女神官が冒険者ギルドを訪れてみると、すでに受付カウンターの前には長い長い列が出来ていた。
冒険者のものではない。いずれも、街の住民たちが依頼を申請せんがために生み出したものなのだ。
ふと、女神官は列の中に牛飼娘がいることに気が付いた。
彼女の方もそれは同じで、こちらへ向けて手を振った後で、暫し悩んだ様子であったが、やがて吹っ切れ、列を抜け出して女神官の方へと駆け寄って来た。
「寒いねぇ」
挨拶の代わりに放たれた牛飼娘の言葉へ、
「そうですねぇ」
暖炉の傍で温まっていた女神官が同調する。
牛飼娘は、手にしていた一枚の紙を脇へと挟んだ後で、かじかんだ手を暖炉へと翳した。
女神官の興味が、その脇へ挟まれた紙へと向けられる。
これに気が付いた牛飼娘は、
「えへへ。雪かきしてもらおうと思って」
横目に、女神官へ教えてやった。
「雪かき、ですか?」
「うん。屋根の上に積もったやつとか、牧場からここまでの道を埋めてるやつとか」
「ゴブリンスレイヤーさんに、ですか?」
女神官の言葉を受けた牛飼娘は、
「頼まなくてもやってくれるとは思うけど……」
と前置きをした後で、
「彼には、こんな寒い間くらいはゆっくりしてほしいから」
呟くように言うと、笑みをこぼした。
そんな彼女の様子にほっこりすると同時に、少しもやもやとした感情を覚えた女神官は、友人へそんなことを抱いてしまったことを恥じ、その事実から逃れるように、
「では……その……誰に?」
話の軌道を戻した。
その様子がおかしかったのか。牛飼娘はくすりと笑った後で、
「オールラウンダーさんに、ね」
片眼を瞑ってみせ、茶目っ気を含めてそう言った。
「ソンさん、ですか」
「そういうことを喜んで引き受けてくれる冒険者さんを……って思ったら、まずオールラウンダーさんが浮かんでね。それでギルドへ来てみたんだけど……」
牛飼娘の視線が、受付前の長い列へと向けられる。
「でも、ぜーんぜんダメ。朝一番からあんな調子なんだって。あれじゃあ、今日中に依頼を申し込めるかも怪しいや」
「あれ、みんなソンさんに向けての依頼なんですか?」
「そうみたい。やっぱみんな考えることは同じなんだねぇ」
どうしたもんかな。
悩まし気に呟いた牛飼娘の姿を見て、
「ん、と……」
女神官は、人差し指を顎にあてがい、考えた。
否。考えたというより、悩んだ……と表現するのが近い。
ここで牛飼娘の依頼である雪かきを、女神官が直接引き受けたとして。
それは、彼女の住む牧場へ向かうことになるわけで。
今は冬真っただ中。連日降り積もる雪を掻き分けるとなると、それはそれは日を要するわけで。
そうなると、牧場で泊まり込んでの作業も辞さなくなるわけで。
そんなことを脳内へ巡らせている中で、女神官の顔が段々と赤くなってきた。
暖炉の灯を受けて火照った……だけではあるまい。
紅潮の原因を払拭せんがため、何か違うことを考えようとする女神官。だが、どうしても別の事が考えられなくて。
そうする中で目まぐるしく変化する女神官の表情を見て、牛飼娘は全てを察した。
(ライバルに助け船を出すのもどうかと思うけどなぁ)
などと思いつつ、牛飼娘は手を差し伸べてやる。
「ねぇ。あなた、雪かきやってみない?」
その言葉を受け、女神官は不意打ちを食らったかのように目を見張った。
「えっ? ええっ!?」
「報酬ならしっかり支払うよ。そうだ! 雪かきしてる間は、うちで食べたり寝たりしたらいいよ!」
「そっ、そんな……!」
「いいって! 冒険者さんに依頼するんだから、報酬はしっかり払わなくちゃね」
「で、でも……」
「つべこべ言いっこなし! さ、そうと決まったら牧場へいこ!」
「あ、あの……!」
女神官の腕を掴み、牛飼娘は半ば強引に冒険者ギルドを後にした。
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