悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の一

「神代の頃とは言え、鉱人が建てた砦なら……かなり凝った趣向をしているはずだ。おらぁ芸術だのは珍紛漢紛だが……そうした奴らの建てる豪勢な屋敷には、だだっ広い庭に噴水やら泉やらをこさえているのが常さ。つまりは、外から水を引き入れるための水道が通っているはずなんだ」

 

 

 

 猟師の男の言葉は、まさに的中していた。

 寒村から北へ北へと山道を登り、ようやくたどり着いた荘厳な砦。

 周囲は石造りの障壁で囲まれており、本来の主たちに棄てられた今もなお、侵入者を拒み続けている。……が、裏手へ回ってみると、下水道が通っていたのだ。

 恐らくは春から秋にかけて、近くの川から水を引き入れているのだろうが、極寒の今となっては、つるつると滑る氷道が真っ直ぐ砦の中へと続いているのみ。

 申し訳程度に侵入を阻む鉄格子は錆びており、それをオールラウンダーが小突こうものなら、いとも簡単に折れてしまう。

 さて、これから潜入だ……と令嬢剣士が意気込んだ矢先。

 

 

 

「待て」

 

 

 

 低い声が、吹雪の中でもしっかりと聞こえた。

 驚きと警戒とを以って令嬢剣士が振り返ってみると、そこにいたのは漆黒の外套に身を包んだ二人組。

 片や長身。片やそ奴の腰元ほどの背丈。

 明らかに怪しい雰囲気を放つ二人を、しかしオールラウンダーは、

 

 

 

「あっ! じいちゃんじゃねぇか!?」

 

 

 

 二、三と鼻をひくつかせた後で叫んだ。

 果たして外套の一人……小柄な方が、頭を露わにすると……。

 

 

 

「よう、小僧。久しぶり……って言っても、秋以来だからそれほどでもねぇか」

 

 

 

 現れたのは、いつかの老爺。

 この爺について触れたのは、『十一番目の物語』においてである。

 辺境の街近くの小さな村で酒場を営んでいたこの老爺は、盗賊団の首領という裏の顔を持っていた。

 と言っても、誰かれ構わず金品を強奪する外道……というわけではなく、

 

 

 

「盗みの先で祈る者(プレイヤー)を殺してはならない。女であれば犯してはならない。金を取られて困窮するところから盗んではいけない」

 

 

 

 盗賊は盗賊なりに、この三つの制約を設け、それを厳格に守り抜く……ある種の誇りを持った盗賊なのである。

 この盗賊の老爺が、あわや仲間と共に殺されかけそうになったところを、オールラウンダーが助けたことがあるのだ。

 老爺の放つ不思議で懐かしい雰囲気に、オールラウンダーはすっかり懐いてしまっていた。

 だが、そうなるともう一つの外套は誰だろうか。

 

 

 

「うぅん……。こっちのやつも、どっかでかいだことあるニオイだ……」

 

 

 

 またしても犬のように鼻をひくつかせたオールラウンダーへ、長身の外套が、いきなり蹴りを入れてきた。

 

 

 

「わっ! なにすんだ!」

 

 

 

 突然の攻撃に激昂するオールラウンダーへ、長身は言葉で応えず、代わりに頭巾を剥いだ。

 見えたのは、整った顔立ちをした闇人(ダークエルフ)の顔。

 

 

 

「あっ! おめぇ……」

 

 

 

 またしてもオールラウンダーは驚きの声を上げた。

 それもそのはず。この闇人は、今年の秋の収穫祭の折、辺境の街を奇襲せんとし、その中でオールラウンダーと交戦した……あの闇人だったからである。

 

 

 

「下水道からこそこそ侵入とは……随分と臆病なやり方じゃないか。勇者よ」

 

 

 

 厭味ったらしい笑みを浮かべた闇人には構わず、

 

 

 

「ど、どうしてじいちゃんとこいつがいっしょなんだ?!」

 

 

 

 オールラウンダーは堪らず老爺へ詰め寄った。

 老爺は暴れ馬を鎮めるようにして、

 

 

 

「どうどう」

 

 

 

 と言った後で、

 

 

 

「……おまえさんとこいつとの間にどんな因縁があるかは知らねぇが……まぁ、色々あってな。今はこいつ、盗人見習いをしてるところなのさ」

 

 

 

 老爺が言った『盗人』という言葉に、令嬢剣士の耳がぴくりと揺れる。

 

 

 

(盗人……? どうしてこの少年と、盗人なんかが知り合いに……?)

 

 

 

 これは別に、オールラウンダーを疑っての事ではない。

 むしろ、純粋無垢の擬人化のようなオールラウンダーと、世間一般での悪役である盗人が、こうも親しく話していることが、彼女の中では解せなかったのだ。

 だが、そんな令嬢剣士を他所に、男たちはどんどんと話を進めていく。

 オールラウンダーが、何故にこの砦へ潜入しようとしていたのかを話してやると、

 

 

 

「ほう。貴様の仲間というのは、あの娘剣士のことか。これはいい。小鬼どもに攫われた娘の末路など……」

 

 

 

 愉快気に笑う闇人の脇腹を拳で勢いよく突いた老爺は、

 

 

 

「そりゃ、大変じゃのう」

 

 

 

 まじまじとオールラウンダーを見た。

 

 

 

「じいちゃんたちは、なんでここに?」

「なぁに。簡単な事じゃよ。冬ってぇのは、寒さ故に家人たちが家に籠りっきりになる時期だからな。お(つと)めには向いてねぇ。なればこそ、こうやって宝のありそうな廃屋やら迷宮やらを探して、片っ端から入り込んでるわけよ」

 

 

 

 高くそびえる砦を見上げ、老爺は言う。

 

 

 

「だが、ここで再開したのも何かの縁だ。どうだ、小僧。お仲間探し、この爺にも手伝わせてくれねぇか」

 

 

 

 手を差し伸べる老爺を、闇人と令嬢剣士は驚愕の態で見つめ、対してオールラウンダーは、

 

 

 

「もちろんだ!」

 

 

 

 その手を握ったのである。

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