーは、円卓の上に地図を広げ、何やら話し合っている。

 そこへ令嬢剣士が歩み寄ってみると、

 

 

 

「あっ、ねえちゃん! 友達はだいじょうぶか?」

 

 

 

 ふと顔を上げたオールラウンダーが、彼女へ問いかけた。

 令嬢剣士は鈍く頷いた後で、

 

 

 

「何をなさっているの?」

 

 

 

 オールラウンダーと地図。そして大男へとそれぞれ視線を向けて尋ねた。

 この問いに答えたのは、大男である。

 

 

 

「このちっこい冒険者さんが雪山の砦に行きたいって言うもんだからな。道筋やら外観やらを教えてやっていたのさ」

 

 

 

 図体にぴたりと合った低い声で男が言うのへ、

 

 

 

「雪山の砦……?」

 

 

 

 令嬢剣士は更に首を傾げる。

 

 

 

「そこに何が……?」

 

 

 

 すると今度は、オールラウンダーが答えた。

 

 

 

「あの緑のバケモノたちがいるかもしれねぇんだ」

「……ゴブリンが……?」

「ああ。あいつら、オラの友達をさらっていったんだ。だからオラ、あいつらの家にいって、ねえちゃんたちを助けてくるんだ」

 

 

 

 その瞳に闘志をみなぎらせて話すオールラウンダーへ、

 

 

 

「だけども……本当に一人で行くのかえ?」

 

 

 

 大男が不安げな目を向けた。

 

 

 

「うん! オラ、一人でもへっちゃらだ」

 

 

 

 対するオールラウンダーは、力こぶを作り、にっこりと笑って見せる。

 この姿を見た令嬢剣士は、少しばかり戸惑った。

 自分が助力を申し出たところで、

 

 

 

「足手まといになる」

 

 

 

 と突っぱねられてしまうのでは……と。

 怖じ気づきそうになる彼女の脳裏へ、仲間である半森人の狂乱した姿が浮かび上がった。

 

 

 

(そうですわ……。わたくしには、物怖じしている暇なんか……)

 

 

 

 彼女は拳を握りしめ、深く息をついた後で、

 

 

 

「あ……あの!」

 

 

 

 大きく声を出した。

 大男は驚き、オールラウンダーはまじまじと令嬢剣士を見つめる。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

 と訊いてくるオールラウンダーへ、令嬢剣士は一瞬たじろいだものの、すぐさま喉を鳴らし、

 

 

 

「わ、わたくしも! ご、ご一緒……さ、させていただいてもよろしいでしょうか……」

 

 

 

 段々と小さくなっていく彼女の声を、しかし大男も、オールラウンダーも耳にしていた。

 少しの間、沈黙が屋内を包んだ。

 令嬢剣士の胸が高鳴る。

 だが、そんな彼女の心配をよそに、

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 返ってきたのは、あっけらかんとした答え。

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 思わず、令嬢剣士が間の抜けた声をあげるほどに。

 

 

 

「だから、いいよって」

「それって……」

「オラといっしょにきてくれるんだろ? じゃ、いこうぜ」

 

 

 

 ごく自然に手を差し伸べてくるオールラウンダー。

 令嬢剣士は、それが意味するところを理解するのに遅れたが、

 

 

 

「よろしくな」

 

 

 

 少年の声を受け、それが握手を求められているのだと気が付いた。

 令嬢剣士は、迷わず手を伸ばす。

 

 

 

「よろしく!」

 

 

 

 固く握られた手と手。

 今ここに、冒険者の結束が生まれたのである。

 だが、そんな和やかな雰囲気もそこそこに、

 

 

 

「……じゃあ、そろそろ続きを話してもいいかね?」

 

 

 

 猟師の大男が、申し訳なさそうに二人へ声を掛ける。

 握手を解いた二人は……殊に令嬢剣士は、すっかりそれまでの悩みやらを払拭した、晴れ晴れとした表情となり、地図の広げられた円卓へと向かった。

 

 

 

「そんじゃ、例の砦についての説明に戻るが……」

 

 

 

 そう言って、男は地図上の凸印のされている部分を指した。

 

 

 

「俺のじさまの話じゃ、これは神代の頃の鉱人の建てた砦なんだと」

「神代の頃の……鉱人……」

「そう。だから建物の中には、侵入者よけの仕掛けがわんさかあると見て良いだろうな」

「……そこに、ゴブリンが巣食っている可能性があると?」

「多分。洞窟の方の巣穴は、あんたがたが潰してくれたんだろ? だったら、奴らが他にいつきそうな場所と言えば、この砦以外にはないだろうよ。奴らの塒といや、穴蔵か廃墟と相場が決まってるからな」

「なるほど……」

 

 

 

 頷きつつ、令嬢剣士は考えを巡らせてみた。

 仮にその砦がゴブリンどもの巣喰っている拠点だとして、どう攻め入ったらいいのか。

 最も確実なのは、真正面から攻め入ることだろう。並みの冒険者ならば兎も角、オールラウンダーがいるのならば、例えゴブリンどもが千匹いたところで、物の数ではあるまい。

 だが、ただゴブリンを殲滅すればいいというわけではない。オールラウンダーの『友達』が、ゴブリンどもに攫われてしまっているのだ。

 先の洞穴での一件を鑑みれば、その『友達』はゴブリンどもの拠点に引き込まれた後で、凌辱の末に始末されるか、はたまた奇怪なる教えの下に生贄とされるか……どちらかの末路を辿ることになるだろう。

 しかし逆に言えば、その末路を辿るまでは、ある程度の猶予まで彼女たちの命は保障されている、ということでもある。

 そんな中を真正面から強行突破してしまえば、『友達』を人質として利用されかねない。

 

 

 

(なんとかひっそりと砦の中に潜入して、かつゴブリンたちに攻撃を仕掛ける前に、オールラウンダーさんのお友達を見つけるのがベスト……)

 

 

 

 令嬢剣士がその考えを男にして見ると、

 

 

 

「うぅん……。俺も砦の中に入ったことがないんで、詳しいことはいえねぇが……」

 

 

 

 そう前置きをした後で、

 

 

 

「一か八か。この方法に賭けてみるかい?」

 

 

 

 と、二人の冒険者へ語り始めたのである。

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