「神代の頃とは言え、鉱人が建てた砦なら……かなり凝った趣向をしているはずだ。おらぁ芸術だのは珍紛漢紛だが……そうした奴らの建てる豪勢な屋敷には、だだっ広い庭に噴水やら泉やらをこさえているのが常さ。つまりは、外から水を引き入れるための水道が通っているはずなんだ」
猟師の男の言葉は、まさに的中していた。
寒村から北へ北へと山道を登り、ようやくたどり着いた荘厳な砦。
周囲は石造りの障壁で囲まれており、本来の主たちに棄てられた今もなお、侵入者を拒み続けている。……が、裏手へ回ってみると、下水道が通っていたのだ。
恐らくは春から秋にかけて、近くの川から水を引き入れているのだろうが、極寒の今となっては、つるつると滑る氷道が真っ直ぐ砦の中へと続いているのみ。
申し訳程度に侵入を阻む鉄格子は錆びており、それをオールラウンダーが小突こうものなら、いとも簡単に折れてしまう。
さて、これから潜入だ……と令嬢剣士が意気込んだ矢先。
「待て」
低い声が、吹雪の中でもしっかりと聞こえた。
驚きと警戒とを以って令嬢剣士が振り返ってみると、そこにいたのは漆黒の外套に身を包んだ二人組。
片や長身。片やそ奴の腰元ほどの背丈。
明らかに怪しい雰囲気を放つ二人を、しかしオールラウンダーは、
「あっ! じいちゃんじゃねぇか!?」
二、三と鼻をひくつかせた後で叫んだ。
果たして外套の一人……小柄な方が、頭を露わにすると……。
「よう、小僧。久しぶり……って言っても、秋以来だからそれほどでもねぇか」
現れたのは、いつかの老爺。
この爺について触れたのは、『十一番目の物語』においてである。
辺境の街近くの小さな村で酒場を営んでいたこの老爺は、盗賊団の首領という裏の顔を持っていた。
と言っても、誰かれ構わず金品を強奪する外道……というわけではなく、
「盗みの先で
盗賊は盗賊なりに、この三つの制約を設け、それを厳格に守り抜く……ある種の誇りを持った盗賊なのである。
この盗賊の老爺が、あわや仲間と共に殺されかけそうになったところを、オールラウンダーが助けたことがあるのだ。
老爺の放つ不思議で懐かしい雰囲気に、オールラウンダーはすっかり懐いてしまっていた。
だが、そうなるともう一つの外套は誰だろうか。
「うぅん……。こっちのやつも、どっかでかいだことあるニオイだ……」
またしても犬のように鼻をひくつかせたオールラウンダーへ、長身の外套が、いきなり蹴りを入れてきた。
「わっ! なにすんだ!」
突然の攻撃に激昂するオールラウンダーへ、長身は言葉で応えず、代わりに頭巾を剥いだ。
見えたのは、整った顔立ちをした
「あっ! おめぇ……」
またしてもオールラウンダーは驚きの声を上げた。
それもそのはず。この闇人は、今年の秋の収穫祭の折、辺境の街を奇襲せんとし、その中でオールラウンダーと交戦した……あの闇人だったからである。
「下水道からこそこそ侵入とは……随分と臆病なやり方じゃないか。勇者よ」
厭味ったらしい笑みを浮かべた闇人には構わず、
「ど、どうしてじいちゃんとこいつがいっしょなんだ?!」
オールラウンダーは堪らず老爺へ詰め寄った。
老爺は暴れ馬を鎮めるようにして、
「どうどう」
と言った後で、
「……おまえさんとこいつとの間にどんな因縁があるかは知らねぇが……まぁ、色々あってな。今はこいつ、盗人見習いをしてるところなのさ」
老爺が言った『盗人』という言葉に、令嬢剣士の耳がぴくりと揺れる。
(盗人……? どうしてこの少年と、盗人なんかが知り合いに……?)
これは別に、オールラウンダーを疑っての事ではない。
むしろ、純粋無垢の擬人化のようなオールラウンダーと、世間一般での悪役である盗人が、こうも親しく話していることが、彼女の中では解せなかったのだ。
だが、そんな令嬢剣士を他所に、男たちはどんどんと話を進めていく。
オールラウンダーが、何故にこの砦へ潜入しようとしていたのかを話してやると、
「ほう。貴様の仲間というのは、あの娘剣士のことか。これはいい。小鬼どもに攫われた娘の末路など……」
愉快気に笑う闇人の脇腹を拳で勢いよく突いた老爺は、
「そりゃ、大変じゃのう」
まじまじとオールラウンダーを見た。
「じいちゃんたちは、なんでここに?」
「なぁに。簡単な事じゃよ。冬ってぇのは、寒さ故に家人たちが家に籠りっきりになる時期だからな。お
高くそびえる砦を見上げ、老爺は言う。
「だが、ここで再開したのも何かの縁だ。どうだ、小僧。お仲間探し、この爺にも手伝わせてくれねぇか」
手を差し伸べる老爺を、闇人と令嬢剣士は驚愕の態で見つめ、対してオールラウンダーは、
「もちろんだ!」
その手を握ったのである。
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