辺境の街から南西へ歩くこと二日。鬱蒼とした森の中を更に進むと、ぽっかりと口を開けた洞窟が冒険者たちを待ち構えている。
オールラウンダーと貴族令嬢の一党がそこへ踏み込んだのは、ちょうど昼時であった。
先頭を行くは、オールラウンダーと圃人。その後を魔術師と僧侶が行き、最後尾を貴族令嬢が守る。
道中、いくつもの罠が彼女たちを待ち受けていたが、先の山砦に設置されたものに比べれば、数も質も落ちるというもの。
それも当たり前で、砦の罠は、先住民である森人たちが対小鬼用に施したものであり、後から住み着いた小鬼どもがそれをそっくり利用したに過ぎないのだ。
しかし、圃人に油断も慢心もない。
一つでも罠を見落とせば、たちまちゴブリンどもの雪崩が押し寄せてくる。そうなれば、自分たちの辿る末路は……。
裸に剥かれ、死を目の前にした
さて、それからどれほど奥へ進んだ時であろうか。
「これは……」
圃人は、手にした松明を前方へ向けて唸った。
道が、右に左に真っ直ぐに……と、三方へ分かれているのだ。
すると、
「どれ」
前へ出てきたのは、森人魔術師。
彼女は、鋭い耳を澄ませるや、三方それぞれから聞こえる微かな音を、しっかりと掴んだ。
果たして得られた情報は、
「左手に、二匹の小鬼。恐らくは巡回役。真ん中は、多数。右手の道からは、何も聞こえない」
ということ。
「おめえ、耳いいんだな」
感心したようにオールラウンダーが言うのへ、
「これは飾りではないのでな」
どこか誇らしげに、森人は指で耳を弾いた。
かくして、道は決まった。
「では、まず右手の道を行って、安全を確認。次いで左手を制圧。そして真ん中を叩きましょう」
こういて右手の道を行った一党を待ち受けていたのは、見るも無残な光景。
叩かれ斬られの傷が残る鎧をはぎ取られ、裸体を晒された女の冒険者……だったものが地べたに転がされ、そのすぐ傍には、肉塊の山が積まれている。
小鬼どもの、食糧庫と言うべきか。
腐りかけの肉と、血とが混じり合った臭いに、一同は顔を顰める。
鋼鉄級冒険者として、こういった光景を何度も見てきた貴族令嬢たちであったが、それを見て無表情を突き通せるのとでは別の話だ。
僧侶が、吐き気を必死に我慢して、亡き冒険者の魂が神の元へ召されることを祈る。
その横で、
「あいつら、ほんとにひでえことするな」
両手で鼻を抑えたオールラウンダーが、げんなりとした顔で呟いた。
かくして、次に一党は左手の道へ進む。
森人によれば、こちらには二匹のゴブリンしかいないというので、分岐点にオールラウンダーと僧侶を残していく。万が一、中央の道からゴブリンが来てもいいように、である。
暫く進むと、
「……こっちに一匹、向かってくる」
森人が耳を張り、声を潜めてそう言った。
圃人は矢をつがえ、貴族令嬢は剣を引き抜く。
果たして、暗がりから出てきたゴブリンが、警告の声を上げるより早く、
「GYA……!」
圃人の放った矢により、喉元を射抜かれたゴブリンは、ぱたりと斃れた。
「これで、後一匹……」
一息つく貴族令嬢へ、
「もう片方は、安堵して眠っていると思うが……油断はしないほうがいい」
森人が冷静に告げる。
「勿論ですとも」
そして、道を行った果てに待つ小部屋……のような空間。
そこでは森人の言うように、一匹のゴブリンが眠っていた。
貴族令嬢は容赦なく、そ奴の口を塞ぎ、喉元へ剣を突き立てる。
くぐもった悲鳴は、洞穴の中に木霊することはない。
血を拭った貴族令嬢は、いまいちど小部屋の中を一巡し、他に何もいないことを確認してから、圃人と森人をともなって分岐点へ戻った。
「いよいよ、この道ですね……」
不安げな、僧侶の声。
一同は中央の道を鋭く見据え、やがて進んでいく。
陣形は、来た時と変わりはない。
巡回役のゴブリンを片付けた以上、挟み撃ちは考えにくいが、それでも用心に越したことはないのである。
やがて、先頭を行く圃人とオールラウンダーが足を止めた。
『いた……』
二人が同時に囁き、松明を前方へ突き付ける。
露わになったのは、吹き抜けの広間。
そこに雑魚寝する、無数のゴブリン。
「いや……なんだ、あいつは……」
広間奥を見やって、森人が戸惑いの声を上げた。
竜の鳴き声と聞き違えるほどの、低く悍ましい鼾をかいているそれは、恐らくゴブリンだ。
緑色の肌に、不快を催す醜悪な面は、まぎれもなく奴らと同種。
だが、その体は貴族令嬢たちの倍ほどはある。
「
圃人の驚愕の声へ、
「いや、どこか違う……」
森人が、やはり目を見張りながらも呟いた。
「ど、どうしましょう……」
僅かに戦意を失いつつある僧侶が尋ねるのへ、
「そんなのきまってらあ」
返答したのは、オールラウンダー。
「あのでっかいのは、オラがやっつける」
言うや、
「これ、かりるよ」
貴族令嬢から松明をひったくると、
「やいやいやいやいやい!」
威勢のいい掛け声とともに、広間へ躍り出たのである。
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